救われることの理解

林青(リン キン) 青州市 山東省

神に従ってここ数年間私は家族との娯楽や肉的な娯楽を諦めて、教会で自分の本分を尽くすため1日中忙しくしています。だから、私は任された教会の働きをないがしろにせず、神を裏切らず、教会を離れず、終わりまで神に従っている限りは神に守られ救われるだろうと信じていました。私はまた、神によって救いの道を歩んでいて、終わりの終わりまで神に従えさえすればいいのだと信じていました。

しかし2~3年前、男性の説教のある文で“真理を得て現実に入る者だけが本当に救われます”という文を見ました。“神に救われることは人々が想像するほど簡単ではありません。私たちの経験の全ての歩みで神の御言葉による試練と洗練と同様、裁きと刑罰に信頼しなくてはいけません。私たちは注意深く神の働きの全ての歩みに従わなくてはなりません。そして終わりに、新しく創られた者となる性質の変化を成し遂げ、サタンに打ち勝ち、罪を乗り越える真理に信頼をおくことができるようにならなくてはいけません。私たちは意識して神の御言葉に信頼をおいて生活するように、そして完全に神に従い神の味方にならなくてはいけません。このことだけが本当にサタンに打ち勝ち罪を乗り越えることで、神に得られるということです。もし私たちが神の働きを経験することによってこの結末を成し得られるならば、このことだけが本当に神に救われるということです。”“真理を探し求めて神による救いを成し遂げる道には、しかしながら、人々が直面しなくてはならないあらゆる種類の試練や苦難、家族崩壊や自然災害それに人工災害などの困難や障害が多くあります。それは確かに穏やかな航海ではありません。もし人々が誠実さに欠ければ、彼らは堅く立つことは出来ず、彼らが神を裏切る可能性は100パーセントです。”これらを読んだ後、私はまるで夢から覚めたかのように感じました。このように神に救われることは、やはり私が思っていたほど簡単ではありませんでした。それは人々があらゆる種類の試練や困難の苦しみを経験するだけでなく、神の刑罰と、裁き、取扱いと手入れを受け入れ、人生の全ての歩みで神の働きと御言葉を経験することに懸かっています。そうすることで彼らは自分自身の堕落した性質の本当の理解を得ることができ、次第に彼ら自身の腐敗を取り除くことができるのです。そして終わりに神の御言葉に信頼し、どのような状況においても暗闇の勢力を乗り越え、サタンに打ち勝つ真理に信頼をおくことができるようになります。この結末を成し得ることだけが本当に神に救われるということです。しかし私の実際の状態をこれと比べると、その結末を成し得ていることからは程遠いものでした。私は名声と地位を追い求めることは神に命じられたことではないと知っていたにもかかわらず、幾度もこれらの追求に従事し、得られなければ否定的で弱い者となっていました。私はしばしば真理を追い求める意欲を失い、自分自身抜け出せない暗闇に落ち込んでいました。私は神を信じることは神の愛に報いるために真理を追求すべきことを意味すると知っていたにもかかわらず、これまで幾度も神の取り扱いを受け取ることができず、神の日がやって来るのが遅すぎると見て、自分の中に否定的な思いを抱いていました。初めのころの精力はただ跡形もなく消え去りました。そして私はぞんざいに自分の本分を尽くしました。働きで困難にぶつかると、これは神が私に試練を通らせているのだと知りながら、心の中ではまだ誤解と神への不満で満ちていました。私は神を信じることはあまりにも難しく骨が折れることで、いつも逃げ出したい、そして辞めてしましたいとさえ感じました。これまで幾度も、私の周りの環境、すべての人々、問題や事柄は私を完全な者とする為に神によって与えられていて、これらのことから真理を探し求めるべきであると知りながら、人や問題そして事柄が私の考えに則さなければ、私はいつもそれを拒んで受け入れようとはしませんでした。私は愛する者たちに見捨てられ、どこにも休まる場所がなかった時、他の人々が幸せな家族と共にいるのを見ると、しばしばこれにより悲しみと痛みを感じ何度も神から離れたいという所にまで至りました。それでもなお私はずっと以前に神の救いの道を取ったのだと思いました。これら全ての実際の状態を見て、どうして些かでも本当の背丈を持つことができたでしょうか。ただいくらかの小さな試練や憤りに直面しただけで私は躓く危険がありました。言うまでもなく大きな困難や苦しみの時は尚更でした。その時、私は辞めずに数年間神に従っていましたが、本当には真理を掴んでおらず私の人生の性質は些かも変わっていないことを知りました。私は尚サタンの邪悪な影響の下生活しており、騙され操られる対象とされていました。これは神に本当に救われることの基準からかけ離れたものでした。しかしそれでも尚、私はずっと以前に神の救いの道に入っていて、自分はほぼ十分な者であると信じていました。-これは単に自己欺瞞でした。

ああ、神よ。ありがとうございます!私に自分の本当の状態をはっきりと見させ、本当の救いがどういうものであるかを理解させ、過去の間違った知識を変えてくださったのはあなたの啓示と導きでした。また、もし私が真理を得ず人生の性質の変化を持たなければ、何年神を信じていようとも、あなたの承認を得られないことを理解させてくださいました。今日から後、私は進んで更なる真理で自分を備えるようにこの貴重な時間を大切にします。そしてあなたの働きを経験することによって、自分自身から腐敗した性質を取り除きます。あなたの御言葉によって生活し、あなたに完全に従い、あなたによる本当の救いを成し得ます。