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全能神、終わりの日のキリストの代表的な言葉

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XI 神の求め、奨励、警告、慰めについての代表的な言葉

(Ⅰ)人への神の要求についての代表的な言葉

神に付き従う者に対し、神は真の信仰、忠実な追随、完全な服従、真の認識、そして心からの崇敬という5つの事柄を要求する。

『言葉は肉において現れる』(続編)「唯一の神自身10」より

本物の被造物は創造主が誰か、人間はなぜ創造されたか、被造物としてどう責任を果たすか、万物の創造主をどう礼拝するかを知り、創造主の心、望み、要求を理解し、把握し、知り、大切に扱わなければならない。そして創造主の道、つまり神を畏れ、悪を避ける道に従って行わなければならない。

『言葉は肉において現れる』(続編)「序文」より

人間は、被造物として、自身の立場を維持して誠実に行動し、創造主から託されたものを忠実に守る必要がある。そして人間はその道を外れた行動を行ったり、人間の能力を超えることや、神が不快と感じることを行ったりしてはならない。人間は、偉大になろうとしたり、特別になろうとしたり、他の者を超えようとしたり、神になろうとしたりしてはならない。人間はこうした存在になることを望んではならない。偉大になろうとしたり、特別になろうとしたりするのは、愚かである。ましてや神になろうとするのは、恥辱的であり、不快で卑劣である。称賛に値し、被造物が何よりも固守すべき事は、真の被造物となることである。それが全ての人々が追求すべき唯一の目標である。

『言葉は肉において現れる』(続編)「唯一の神自身1」より

神の国の民に対する神の要求は次のとおりである。

1.神の委託を受け入れなければならない。つまり、終わりの日の神の働きで語られたすべての言葉を受け入れなければならない。

2.神の国の訓練に入らなければならない。

3.神に触れられる心を持つよう求めなければならない。あなたの心が完全に神に向いて、正常な霊的生活があれば、自由の領域に住む。つまり、神の労りと保護のもとで生きる。神の労りと保護のもとに生きるときにのみ、あなたは神に属する。

4.神によって得られなければならない。

5.地上での神の栄光のしるしとなければならない。

『言葉は肉において現れる』の「神の最新の働きを知り、神の歩みに従う」より

わたしの語る言葉は、特定の人や特定の種類の人に対するものではなく、すべての人に向かって示す真理である。だから、真理という観点からわたしの言葉を受け取ることにただ集中しなさい、そして集中心と誠意を常に持ち続けなさい。わたしの語る言葉、また語る真理のひとつでも無視したり、軽蔑したりしてはいけない。

『言葉は肉において現れる』の「三つの忠告」より

あなたがた全員が私の言葉を数千回繰り返して読み、心に刻み込むことが出来るよう、切に願う。あなたがたに対する私の期待を裏切らずに居るためには、そうすることによるほか無い。しかし、現在そのように生きている者は、皆無である。それとは反対に、あなたがたは欲しいだけ飲み食いする堕落した生活に浸り、私の言葉で心と霊を豊かにする者は居ない。そのことが、人間の素顔は常に私を裏切り、私の言葉に完全に忠誠となれる者は居ない、という結論に私が達した理由である。

『言葉は肉において現れる』の「極めて深刻な問題:裏切り(1)」より

あなたがたは、神の言葉を置き去りにすることも、神の言葉に聞く耳を持たずにいることも出来ない。あなたがたは、神の言葉を注意深く理解し、祈祷閲読を繰り返し、言葉の中のいのちを把握する必要がある。言葉を理解する時間を取らずに、むさぼるように読むような無益なことをしてはならない。あなたがたは、自分の行動全てにおいて、神の言葉をよりどころとしているであろうか。子供のように大袈裟な話をして、後で何かあった時に混乱するようなことがあってはならない。あなたがたは、毎日常に霊を働かせて一瞬たりとも気を緩めてはならない。あなたがたは、鋭敏な霊を備える必要がある。あなたがたは、どのような者や出来事に遭遇しても、神の御前に来た場合には従うべき道がある。あなたがたは、神の言葉を毎日食べ飲みし、注意力が散漫になることなく理解し、一層努力し、細部を全て確認し、完全な真理を身に付けて神の旨を誤解しないようにする必要がある。

「キリストが最初に発した言葉と証し」より

私の民は常にサタンのずるい計画に注意を払い、私のために私の家の門を守り、お互いを支え合い、養い合わなければならない。そうすれば、あなたたちがサタンの罠に陥ることはなくなり、もう遅いと後悔することはないだろう。なぜ私はそんなに急いであなたたちを訓練しているのだろう。なぜ私はあなたたちに霊の世界の事実を語るのだろう。なぜ私はあなたたちに何度も思い出させ、強要するのだろう。あなたたちはかつてこのことについて考えたことがあるだろうか。あなたたちは理解したことがあるだろうか。このように、あなたたちは過去の基盤に基づいて慣れることが必要なだけでなく、さらには今日の私の言葉に従って自分自身の中の不純物を追い出し、私の言葉の一語一語を根付かせることが必要だ。そのうえ、あなたたちの精神に花を咲かせ、さらに重要なことには、実を結ばせることも必要である。私が求めるものは明るく、繁茂した花ではなく、豊富な果実――しかも、腐らない果実である。

『言葉は肉において現れる』の「三番目の言葉」より

あなたがたの目的の核心は、神の御業があなたがたの中で効力を発揮するようにすることである。つまり、それは神の御言葉を実践するなかで、御言葉を真に理解することを目的とする。おそらく、あなたがたが神の御言葉を授かる能力は乏しいであろうが、あなたがたが御言葉を実践する時、神は自分の乏しい能力の欠点を補うことが出来るので、あなたがたは数多くの真理を知るだけでなく、それらの真理を実践する必要もある。これが無視出来ない最大の重点である。

『言葉は肉において現れる』の「真理を理解した後は、それを実践せよ」より

わたしはあなたがたが日々の生活の中で、真理と無関係なことを数多く行っていることを分かっている。だから、わたしはあなたがたにはっきりとお願いしておきたい。真理のしもべとなり、邪悪さや醜さの奴隷となることがないように。真理を踏みにじって、神の家の片隅でも汚すことのないようにしなさい。これが、あなたがたへの忠告である。

『言葉は肉において現れる』の「三つの忠告」より

王国の精鋭軍を養成することとは、現実性について語ることが出来るだけの者や自慢するだけの者を訓練することでは無く、常に神の言葉を行動で示すことが出来て、難局に遭遇しても屈せず、常に神の言葉の通りに生活し、この世に退却することの無い者を養成することである。これが神が述べる現実性であり、神の人間に対する要求である。

『言葉は肉において現れる』の「真理の実践のみが現実性を得ることである」より

祝福を一日や二日で受けることはできない―それは多くの犠牲を伴って初めて受け取れるものだ。つまり、精錬された愛や大きな信心、そして神があなたがたに求める多くの真理を持たなくてはならない。それに加えて、義を追い求める姿勢を崩さず、おびえたり屈服したりすることなく、神に対して変わらぬ愛をいだいていなくてはならない。あなたがたの決意が求められ、あなたがたのいのちの性質を変えることが求められる。堕落した部分を改善し、神の采配を不平不満なくすべて受け入れ、死にまでも従順でなくてはならない。これが、あなたがたが達成しなければならない事である。これが神の最終目的であり、この一団に神が求める要求である。神はあなたがたに施したが、彼はあなたがたが彼の要求を満たして報いることを要求する。それだから、神はむやみに働くのではない。なぜ神が何度も高い基準の働きをし、厳しい要求をするのかが分かるだろう。このような訳で、あなたがたは神に対する信心で満たされていなくてはならないのである。要するに、あなたがたが神の嗣業を受け継ぐに相応しい者となるため、神がすべての働きをあなたがたのためにしたのだ。これは神自身の栄光のためというよりあなたがたの救いのため、そして汚された地で深く苦しんでいるこの一団の人々を完全にするためである。あなたがたは神の心を理解しなくてはならない。

『言葉は肉において現れる』の「神の働きは人間が想像するほど簡単か」より

この段階の御業においては、大いなる信仰と愛が私達に求められている。私達は些細な不注意から躓くこともある。なぜならこの段階の御業は従前のいかなる御業とも異なるからである。神が完全にされているのは、人類の信仰である。それは誰も見たり触れたり出来ない。神が行われているのは、御言葉を信仰や愛、いのちへ変換する御業である。人間は数百回の精錬を乗り越えてヨブの信仰よりも強い信仰を得る段階に達する必要がある。人間は、一瞬たりとも神から去る事無く、信じ難い苦難とあらゆる拷問を受ける必要がある。人間が死ぬまで従順でり、神への強い信仰を持った時、この段階の神の御業は完了する。

『言葉は肉において現れる』の「道(8)」より

従って、わたしは依然として、わたしの働き全てに対して、あなたが全存在をささげることを求める。さらには、あなたは、わたしがあなたの中で成した働き全てをはっきりと識別して、確信すべきであり、さらにあなたの強さすべてをわたしの働きに投入すべきである。そうすることで、私の働きはより効率的になる。これは、あなたが理解しなければならないことである。お互いに争わず、逃げ道を探すな、あるいは肉の快楽を追い求めるな、これらはわたしの働きを遅らせ、あなたのすばらしき未来を潰す。それは、ただあなたを駄目にして、あなたを決して守りはしない。あなたは愚かではないだろうか。今日、あなたが享受していることがまさに、あなたの未来を潰しており、一方、今日あなたが煩っている痛みこそ、あなたを守っているのである。誘惑に引っかかることがないように、そして、太陽を遮る深い霧に入るのを避けるようにするためには、あなたはそのことに明確に気づかなければならない。深い霧が晴れた時、あなたは偉大な日の裁きの状態におかれているだろう。

『言葉は肉において現れる』の「福音を広める働きは、人を救う働きでもある」より

わたしは、誰もできない働きをしてきた。わたしの唯一の望みは、人が何らかの善行によりわたしに報いることだ。わたしに報いることができる人は僅かだが、それでもわたしはこの世での旅を終え、わたしの働きを現わす次の段階を始める。なぜなら、わたしが長年人々の間で行き来してきたことは実を結び、わたしはそれを非常に喜ばしく思っているからだ。わたしが気にするのは人の数ではなく、むしろ彼らの善行である。いずれにしても、わたしはあなたがたが自分たちの終着点に備えて、十分な善行を積むよう望んでいる。そうすれば、わたしは満足する。さもなければ、あなたがたの誰も自分に降りかかる災いを免れないだろう。災いはわたしによりもたらされ、もちろんわたしが采配を振るものである。もしあなたがたがわたしの目に良いと映らなければ、災いの苦しみから免れることはないだろう。

『言葉は肉において現れる』の「終着点のために、善行を十分積まなければならない」より

今日、わたしはあなたがたと共に生き、共に苦しんでいる。わたしは人間のわたしに対する態度を長い間理解して来た。これ以上明瞭にすることは望まず、ましてやあなたがたを辱しめるために、さらに事例を挙げてあえて痛みを感じるようなことはしたくない。わたしの唯一の願いは、あなたがたが行ったことすべてを心の内に留め、再会した日にはそのひとつひとつをわたしの前で数え上げることができるようにすることである。わたしはあなたがたの誰にも濡れ衣を着せたくない。わたしは常に正しく、公正に、また責められるところがなく行動して来たからである。勿論、わたしはあなたがたも心を開いた度量の大きい者であり、天と地、またあなたがたの良心に逆らうようなことを何一つしないようにと願っている。これが唯一、わたしがあなたがたに願うことである。

『言葉は肉において現れる』の「終着点のために、善行を十分積まなければならない」より

私は、私の業の最終段階において、あなたがたが見事な成果を実現できること、完全に身を捧げていること、半信半疑ではなくなることを望むのみである。無論、あなたがた全員が好ましい終着点を得ることも、私は望んでいる。それでもなお、私には、あなたがたが私に対して単独かつ最終的な信心を捧げる際に最善の決断を下すことという、私自身の条件がある。

『言葉は肉において現れる』の「終着点について」より

これは今日、人に対する神の唯一の要求――神を愛する人の姿を生き抜くことであり、そうすれば神の英知の結晶体の光が闇の時代にあふれるようにきらめき、人の生き方は神の働きの中に光り輝くページを記し、東洋で永久に輝き、世界から注目を集め、すべての人の称賛を受けるであろう。さらに確かなことに、今日神を愛する人々にとって、さらによい真理に入ることなのである。

『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(4)」より

あなたがたが受け取ったものはわたしの真理、道、いのちだけではなく、ヨハネのそれよりも大きいビジョンと啓示である。あなたがたはもっと多くの奥義を理解し、わたしの真の顔も拝した。あなたがたはわたしのさばきをもっと受け入れ、わたしの義なる性質ももっと知った。だから、あなたがたは終わりの日に生まれたけれども、あなたがたの理解は以前のものであり、過去のものである。また今日あることも体験したが、それはわたしの手で成し遂げられた。わたしがあなたがたに求めることは理不尽ではない。というのは、わたしはあなたがたにあまりにもたくさん与え、あなたがたはわたしから多くを見たからである。だから、わたしはあなたがたに昔の聖徒たちがしたように、わたしの証人となってくれるよう願う。そしてこれだけがわたしの心の願いである。

『言葉は肉において現れる』の「あなたは信仰について何を知っているか」より

わたしが語った事柄の全てには神の性質が含まれる。わたしの言葉を注意深く考えるとよい。それらから間違いなく多くの利益を得るであろう。神の本質を理解することは非常に難しいが、わたしはあなたがた全員に神の性質について少なくともいくらかの認識があると信じている。ゆえに、わたしはあなたがたがそれをわたしに証明し、神の性質を犯さないより多くの事柄を行うことを望むのである。それがわたしを安心させてくれるだろう。例えば、常に心の中で神を思いなさい。何かを行う時は、神の言葉に従いなさい。全てにおいて神の心を探し求め、神を軽視したり神の栄誉を汚したりする事柄は行わないようにしなさい。さらに、神を心の奥に追いやって心の中の未来の隙間を埋めないようにしなさい。もしそのようなことをするならば、あなたは神の性質を犯すことになるのである。決して神を冒涜する事柄を口にしたり、神に対して不平を言ったりせず、神があなたの人生を通じてあなたに委ねた全ての事柄を正しく行うことができ、神の言葉の全てに従うならば、行政に触れることを首尾よく避けたことになる。

『言葉は肉において現れる』の「神の性質を理解することの並ならぬ重要性」より

神の本質をよく知ることは、ささいな事柄ではないのである。あなたは、神の性質を理解しなければならない。そうすることによって、神の本質を少しずつ知るようになることから、同時により素晴らしく、より美しい状態へと進歩するだろう。最後には、顔を見せることを恥じるほど、自分の醜悪な魂を恥だと感じるようになるであろう。その時、神の性質を犯すことがますます減り、あなたの心はますます神の心に近づき、徐々に神への愛が心の中に育つであろう。これは、人類が美しい状態になるしるしである。しかし、あなたがたはまだこの状態に達していない。自分の運命のためにそこかしこへ渡り歩くことで自分を疲れ果てさせているあなたがたの中に、努めて神の本質をよりよく知ろうと思う者がいるだろうか。この状態が続くならば、神の性質をほんのわずかしかわかっていないために、無意識のうちに行政に触れることになる。今あなたがたが行っていることは、神の性質を犯す行為の礎を築いていないだろうか。あなたがたに神の性質を理解するよう求めることは、わたしの働きに相反するものではない。度々行政に触れるならば、懲罰を逃れることができる人がいるであろうか。そうならば、わたしの働きの全てが無駄になるのではないか。このため、わたしは今もあなたがた自身の行いを入念に顧みることに加え、行う事柄に注意を払うようにあなたがたに求めるのである。これはあなたがたに対するより重大な要求であり、あなたがたがこれについてよく考え、大切な事柄として扱うことを願う。あなたがたの行いがわたしの激しい怒りを買う日が来るならば、その結果はあなたがただけが受け止めるものであり、あなたがたの代わりに罪を負う人は他にいないのである。

『言葉は肉において現れる』の「神の性質を理解することの並ならぬ重要性」より

あなたがたは皆、自分自身のことを出来る限り迅速に検証し、自分の性格のうち、どの程度が依然としてわたしを裏切っているかを確認する必要がある。わたしは性急にあなたがたの答えを待っている。わたしを無視してはならない。わたしは決して人間に対していい加減な態度は取らない。わたしは言った事を必ず実行する。あなたがた全員が、わたしの言葉を真剣に捉え、それをSF小説のようなものであると考えない者となれることを願っている。わたしが望むのは、あなたがたの具体的な行為であり、想像ではない。次に、あなたがたは、わたしの次の質問に答える必要がある。1.あなたは、自分が真に効力者であるならば、おざなりな要素や否定的要素無しで、わたしに忠誠に仕えられるであろうか。2.あなたは、わたしがあなたに感謝した事が無いと知った場合、依然として生涯を通してわたしのところに留まり、仕えることが出来るであろうか。3.あなたが大いに努力しているにもかかわらず、わたしがあなたに対して冷淡であったとしたら、曖昧さの中でわたしのために業を行い続けることが出来るであろうか。4.あなたは、何かをわたしのために費やした後に、わたしがあなたの些細な要求を満たさなかったとしたら、わたしに失望し、落胆したり、さらには激怒したり罵声を浴びせたりするであろうか。5.あなたは、自分がわたしに対して常に忠実であり、わたしを愛しているにもかかわらず、病の苦痛や生活上の束縛、友人や親戚に見捨てられること等の人生における不幸を受けたとしたら、わたしに対するあなたの忠誠や愛は依然として継続するであろうか。6.あなたが心に描いている物事のひとつとしてわたしの業と一致しなかったならば、あなたはどのようにして自分の将来の道を歩むであろうか。7.あなたは、自分が望む物事を一切授からなかった場合、引き続きわたしに付き従う者であり続けられるだろうか。8.あなたは、わたしの業の目的や意味を全く理解できなかった場合、勝手に判断したり結論を出したりしない、従順な者となることが出来るであろうか。9.わたしが人間と共にある時に述べた言葉とわたしが行った業のすべてを大切にすることが出来るだろうか。10.あなたはわたしに忠実に付き従う者となり、何も授からないにもかかわらず、生涯を通してわたしのために苦難を受けることが出来るだろうか。11.わたしのために、自分が将来生きる道を検討したり、計画したり、用意せずに居ることが出来るだろうか。これらの質問は、あなたがたに対するわたしの最終的な要求であり、あなたがた全員がわたしに対して返答できることを期待している。

『言葉は肉において現れる』の「極めて深刻な問題:裏切り(2)」より

1.実際神の働きを裁いてはならない。

2.神の証しする者に反抗してはならない。

3.神の前では、自分の本分を守り放蕩であってはならない。

4.口数は少なくし、自分の言葉と行動が神の証しする者の按配に従うものでなければならない。

5.神の証しを敬い畏れなければならない。神の働きとその口から出る言葉を無視してはならない。

6.神の口調と言葉を真似てはならない。

7.外見では神の証しする者に明らかに反抗することは一切してはならないなどである。

8.あなたの目の前にいる神を欺くまたは神から何か隠すことをしてはならない。

9.神の面前で、みだらな話をしたりでたらめを言ってはならない。

10.神の信頼を得るために、あなたの目の前の神を上手い言葉やたくみな話で欺いてはならない。

11.神の前で不遜な態度を取ってはならない。神の口から話された全ての言葉に従うべきで、それに対し反抗したり逆らったり議論してはならない。

12.神の口から話される言葉を自分の好きなように勝手に解釈してはならない。あなたの舌を戒めなければならない。それは、あなたの舌ゆえに悪い者の欺瞞的な計画に陥らないためである。

13.あなたの歩みを戒めなければならない。それは、あなたが神の定めた境界線を超えて、神の立場から自惚れた尊大な話をして、神に忌み嫌われないためである。

14.むやみに神の口から話された言葉を繰り返してはならない。でなければ他人があなたをあざけり悪魔が嘲笑するだろう。

15.今日の神の仕事に全て従わなければならない。例えあなたが理解していなくとも裁いてはならず、ただ探し求めて尋ねていき、他者と交わるべきである。

16.誰も神の本来の地位を超えてはならない。あなたにできるのは、人の立場から、今日の神に奉仕するだけである。人の立場から今日の神を説いてはならない。これは間違ったやり方であるからだ。

17.誰も神の証しする者の地位に立ってはならない。あなたがたの言葉、行動、内なる思いにおいて、人の立場に立っていなければならない。これは従うべきことであり、人の責任であり、誰にも変更ができず、変更したときには神の行政に背くことになる。そして、これが全ての人が覚えておくべきことである。

摘自《话在肉身显现(选篇)·国度时代神选民必须遵守的十七条诫命》

神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目

1.人は自分を大きく見せてはならないし、崇めてもいけない。人は神を崇め、賛美するべきである。

2.あなたは神の働きのためになることは何でもするべきであり、神の働きに有害なことはしてはならない。あなたは神の名、神の証し、神の働きを守るべきである。

3.金銭、物質、神の家のすべての財産は、人が提供すべき捧げものである。これらの捧げものを享受するのは祭司と神だけである。人からの捧げものは神が享受するためのものであり、神はこれらの捧げものを祭司と分かち合うだけで、ほかの誰も、捧げもののいかなる部分であれ、享受する資格はないからである。人からの捧げものはすべて(金銭や物質的に享受できるものを含め)神に捧げられ、人には与えられない。そこで、これらのものを人は享受すべきではない。人が捧げものを享受するとしたら、その人は捧げものを盗んでいるのである。このようなことをする人は誰でもユダである。ユダは裏切り者であることに加えて、金袋に入っているものも勝手に使ったからである。

4.人の性質は堕落している。その上、人はさまざまな感情を持っている。そこで神に仕える時、男女が二人一緒に働くことは絶対に禁止されている。一緒に働いていることが見つかった者は誰でも除名され、例外はない―誰も免除されない。

5.あなたは神を批判してはならないし、不用意に神に関連する事柄について話し合ってはならない。あなたは人がすべきことをし、話すべきことを話し、自分の限度を越えてはならないし、自分の境界を逸脱してはならない。口を慎み、自分の歩みに気をつけなさい。このすべてを守れば、あなたが神の性質を犯すことを防げるだろう。

6.あなたは、人が行うべきことを行い、自分の責務を実行し、責任を果たし、本分を守るべきである。あなたは神を信じているので、神の働きに貢献するべきである。そうしなければ、あなたは神の言葉を飲食する資格がなく、神の家で暮らす資格もない。

7.教会の仕事や事柄に関し、あなたは神に従うことは別として、すべてのことで聖霊に用いられている人の指示に従うべきである。ほんのわずかな違反も受け入れられない。あなたは無条件に順守しなければならないし、正しいか間違っているか分析してはいけない。何が正しいか、間違っているかはあなたに関係ない。あなたは全面的に服従することだけに関心を持たなければならない。

8.神を信じる人々は神に従い、神を礼拝すべきである。どんな人物に対しても、あなたは崇めたり、仰ぎ見たりするべきではない。神を第1位と位置付け、仰ぎ見る人々を第2位とし、自分自身を第3位と位置付けることは、すべきではない。誰もあなたの心の中に場所を占めるべきではないし、あなたは人々を―とりわけあなたが崇拝する人々を―神と劣らないもの、神と同等なものと考えてはならない。これは神にとって耐えられないことである。

9.あなたは教会の仕事を中心として考えるべきで、自分の肉体の見通しは脇にどけておき、家族の問題については決然とし、心から神の働きに専心し、神の働きを第1にし、自分自身の生活は第2にするべきである。これが聖徒の礼儀正しさである。

10.信仰のない家族(あなたの子供たち、夫または妻、姉妹または両親など)を無理に教会に行かせるべきではない。神の家はメンバーに不足はないし、役に立たない人々で数を作り出す必要もない。喜んで信じる人々でなければすべて教会に導きいれてはならない。この命令はすべての人々に向けられる。この件に関し、あなたたちはお互いにチェックし、観察し、気付かせるべきである。だれでもそれを犯してはいけない。信仰のない家族が嫌々教会に入る時でさえ、彼らに本を与えたり、新しい名前を与えたりしてはならない。そのような人々は神の家には属しておらず、必要ないかなる手段を用いても彼らが教会に入ることは止めなければならない。悪魔が侵入したために教会に問題が持ち込まれたら、あなた自身が除名されるか、またはいくつかの制約が課せられるだろう。要するに、誰もがこの件に関して責任があり、あなたは自分勝手なことをしてはならないし、個人的恨みを晴らすために使ってはならない。

「言葉は肉において現れる」より

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