堕落した人類はどのように神を扱うか

愛情溢れる母のような神の心を、誰が理解できるというのか。神の真剣な心を、誰が理解できるというのか。神の情熱的な心と熱心な期待は、冷酷な心と冷淡かつ無関心な眼差し、人間による非難と侮辱の繰り返し、辛辣な言葉と皮肉、蔑みといった報いを受け、また嘲笑、蹂躙と拒否、誤解と愚痴、疎外と忌避、欺瞞と攻撃、そして苦しみばかりで報いられている。


温かい言葉には、敵意の表情と冷淡な不満の意味をこめて振られる千本の人差し指が向けられた。神は、それを忍んで頭を下げ、おとなしく従う牛のように人々に仕えるしか無い。神はいくつの陽と月、いく度星を見上げたことであろうか。彼は何度日の出と共に発ち日の入りと共に戻って、父の元を去った時の苦痛の千倍におよぶ苦悩と、人間の攻撃と打撃、取り扱いと刈り込みを堪え忍び、悶々として眠れぬ夜を過ごしたことであろうか。神の謙遜と慎ましさは、人間の偏見、不当な意見や処遇で応じられ、また神の匿名性と忍耐強さ、寛容さは、人間の強欲な眼差しで報いられ、人間は良心の呵責無く神を踏みにじり、殺そうとする。


『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(9)」より編集

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