24. 闇の圧迫から立ち上がる

全能神は言われます。「神は多くの場所において、秦の地で勝利者の一団を得るだろうと預言してきた。勝利者が得られるのは世界の東方なので、神が二度目の受肉で降り立つ場所は間違いなく秦の地であり、それはまさに赤い大きな竜がとぐろを巻いているところである。その地において、神は赤い大きな竜の子孫たちを自分のものにし、それによって竜は完全に敗れ、辱められる。神は重い苦しみを背負ったこれらの人々を目覚めさせ、完全に目が覚めるまで立ち上がらせて、彼らが霧の外へと歩み出て、赤い大きな竜を拒むようにさせるつもりである。彼らは夢から目覚め、赤い大きな竜の正体を認識するとともに、自分の心を残らず神に捧げ、闇の勢力の圧迫から身を起こし、世界の東方で立ち上がり、神の勝利の証しになれるだろう。そうすることでのみ、神は栄光を得る」(『言葉は肉において現れる』より引用)。この神の御言葉に関することを話したい。

2002年11月28日、私は、兄弟姉妹たちと一緒に、キリスト教の教会指導者に、神の福音を説いていた。そこへ十数人程の警官が押し入ってきた。銃を持っている人も、警棒を持っている人もいた。私たちに向かって、手を頭にやり、壁の方を向くようにと叫び、1人ずつ調べた。5千元以上と、他にもたくさんのものを奪った。2人の若い姉妹はひどく恐れていたので、私は小声で囁いた。「怖がらなくても大丈夫だ。ただ神を信じなさい」。何人かの警官がすぐさま私のところにきて、警棒で叩いた。そして、そこにあった全てのものを荒らしていった。姉妹1人が別の部屋に隠れていたが、1人の警官がそこに突入し、彼女を手荒に引きずり出した。別の警官は、彼女がとても綺麗なことに気づき、彼女の体を触った。姉妹は反抗することができず、ただ叫んだ。幸いにも、家主が彼らを止めたので、警官らは彼女から離れた。警官のひどい振る舞いに、私は激怒した。それから私たちはみんなバンに乗せられ、警察署に連行された。手錠をかけられ、廊下に放置された。2日間、食べ物も水も与えられなかった。それから、彼らは、1人の兄弟から、教会に関する情報を無理やり聞き出そうとした。彼が話さなかったので、警官は彼を床に押さえつけて、犬の糞を口に押し込んだ。それは、彼の精神が耐えられるようなものではなかった。彼が拷問される様を見て、私は強烈な怒りを感じた。警察は悪魔だ、人間ではない! 私は心の中で神に祈った。私たちが証しをすること、サタンの拷問に耐え抜くことができるよう、お導きくださいと。踏み堪えることができるようにと。

3日目の夜、郡警察局で、1人ずつ、尋問を受けた。副局長が私をこうそそのかそうとした。「教会の指導者が誰なのか、資金がどこに保管されているのかを話したら、釈放する。お前の家族は、お前が無事帰ってくるのを待っている。自分のためではなく、家族のために話すのだ」。私の心は少し揺らいだ。「大して重要でないことを少し話したら、釈放してもらえるかもしれない。これ以上苦しまなくて済む。家に帰って、家族を守ることができる」。その時、私は神の御言葉を思い出した。「すなわち、患難の時にわたしに全く忠誠を示さなかった者にわたしはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみはそこまでしか届かないからである。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者と係ることを望まない。それが誰であれ、これがわたしの性質である」(『言葉は肉において現れる』より引用)。私は我に返った。私は神を裏切ろうとしてはいなかったか? サタンの罠にはまっていたのだと気づいた。もし私が自分の肉と家族を心配し、安心を求めたら、そして、神に背き、兄弟姉妹を裏切り、ユダのようになったら、神の憎しみを買い、神の性質を侵すことになっただろう! 私は神にこう祈った。「傷つけられても殺されても、あなたを裏切ったり、ユダのようになったりはしません」。「良い警官」の手順が失敗した警察は、その中身が悪魔であることを表した。ある警官は、靴のかかとで、私の足の親指を踏み、全力でつき砕いた。信じられない激痛で、思わず、大声で叫んだ。服は汗でぐっしょり濡れていた。私は祈り続けた。痛みから助けてくださいと。私の心を守ってください、サタンに負けないように、信念と強さをください、と。警官がやめた時、私の足の指は砕け、血まみれだった。爪が、すっかり剥がれていた。警官は、私から何も得られなかった。でも、それで終わりではなかった。私と、兄弟1人と姉妹1人が、SWATの部署に送られた。尋問のために。

着くと、私たちは皆、服を剥ぎ取られ、真っ裸にさせられ、手と足に手錠をかけられた。それからジャンピングジャックをやらされた。辱めるためだ。たくさんの警官が集まってきて、指を差して笑った。人間以下になった気分だった。ジャンプするたびに、怒りの炎が、大きくなっていった。それを経験していなかったら、「人民警察」が、そんな悪魔のような、下劣な、非人間的なやり方で拷問をするものだとは、信じなかっただろう。私は、あの悪魔たち、けだものたちを、憎んだ。神の御言葉のとおりだ。「数千年にわたり、この地は不浄の地であった。耐えがたいほど汚れ、悲惨に溢れている。至る所に幽霊がはびこり、欺し偽り、根拠のない言いがかりをつけ、冷酷かつ残忍であり、この幽霊の街を踏みつけて屍だらけにした。腐った屍の悪臭が地を覆い空気に充満し、そこは厳重に守られている。誰が空の彼方の世界を見ることができようか。……宗教の自由だと。市民の正当な権利と利益だと。そのようなものはどれも罪を隠蔽する手口である」(『言葉は肉において現れる』より引用)。私たち信者は、法を犯さないし、人を傷つけるようなことはしない。神の福音を説いているだけだ。人々が神を崇拝し、真理を受け取り、サタンの支配から逃れ、救われるように。だが、中国共産党は、神を信じ、正しい道を歩む者を許さない。もちろん、福音を説くことも。彼らはあらゆる手を使って、私たちを追いかけ、逮捕して、残忍に拷問する。神を信じる全ての者を、殺したくてたまらないのだ。私は、この事実を目の当たりにした。共産党は、腐敗しきっている。真理を憎み、神に反抗している。そんな共産党を、心から憎み、拒否した。証人として立ち、サタンを辱め、ついに打ち負かす時がきた。

また4日後に、尋問を受けた。教会に関する情報が欲しいのだ。私は口を開かなかった。すると、私と兄弟を庭に引きずり出した。手足を鎖に繋ぎ、頭に黒い袋を被せて、庭の中央にある大きな木に私たちを吊るし、さらに、狂ったことに、大量のアリを木に向かって放ったのだ。アリは、私たちに群がってきて、身体中を噛んだ。骨を噛まれているかのような痛みで、死んでしまいたいと思った。我慢ができないと思い、私は神に助けを求めて祈った。神を裏切らないように。これに耐え、乗り越えられるだけの、強い力と意志を求めた。神の御言葉が頭に浮かんだ。「わたしの栄光が宇宙を満たし、すべての人々はわたしのために最後の苦難に遭わなければならない。あなたがたにはわたしの旨が分かるだろうか。これがわたしの人に対する最後の要求である。つまり、わたしは全ての人々が赤い大きな竜の前で、力強く、明確なわたしの証しとなれることを望む。最後に彼らがわたしのために自らを捧げ、最後にもう一度わたしの要求を満たすことを望む。あなたがたにはこれが本当にできるか。かつてのあなたがたはわたしの心を満たすことができなかった。最後の時にこの型を破ることができるか」(『言葉は肉において現れる』より引用)。神の御言葉に、私はとても恥じた。それまで私は、神を喜ばせたことはなかったが、今やっと、サタンに対して強固な態度をとる時がきて、体に痛みを感じているからといって、神を裏切り、その御心を傷つけることはできないと悟った。神は真の創造主で、万物の上に存在する。私たちを救うため、神ご自身が肉となり、辱めを受けられた。共産党に追われ、世界に拒否されても、神はなお、私たちに真理を表してくださる。神は私たちのためにこれほど代価を払ってくださった。私の小さな苦しみなど取るに足らない。私は、神を満足させ、神の栄光を称えるため、喜んで死のうと覚悟を決めた。そう考えていると、力が戻ってきた。この拷問に耐えるため、毎分毎秒、そうやって神に頼った。だが2日後、私は限界に達していた。季節は冬の初めで雨が降っていた。私は薄いシャツだけで、裸足で吊るされていた。2日間、飲まず食わずだった。身体中が痛かった。苦痛で仕方なくて、ただ死んでしまいたかった。神に祈り続けた。私の身体のもろさのせいで、神を裏切ってしまうのではないかと恐れて。痛みの中で、恵みの時代に登場する使徒の1人、ステパノのことを考えた。主の福音を説いていたことで、群衆から石打の刑にされた人物だ。死ぬ間際、彼は神に祈った。私の霊をお受けくださいと。私も神にこう祈った。「神よ、これ以上、この痛みに耐えることはできません。どうか私の霊をお受けください。あなたを裏切るくらいなら、死んでしまった方がましです」。すると、素晴らしい奇跡が起きた。私の魂が身体から離れたのだ。私は、広い草原にいた。青々とした草。遠くの方に家畜が見える。心の安らぎを感じて、思わず、神を称えて賛美歌を歌った。「全能神を声高く賛美する。天と地の万物が、あなたを賛美する。天使に、あなたを賛美させよ。天の軍勢に、あなたを賛美させよ。宇宙の全てに、あなたを賛美させよ、全能神! 輝く星々が、あなたを賛美する。天、地、水が、あなたを賛美する。全てが、あなたを賛美する。山に、丘に、あなたを賛美させよ、全能神。波に、大波に、あなたを賛美させよ。最も高い場所であなたを賛美する、全能神! 声高らかに賛美する、全能神! 轟く雷が、あなたを賛美する。声高く、あなたを賛美する。巨大な大空が、全能神を賛美する。生けるもの全てに、あなたを賛美させよ。賛美の歌が地を震わす。神を賛美せよ!」私は、そんな比類のない喜びと平安に没頭した。完全に解放された状態だった。木に吊るされて感じていた、痛み、飢え、寒さ、アリに噛まれて感じた痛み、それら全てが消え去った。気が付くと夜だった。警官が木から私を下ろした。私はまだ生きていた。さらに、私の霊は、生まれ変わっていた。これは神の全能性、素晴らしい御加護だ! 私は全能神に感謝し、称えた。私たちが生きるか死ぬかは、神の御手に委ねられているのがわかった。神への信仰が深まり、証人として立つ決意が強まった。

次の日、警官たちがまた私を尋問した。教会を裏切り、神を冒涜し、背かせようと。私は腹を立てて言った。「全能神は創造主、全てを支配する唯一の、真の神だ! あなたがたは黒を白だと言い、罪のない人に濡れ衣を着せている」。1人の警官が激怒して、ベンチで私を、狂ったように、殴り始めた。口から血が吹き出し、私は床の上で意識を失った。彼らは氷水で私を起こし、引っ張り上げて、また殴った。私は力が尽きていたが、神の御言葉を思った。「あなたがたは、自分に与えられた祝福を受け入れたことがあるか。あなたがたは、あなたがたのために結ばれた約束を求めたことがあるか。あなたがたは、必ずや、わたしの光の導きの下、闇の力の要塞を打ち破るだろう。あなたがたは、闇のただ中にあっても、あなたがたを導く光を絶対に見失いはしないだろう。あなたがたは、必ずや、すべての被造物の主人となる。あなたがたは、必ずや、サタンの前で勝利する。あなたがたは、必ずや、赤い大きな竜の国が滅びるとき、無数の大衆の中で立ち上がり、わたしの勝利を証しするであろう。あなたがたは、必ずや、秦の国にあって、決意を固くし、揺らぐことがないだろう。あなたがたの耐え忍ぶ苦しみによって、あなたがたはわたしからの祝福を相続する。そして、必ずや、全宇宙にわたしの栄光を輝かせるだろう」(『言葉は肉において現れる』より引用)。私はとても感動し、神にこう祈った。「殴り殺されても、私はあなたを決して裏切りません」警官に何日間も拷問された後、私はあざだらけで、内臓に重傷を負っていた。1週間がすぎても、私の尿は赤く、血を含んでいた。右の腎臓は損傷が激しく、今でも痛い。

1ヶ月後、警官はまだ証拠がなく、偽の証拠を作り、私に署名をさせた。それから収容所に送られた。3ヶ月後、共産党は、私に「公務執行妨害罪」を課し、懲役1年に処した。強制収容所には、十分な食べ物がなく、毎日10時間以上働かされた。どの看守も私を酷使し、侮辱し、牛追い棒を使って監禁した。神の御加護がなければ、私はあの邪悪な悪魔たちの拷問で死んでいただろう。2003年11月7日、釈放され、やっとあの生き地獄を抜け出すことができた。

身体は重傷を負ったけれど、共産党の拷問を受けたことで、洞察力を身に付けた。真理と神を憎む共産党の悪魔の本質を目の当たりにして、神の偉業と全能の支配を見た。そして、神への信仰が深まった。神の御言葉の力も味わった。サタンの陰謀を見破れるよう導いてくれたのは、神の御言葉だった。死の瀬戸際で、神の御言葉が、前に進むための信念と力をくれた。そして、共産党の悪魔を打ち負かし、拷問と誘惑を切り抜けた。この経験が、私が、赤い大きな竜を拒否して、神に従う信仰を後押ししてくれた。

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