神の愛が私の心を強くした

私の家族はみんな、とても仲良くやってきました。夫は実に優しくて思いやりのある男性です。息子はとても良識があり、目上の人に常に敬意を表します。それだけでなく、私たちはかなり裕福でもあります。理屈で言えば、私はとても幸せだったはずです。しかし、現実はそうはいきませんでした。夫と息子からどれだけ大事にされても、どれだけ恵まれていても、私は幸せを感じることができませんでした。関節炎になったせいで夜は眠ることができず、重度の不眠症にも悩まされました。その結果、脳への血液供給が低下し、手足全体が衰弱してしまいました。これらの病気の苦難に、事業経営の絶え間ないプレッシャーが相まって、言葉で表せないほどの苦しみのなかで暮らしていました。さまざまな方法で克服を試みましたが、どれもうまくいかないようでした。

1999年3月、全能神の終わりの日の福音を友人が私に伝えてくれました。私は毎日神の御言葉を読み、継続して集会に出席し、兄弟姉妹と交わりました。その結果、いくつかの真実を理解するようになり、これまで知らなかった多くの奥義を学び、全能神は再臨した主イエスであると確信するようになりました。これらのことすべてから非常に刺激を受けた私は、毎日神の御言葉をむさぼるように読みました。教会生活にも関わり、兄弟姉妹と頻繁に集まり、祈り、神を賛美しながら歌い、踊りました。心の平安と幸福感が高まり、気力と物事の見方が日々改善していきました。ゆっくりと、しかし確実に、さまざまな病気も回復していきました。人生においてこのような前向きな展開を得られたことに、私は頻繁に神に感謝と称賛を捧げました。全能の神の福音をさらに多くの人々に広め、人々が神の救いを得られるようにしたいと思いました。それから間もなくして、福音を広める仕事を教会から任されました。私はこの仕事に熱心に打ち込みました。けれど、想像もしなかったことが起こったのです……。

2012年12月15日の晩、私が姉妹四人との集まりを終えて帰ろうとしていた時です。何かが割れたような大きな音がしたかと思うと玄関のドアが蹴破られ、私服警官が七、八人部屋に飛び込んできました。そして私たちに向かって、「動くな、手を上げろ!」と叫んだのです。警官たちは何の書類を見せることもなく、私たちを力ずくで調べ、私の身分証明書と教会の資金である7万人民元(約110万円)の領収書を押収しました。彼らは領収書を見たとたんに非常に興奮し、私たちをパトカーに押し込み、警察署へ連行しました。警察署に着くと、警官たちは私たちの鞄から携帯電話、MP5プレイヤー、現金200人民元(約3千円)を押収しました。姉妹の一人と私が教会の指導者なのではないかとその時疑っていた警察は、その夜のうちに私たち二人を市公安局の刑事捜査部に移送しました。

公安局に到着すると、警察は私たちを引き離し、個別に尋問しました。私は金属製の椅子に手錠でつながれ、「7万人民元の話を聞かせろ。誰が金を送った?金は今、どこにある?教会の指導者は誰だ?」と、警官から激しい尋問を受けました。私は心の中で神に祈り続けました。

「神様!この警官は私に教会の指導者を密告させ、教会のお金を渡すようにさせようとしています。私にはユダのように神様を裏切ることは絶対にできません。あぁ、神様!私は神様の御手に身を委ねます。信仰と勇気と知恵をお与えください。警察がどのように私から情報を無理やり聞き出そうとしても、私は神様に証しを立てます」

そして、私は頑として「知りません!」と言いました。これが警官を怒らせることになりました。警官は足元のスリッパを手に取ると、私の頭を激しく殴り始めました。そして、「それなら何も言うな。ただ全能神を信じていろ!いつまで信じていられるか、見てやる」と怒鳴りました。殴られた顔がひりひりと痛み、あっという間に腫れ上がりました。頭もずきずきと痛みました。警官四、五人が交代で私を殴り、教会のお金の保管場所を無理やり言わせようとしました。脚を蹴ってくる警官、髪を引っ張って前後に振る警官、口を殴打してくる警官もいました。私は口から出血しましたが、警官たちは血を拭き取っただけで殴り続けました。また、電気ショック警棒バトンでも思いつくままに突かれました。警官は私を殴りながら、「話をするのか、しないのか?全部、白状しろ!」と怒鳴りました。それでも私が話そうとしないのを見て、テーザー銃で私の脚の付け根と胸を撃ちました。それは耐え難い痛みでした。鼓動が激しくなって呼吸困難に陥った私は、体を丸めて震えました。死が一歩ずつ私に向かってくるように感じたのです。一言も言葉を発さずに口を固く閉じていましたが、心臓がとても弱く感じられ、これ以上は耐えられないと思いました。そんな苦しみのなかでも、私は神への祈りをやめませんでした。

「あぁ、神様!私は神様にご満足いただくように決心しましたが、私の肉体は弱く無力です。神様に証しを立てられるように、私に力を植えつけてください」

その瞬間、私は突然思いました。十字架に打ち付けられる前に、主イエスはローマ兵たちにひどく殴られたのです。血まみれでぼろぼろになるまで殴られ、痛めつけられ、体全体が傷で覆われ……。それでも主イエスは一言もおっしゃいませんでした。神は聖く潔白です。それでも主イエスは計り知れない屈辱と苦痛を味わい、人類の罪をあがなうために十字架に張り付けにされることをいとわなかったのです。私は思いました。

「堕落した人類を救うために神が肉体をお捧げになることができたなら、私も神の愛に報いるために苦しみを受けるべきだ」

神の愛に勇気づけられことで自信を取り戻し、神に誓いを立てました。

「神様、神様がお受けになる苦難がどんなものであったとしても、私も同じ苦難を受けるべきです。神様と同じ杯の苦しみを、私も飲むべきです。神様に証しを立てるために、私は自らの命を捧げます!」

その晩はほとんどずっと拷問が続き、私の体はわずかな力も残らないまでに打ちのめされました。疲れ果て、目を開けているのがやっとでしたが、目を閉じるとすぐに水をかけられました。体は寒さで震えていました。この獣の群れはそんな状態の私を見て、「まだ口を開かないつもりか?この場所で、誰にも知られることなく、お前が死ぬまで拷問することもできるんだぞ!」と激しくののしりました。私は警官たちを無視しました。邪悪な警官の一人がひまわりの種の殻を手に取り、私の爪に押し込みました。耐え難いほど痛みに襲われ、指の震えを止められませんでした。次に警官たちは私の顔に水をかけ、首にも注ぎました。水は骨まで凍りつくような冷たさで、私は寒さに震えました。ひどい苦しみでした。その夜、私は神に祈り続けました。もし神のもとを離れることになったら、もう生きていけないだろうと恐れていました。神はいつも私のそばにいらっしゃり、御言葉は常に私を励ましてくださいました。「人々が自らの命を犠牲にする覚悟がある時、全てがささいなものとなり…」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第三十六章」より)「信仰とは一本の丸太橋のようものである。卑屈になって命にしがみつく者がそれを渡るのは困難だが、自らを進んで犠牲にする者には不安なく渡ることができる。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第六章」より)

神の御言葉は、尽きることのない力を私に与えてくださいました。私は思いました。

「そうだ。神様はすべてを統治していらっしゃる。すべてのものが神様の手の中にある。たとえ邪悪な警官が私の肉体を死ぬまで拷問しようと、私の魂は神様の支配下にある」

神様が支えてくださっているので、私はもうサタンを恐れることはなくなりました。ましてや、裏切り者になり、肉体のために無意味な人生を送ろうと望むことなどありませんでした。だからこそ、祈りながら神に誓いを立てました。

「神様!悪魔たちが私の肉体を苦しめています。しかし、私は神様にご満足いただき、私自身をすべて神様の手に委ねることをいまだにいといません。たとえそれが死を意味したとしても、私は神様に証しを立てます。サタンにひざまずくことは決してありません!」

神の御言葉のお導きによって、心が自信と信仰に満ちているのを感じました。警察が私の肉体を拷問し、苦しめ、私はすでに忍耐の限界に達していましたが、神の御言葉に支えられ、知らないうちに痛みがずっと軽くなりました。

翌朝も邪悪な警官は私への尋問を続け、こう言って脅しました。

「もし今日話さなければ、お前を特別警察に引き渡す。特別警察には拷問道具が十八種類あるんだ」

特別警察に連れていかれると聞いた私は、動揺せずにいられませんでした。そして、「特別警察はこの警官たちよりもずっと執拗に違いない。どうしたら十八種類もの拷問に耐えられるだろうか」と思いました。ちょうどパニックに陥りそうになったとき、神の御言葉のある一節を思いました。「勝利者とは何か。キリストの良き兵士たちならば、勇敢であってわたしを信頼し、霊的に強くなければならない。戦士になるために戦い、決死の覚悟でサタンと戦わなければならない。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十二章」より)

この神の御言葉のおかげで、パニックで動揺していた心をすぐに落ち着けることができました。そして、これは霊的な戦いであり、神が私に証しをさせたいと望まれる瞬間が来たのだと気づきました。支えてくださる神の存在がある私には、恐れることは何もありませんでした。邪悪な警官がどのような恐ろしい方法を使ったとしても、私は神を頼りに、キリストの善き兵士として、決して屈服することなく死ぬまでサタンと戦わなければならなかったのです。

その日の午後、市公安局の宗教担当職員二人が私を尋問しに来ました。「教会の指導者は誰だ?」と聞かれ、「知りません」と答えました。私が話すことを拒否したのを見て、二人は懐柔策と威圧策を交互に使いました。一人は拳で私の肩を非常に強く押し、もう一人は神の存在を否定する不条理な理論をまくし立て、私を言いくるめようとしました。

「宇宙のものはすべて、自然の過程から生じる。もっと現実的に考えろ。神を信じても、お前の人生の問題を何も解決してくれない。お前にできることは、自分自身を頼りにして、一生懸命働くことだけだ。我々はお前とお前の息子の仕事探しを手伝ってやれる……」

私は心の中で神と交わり続けました。すると、御言葉の一節を思いました。

あなたがたは常に目を覚まし、待っていなければならない。わたしの前にて、さらに祈らなければならない。いくつも存在するサタンの企てやずる賢い策略を見極め、霊を知り、人々を知り、どのような人や物事をも見分けることができなくてはならない。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十七章」より)

この神の御言葉によって啓かれた私は、サタンの陰謀を見抜くことができました。心の中で思いました。

「邪悪な警官は不条理な理論で私をだまし、ちょっとした世話を焼くことで言うことを聞かせようとしている。サタンの策略にだまされてはいけない。ましてや神様を裏切ってユダになってはいけない」

神の啓きのおかげで、邪悪な警察の腹黒い意図を見抜き、どのような懐柔策と威圧策を使っても、ただ無視しました。その夜、別の誰かが私の尋問に来るということ、警官たちが私に犯罪歴があると主張しているということを聞きました。何を予期すればいいのか、これから何が起こるのか分かりませんでした。できることは、神にお導きいただけるように心の中で呼びかけることだけでした。どんな迫害や困難に直面しても、神を裏切ることはできないと分かっていました。その少し後にトイレに行った時でした。突然動悸を感じ、めまいがしたかと思うと、床の上で意識を失ってしまいました。異常な音に気づいた警官たちがすぐに駆けつけ、私を取り囲みました。「火葬場に連れて行って燃やして、終わらせてしまえ!」と、誰かが不吉なことを言うのを耳にしました。しかし、私が死ぬかもしれない、そうなれば自分たちがその責任を負うことになると恐れた警官たちは、最終的に救急車を呼びました。私は病院に搬送され、検査を受けることになりました。検査の結果、私が以前に心臓発作を起こし、そのため心筋虚血が残っていたことが判明しました。尋問は中止になり、私は留置所に連れていかれました。邪悪な警官たちの不満そうな表情を見て、うれしくてたまらなくなりました。神が私のために道を開いてくださったおかげで、当分はそれ以上の尋問を受ける必要がなくなったのです。悲惨な事態を免れたことで、神の御業を目の当たりにすることができました。心の底から神に感謝し、神をたたえました。

その後の十数日間、中国共産党政府は教会の資金の保管場所を聞き出すまではあきらめる気がないと分かっていた私は、毎日神に祈りました。どんなことがあっても神の側にしっかりと立ち、決して神を裏切らず、真の道を捨てることがないように、私の口と心を守ってくださるよう願いました。ある日祈りを終えると、神の啓きによって、神の御言葉からなる賛美歌を思い出しました。「神があなたに何を求めようとも、あなたはそれにあなたのすべてを捧げさえすればよい。最終的に神の前にあなたの忠誠心を示し得ることが望ましい。玉座にいる神の満足そうな笑みを見ることができる限り、たとえ死に際しても、あなたは微笑みながら目を閉じられるはずである。あなたは地上にいる間に神のために最後の本分を果たさなければならない。昔、ペテロは神のために逆さ磔にされた。しかし、あなたは最後に神を満足させ、神のために持てるエネルギーのすべてを使い尽くすべきである。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「造られた者は神の意思に自らを委ねるべきだ」より)

私は心の中で何度も賛美歌を歌い、その歌詞をじっくりと考えました。すると神の御言葉をとおして、神が私に何を求め、期待していらっしゃるかが分かるようになりました。神の支配下で生きる宇宙のあらゆる被造物と、地上で神に追随するあらゆる人の中で、ごく少数の人だけがサタンに真っ向から立ち向かい、神に証しを立てることができることを思いました。こういった状況に直面できる幸運に恵まれたのは、神が類まれな方法で私を奮い立たせ、私への好意を示してくださったということです。特に、次の神の御言葉には深く勇気づけられました。

昔、ペテロは神のために逆さ磔にされた。しかし、あなたは最後に神を満足させ、神のために持てるエネルギーのすべてを使い尽くすべきである。

私は神への祈りを止めることができませんでした。

「全能神様!昔、ペテロは神様のために逆さ十字架にかけられ、サタンを前にして神様への愛の証しをすることができました。そして今、中国の政権政党による私の逮捕には、神様の善意が込められています。私の霊的背丈はあまりにも低く、ペテロとは比べものになりませんが、神様の証人となる機会を得ることは多大なる名誉です。私は自分の人生を神様に捧げます。神様への証しをするためなら喜んで死に、私をとおしていくらかの慰めを得ていただきたいと思っています」

12月30日の朝、私の尋問のために、市公安局から役人が何人かやってきました。私が尋問室に入るとすぐに、邪悪な警官が私の綿入りのズボンとジャケットを脱がせ、言いました。

「お前の妹と息子を拘束した。お前の家族も全員信者であることは分かっている。夫の職場にも行き、お前が2008年に全能神の信仰を始めたことも判明した……」

警官の言葉は私の最大の弱みに付け込むもので、私は心が打ち砕かれました。息子と妹も拘留されるとは思ってもいませんでした。突如、感情に圧倒されて、私は二人のことを案じ、無意識のうちに神から心が離れてしまいました。「二人は殴られているだろうか?息子はそのような仕打ちに耐えられるだろうか?」と、何度も思いました。するとその時、神の御言葉の一節を思い出しました。

なぜなら、誰かがどれほど苦しむべきかや、それぞれの道をどこまで歩むべきかは神により定められたもので、誰も他人を助けることなど本当には出来ないと私は常に信じてきたからである。」(『言葉は肉において現れる』の「道……(6)」より)

神の御言葉によって、私は感情的な状態からすぐに抜け出し、人の信仰の道はそれぞれ神によってあらかじめ決められていることに気づきました。誰もがサタンを前に神に証しを立てるべきであり、これはつまり、妹や息子にとってもサタンを前に神に証しを立てるのは大きな恵みなのではないでしょうか。そう考えた私は心配するのを止め、もう二人のことを気にしませんでした。彼らを神の御手に委ね、神の取り決めにお任せしようと思いました。その時、別の警官が他の姉妹数名の名前を挙げ、知っているかどうか尋ねてきました。私が一人も知らないと言うと、警官はいきなり立ち上がると怒りながら窓のそばの金属製の椅子へと私を引きずっていきました。私を椅子に手錠でつなぐと、すぐさま窓を開け、私が外の冷気にさらされるようにしました。次に、私に冷たい水をかけながら、下品な言葉でののしり、続けざまにスリッパで私の顔を数十回たたきました。ひどく殴打された私の目からは火が出、耳鳴りがし、口から流血もしました。

その夜、警官数人が私を一番寒い部屋に連れて行きました。窓の全体が氷に覆われていました。警官は無理やり私の服をすべて脱がせ、全裸で窓のそばの金属製の椅子に座らせました。私の両手を背中に回して手錠をかけ、椅子の背もたれにつなぎ、少しも動けなくしました。意地の悪い警官の一人が、冷ややかな悪意のある口調で言いました。

「我々は性別によって捜査方法を変えたりはしないんだ」

そして窓を開けたので、骨まで凍り付くような冷たい風が私を襲いました。千本ものナイフで体がえぐられるような思いでした。寒さに震え、歯ががちがちと鳴りましたが、言いました。

「こんな風にさらされるわけにはいきません。産後リウマチ性関節炎なんです」

警官は残忍にも答えました。

「これは関節炎にも効くんだ!ついでに糖尿病や腎臓病にもなるぞ!どんなにたくさんの医者に診てもらったところで、もう二度と治らないぞ!」

そう言うと、誰かに冷たい水で満杯になったバケツを持ってこさせ、私に足をその中に入れさせました。警官は「バケツの水を一滴もこぼすなよ」と言いました。さらに私の背中に冷水をかけ、その背中を段ボールであおぎました。気温はマイナス四度でした。その骨まで凍り付くような冷たい水に凍えた私は、本能的にバケツから足を引き上げましたが、すぐに押し戻され、もう動かないように命じられました。寒さで全身が縮こまり、震えを止めることができませんでした。血が血管内で凍ったかのようでした。警官たちはそんな私を見て興奮し、不快な笑い声を上げ、「ちゃんと拍子に合わせて踊ってるな!」と馬鹿にしました。私は、この人間以下の悪魔と獣たちが憎らしくてたまりませんでした。すると突然、面白半分に人々を苦しめ、その苦しむ姿を喜ぶ地獄の悪魔を描いたビデオを思い出しました。感情と人間性に欠け、暴力と拷問しか知らない悪魔たちでした。この邪悪な警官たちは、その地獄の悪魔と何ら変わりませんでした。それどころか、さらに卑劣でした。一昼夜の間、何度も私の顔をたたき、教会のお金に関する情報を無理やり明かさせようとしました。殴られたことで私の顔が腫れ上がると、彼らは氷を使って腫れを引かせ、また殴り続けました。神の守りがなければ、とっくに私は死んでいたでしょう。私がまだ話すつもりがないのを見て、邪悪な警官たちは電気ショック警棒で私の太ももと股間に電気ショックを与えました。その度に私は体全体が痙攣し、ひきつけを起こしました。金属製の椅子に手錠でつながれていたために身をかわすことができず、どんなにひどく殴られ、踏みつけられ、辱められても受けるしかありませんでした。私が経験したひどい苦しみは言葉で言い表すことができないほどでしたが、警官たちはその間中ただ大声で笑っていました。さらに恐ろしいことに、ある若い警官が私の乳首を箸でつまみ、力いっぱいひねりました。あまりの痛さに私は絶叫しました。彼らはまた、氷のように冷たい水が入ったボトルを私の股間に押し付けたり、わさびの粉を溶かした水を鼻に流し込んだりしました。鼻の穴全体が燃えたようになり、焼けるような熱が脳天に突き刺さったかのような思いがして、とても呼吸ができませんでした。別の悪質な警官には深く吸い込んだタバコの煙を鼻に吹きかけられ、ひどく咳込みました。ひと息つく間もなく、別の警官が木製の椅子をひっくり返して、足の裏が露出するように私の足をそこに載せ、鉄の棒で両足の裏を何十回も殴りました。足がすっかりちぎれ落ちてしまうのではないかと思うほどの耐え難い痛みでした。痛みのあまり、私は何度も叫びました。まもなく足の裏が赤く腫れ上がりました。それでも邪悪な警官は私を容赦なく苦しめました。鼓動が激しくなり、今にも死ぬと思いました。そうすると警官たちは速効性のある心臓用の漢方薬を私に与え、回復し始めるとすぐにまた殴り始めました。そして、脅したのです。

「話さないなら、死ぬまで凍えさせて殴ってやる!誰にも分からないんだからな!今日白状しなければ、このままここに何日間でもいて、お前と我慢比べを続けてやる。夫と子どもを連れてきて、お前の今の姿を見せてやろう。それでも言わないなら、奴らがクビになるようにしてやる!」

さらには私に嘲りの言葉も浴びせました。

「神を信じてるんじゃないのか?なら、なぜ神はお前を助けに来ない?お前の神なんて結局、そんな程度だということだ!」

この敵意に満ちて邪悪で野蛮な獣たちを私は心から軽蔑しました。残酷な拷問に耐えるのは非常につらかったですが、神への中傷に耐えることはさらに苦しいことでした。断固たる態度を貫くために、神に必死に呼びかけました。私を守り、私に信仰、強さ、苦しみに耐える意志を与えてくださるよう懇願しました。するとその時、私の心に神の御言葉が浮かびました。

終わりの日に、あなたは神に対して証しとならなければならない。あなたの苦しみがいかに大きくても、最後まで経験しなければならず、あなたの呼吸が止まるまで神に対して忠実であり続け、神に身を委ねていなければならない。これのみが真に神を愛するという事であり、これのみが強く確固とした証しとなるのである。」(『言葉は肉において現れる』の「辛い試練を経験して初めて、神の素晴らしさを知ることができる」より)

私は思いました。

「そうだ!神様のご意志は、私がサタンを前に神への証しをすること。神様にご満足いただくために、この痛みと屈辱に耐えなければ。あとわずかな時間しか私には残されていないとしても、私は神様に忠実でなければ。これが強く響き渡るような証しであり、これで憎き悪魔を恥じ入らせてやる」

神の御言葉のお導きによって、自信と信仰を心に取り戻せたことを感じました。闇の力を突破する覚悟でした。たとえそれが死を意味しても、今回こそは神にご満足いただかなくてはなりません。その時、教会の賛美歌が思い浮かびました。

(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神が栄光を得る日を見ることを望む」より)

私は思いました。

「そうだ!自分の肉体を気づかっていてはだめ。サタンに屈辱を与え、神様の御心をお慰めする機会がある限り、私の命を神様に捧げるのもいとわない」

ひとたび意志が固まると、悪魔たちからどんな拷問を受けても、どんなに巧みな策略で惑わされそうになっても、最初から最後まで心の中で神を信頼していました。神の御言葉は私を内側から啓き、導いてくださり、私は信仰と力を得て、自分の肉体の弱さを克服することができました。邪悪な警官は寒気で私を拷問し続けました。体全体に角氷をこすりつけられると、氷の洞窟に閉じ込められたかのような厳しい寒さに震えました。歯はがちがちと大きく鳴り、肌は青色と紫色になりました。そして午前二時ごろ、もう死んでしまいたいと思うほどの拷問を受け、再び弱ってしまっていました。この苦しみにあとどれだけ耐えなければならないのか分からず、心の中で何度も神に懇願するしかありませんでした。

「神様、私の肉体はあまりに弱く、もうこれ以上耐えることができません。どうか私をお救いください!」

その祈りに応えてくださった神に感謝します。もう耐えられないと思ったちょうどその時、邪悪な警官たちが何の成果も得られていない尋問を中止することにしたのです。

12月31日の午後二時過ぎ、邪悪な警官が私を監房に引きずり戻しました。私の体は傷だらけになり、頭からつま先までぼろぼろでした。両手は風船のように腫れ上がり、青や紫に変色していました。顔は普段よりも三割ほど腫れ上がって青緑色に変色し、ほとんど感覚がなく、完全に麻痺していました。テーザー銃で撃たれて火傷を負っている部分も数カ所ありました。その頃、一つの監房には二十人以上の収容者がいました。収容者は皆、悪魔に拷問された私の姿を見て泣きました。私を直視することさえできない人もいました。若い共産党員は、「ここから出たら、私は脱党する」と言っていました。法定代理人は私に尋ねました。

「あなたを殴った警官たちが所属しているのは、どの署ですか?彼らの名前は?教えてください。海外のウェブサイトにすべて投稿して、公表します。中国は人道的な国だと言う人がいますが、これのどこに人間性があるというのでしょう?これは完全なる残虐行為ですよ!」

私の窮状を知った他の収容者の多くは、怒りながら大声で言いました。

「共産党がこんなに残酷になれるとは想像もしなかった。こんな信頼を裏切るような行為をしでかすなんて。神を信じることは良いことで、人を犯罪から遠ざけるのに。中国には宗教の自由があると言ってなかった?これは絶対に宗教の自由じゃないから!中国では、お金と権力がすべてね。本当の犯罪者は自由なままで、誰も捕まえようとしない。死刑囚は政府の役人に賄賂を渡せばすぐに解放される。この国には正義も平等も存在しない!」

その瞬間、私は神の御言葉を思い出さずにいられませんでした。

今がその時である:人は随分前からこのために全力を振り絞り、努力の限りを尽くし、費やせるだけ費やしてきた。それは、この悪魔の忌まわしい顔をはぎ取り、盲目にされた人々、あらゆる苦しみと苦難に耐えてきた人々が痛みから立ち上がり、この邪悪な古い悪魔に背を向けることができるようにするためである。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

あなたがたは、ほんとうに赤い大きな竜を憎んでいるのか。ほんとうに、心から竜を憎んでいるのか。なぜわたしは、こんなに何度も尋ねているのか。なぜわたしは、この問を何度も繰り返しているのか。あなたがたは、赤い大きな竜について、どんな印象をもっているのか。それはほんとうに除かれたのか。ほんとうに、竜を自分の父とは考えていないのか。すべての人は、わたしの問の中にわたしの意図を理解しなければならない。これは、人々を怒らせようというのではなく、人々の間に反乱を起こさせようというのでもない。また、人間に自分で解決法を見つけさせようというのでもない。すべての人が赤い大きな竜の縛めから自由になれるようにと、していることなのだ。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第二十八章」より)

この神の御言葉に、私は深く慰められました。私が被った残酷な拷問を通じて、中国共産党政府の残酷で邪悪な悪魔のような本質が明らかにされるとは想像もしていませんでした。また、それによって、非信者が中国共産党政府の本当の姿を知り、共に立ち上がってこの古い悪魔を嫌悪し見捨てることができるかもしれないということも想像していませんでした。この出来事は、本当に神の知恵と全能性の働きだったのです。以前は、中国共産党のことを偉大なる赤い太陽、人々の救い手だと思っていました。ですが、中国共産党政府の非人道的な迫害と拷問の犠牲になった後は、完全に考えが変わりました。中国共産党は人の命をなおざりにし、神の選民であっても残忍に虐待し、天国に逆らい、恐ろしい罪を犯す悪霊であることを実感しました。中国共産党政府は、悪魔の生まれ変わりであり神に逆らう悪霊です。神は創造の主であり、人間は被造物です。神を信じるのは自然で正しいことですが、中国共産党政府は神の追随者に冤罪を着せて気まぐれに逮捕して苦しめ、神の追随者を一掃しようと躍起になっているのです。その過程で、神を憎み、神に敵対するやり方の悪魔のような本性を余すところなくあらわにしました。中国共産党政府が引き立て役として機能することで、神の善と愛の本質が私にはさらに明らかになりました。神は二度受肉なさいましたが、どちらの時も計り知れない迫害と苦境、そして悪魔の追撃に苦しまれました。それでも、神はあらゆる攻撃と苦しみに静かに耐えられ、人類を救うための働きをされました。神の人類への愛は本当に偉大です!こう思ったとき、私はこの悪魔の集団を全身全霊で軽蔑し、過去に熱心に真理を追い求めず、神の愛に報いるために本分を尽くさなかったことを本当に後悔しました。いつか、この場所を生きて出ることができたら、本分を尽くすことにこれまで以上に専念し、神に私の心を捧げようと思いました。

その後、邪悪な警官からさらに四回尋問を受けました。しかし私から何も聞き出すことができなかった彼らは、「公序良俗に反する」という容疑をでっち上げ、裁判まで五千人民元の保釈金で私を一年間保釈しました。家族が保釈金の支払いを終えると、2013年1月22日、私はついに釈放されました。家に帰ってからも、窓に氷がはっているのを見るたびに鼓動が激しくなりました。視力が著しく低下し、関節炎も悪化し、本当に腎臓にも問題を抱えるようになりました。絶えず寒さを感じ、パニック発作を起こしやすく、両手にしびれが残り、顔の皮膚が剥がれました。また、内腿に耐え難い痛みを感じることが多く、そのため眠りから覚めるほどでした。これらはすべて悪魔たちの拷問の証拠でした。

中国共産党政府の非人道的で残虐な迫害を受けたことで、肉体はあらゆる拷問に苦しみましたが、神との関係が緊密になり、神の知恵、全能性、愛と救いについてさらに実際的な認識を得ることができ、全能神に従う決意が強まりました。死ぬまで神に従うこと、神を愛する者になるよう努めることを決心しました。共産党政府の残酷な迫害をとおして、神の愛、配慮、守りを私はこの身をもって経験したのです。神の御言葉が道を一歩ずつお導きにならず、力と信仰を与えてくださらなかったら、あの非人道的な苦痛と拷問にすべて耐えることはできなかったでしょう。この特異な経験があったからこそ、共産党政府は神に抵抗し敵対する悪魔サタンに他ならないのだということがはっきりと分かるようになったのです。中国を無神論の国に変えて世界を征服しようと企てる中国共産党政府は、ただ突き進み、この世界から神を追い出すためなら何でもするのです。神の追随者たちを根絶することを目標に、神に従う者を必死に追い、逮捕し、迫害し、一網打尽にして神の働きを完全に滅ぼそうとしています。本当に想像を絶するほど邪悪なのです!

人々を丸飲みする悪魔のような獣に他なりません。天国に逆らって正義を阻む、邪悪で卑劣なサタンの闇の力なのです。この中国共産党政権は、善良な一般人を抑圧して虐待する悪者を野放しにし、そんな悪者に法的、政治的権力を分け与えています。売春、ギャンブル、麻薬取引に手を染めるギャングや悪党たちと親交を深めて楽しみ、その利益を守る手助けさえします。神に従い人生の正しい道を歩む人々だけが、中国共産党政府に敵視され、不当に抑圧され逮捕され、信者の家族が引き裂かれ、愛する人が行方不明になり、家に戻れなくなるまで残酷に迫害されるのです。その多くは定住することができず、家から遠く離れた場所で流浪の生活を送らなければなりません。残酷な拷問にさらされ、神への信仰のために肢体不自由になったり、死に至るまで殴られたりする人もいます。…中国共産党政府が残忍な怪物であり、人類の虐殺者であり、悪魔であり、サタンであることは極めて明白です。最後には、犯した恐ろしい罪のせいで神の義なる懲罰を免れないでしょう。なぜなら、全能神はずっと前にこうおっしゃっているからです。

そうした悪魔の巣窟は神により粉砕されることは確実であり、あなたがたは神の傍らに立つであろう。あなたがたは神のものであり、奴隷の帝国に帰属しない。神は久しくこの暗黒社会を骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待する事の無いよう、そのへびを必死で踏みつけようとしている。神はそのへびの従前の行いを許さず、そのへびの人間に対する偽りを容赦せず、そのへびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復するであろう。神がその諸悪の首謀者[1]に対して寛容となることは僅かばかりも無く、そのへびを完全に粉砕するであろう。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

神の義は賛美と称賛に値し、神はサタンの国を破壊し消滅させてくださいます。そして神の国がこのこの地上に打ち立てられ、神の栄光は必ずや宇宙全体を満たすでしょう!

チャン・ツァン(遼寧省)

脚注

1.「諸悪の首謀者」とは、年老いた悪魔を指す。強烈な嫌悪を現す句。

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刑務所で過ごした青春時代

今振り返ってみると、刑務所で過ごしたあの年、私は肉体的苦痛を経験しましたが、神が御言葉で私を導いて下さり、私のいのちを成長させて下さいました。私は神が予めお定め下さった宿命に感謝しています。

神のいのちの力の超越性と偉大さ

このことで、全能神の御言葉の権威と力を私はまぎれもなく理解し、全能神のいのちの力がもつ超越性と偉大さを感じることができました。そして神のまことの愛を実感し、神によるいのちの無私の施しを体験することができたのです。

神の御言葉に導かれ、闇の勢力の圧政に勝利した

神の御言葉は信仰と力のたゆみない源であり、警察が代わる代わる私を疲労させることで自白を引き出そうというサタンの試みをあくまで打ち破ることを可能にしました。そのおかげで、神のいのちの力がいかに超越していて偉大であるかが実感できました。神が私たちに授けられる力は尽きることがなく、肉の制限を受けないのです。

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