神の宿る肉の本質(抜粋3)

 受肉した神の人間性は、肉において普通の神性の働きを維持するためにある。神の普通の人間としての考え方が、その普通の人間性とあらゆる普通の身体的活動を維持する。神が普通の人間的思考をするのは、神が肉においてする働きをすべて支えるためなのだと言えるだろう。この肉が普通の人間の心をもたないのなら、神は肉における働きができず、肉においてするべきことを成就できない。受肉した神は普通の人間の心をもつが、その働きは人間の思考によって劣化しない。神は普通の心をもつ人間として働きを行うが、心をもった人間性はその前提条件であり、通常の人間の考えを行使することによりその働きを行うのではない。神の肉の体がどれほど崇高な考えをもとうと、神の働きは論理や思考の産物ではない。つまり、神の働きは肉の体から生まれるのではなく、人間性の内における神性の働きの直接的な現れなのである。その働きはみな、成就するべき職分であり、そのどれも人間の頭脳の産物ではない。たとえば、病人の癒し、悪霊祓い、磔刑はイエスの人間としての心の産物ではなく、人間の心をもった人間がなし得ることはなかったであろう。同様に、今日の征服の働きも受肉した神が行うべき務めであるが、人間の意図による働きではない。これは、キリストの神性が行うべき働きであって、肉の体をもつ人間に可能な働きではない。だから、受肉した神は普通の人間の心をもたなければいけない。普通の人間性をもたなければいけない。なぜなら、普通の心をもった人間性の内にあって働かなければいけないからである。これが受肉した神の働きの本質、受肉した神の本質そのものである。

 イエスがその働きをする以前、イエスはただ普通の人間として生きた。誰一人、イエスが神であるとはわからなかったし、誰一人、イエスが受肉した神であることを気付かなかった。人々はただ、どこから見ても普通の人間としてイエスを知っていた。イエスのまったく平凡な普通の人間性は、神が受肉して人間の肉の形になっていたことと、恵みの時代は受肉した神の働きの時代であり、霊の働きの時代ではないことの証拠であった。これは、神の霊が完全に肉において現れたこと、神が受肉した時代には、肉の体が霊の働きをすべて行うことの証拠であった。普通の人間性をもつキリストは、霊が顕現した肉体であり、普通の人間性、普通の理知、そして人間的思考をもっていた。「顕現」とは神が人間となること、霊が肉となることである。わかりやすく言えば、神自身が普通の人間性をもつ肉に宿るということで、それによって神性の働きを表す──これが顕現、または受肉の意味である。

『言葉は肉において現れる』より引用

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