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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

わたしの刑罰はすべての人間に下るが、それはまた、すべての人間から遠いままである。すべての人のすべての生活は、わたしへの愛と憎しみで満たされているが、誰一人、わたしを知らなかった。そこで、人間のわたしへの態度は熱くも、あるいは冷たくも吹き、普通の状態であることがない。しかし、わたしはいつでも人間を心遣い、守ってきた。人間がわたしの行いのすべてを見ることも、わたしの切なる意図を理解することもできないのは、人間の鈍感さのせいなのだ。わたしはすべての国々の主、そしてすべての人の中で至高者である──ただ、人間はわたしを知らない。長い年月、わたしは人間の間で暮らし、人間世界での生活を経験してきた。しかし、人間はいつでもわたしを無視し、宇宙から来た者のようにわたしを扱ってきた。その結果、性質と言語の違いのせいで、人々は、通りにいるよそ者のようにわたしを扱う。わたしの衣類は、あまりに風変わりなようで、その結果、人間は自信を持ってわたしに近づくことができない。そのときはじめて、わたしは人間の間で生きる荒涼感を覚え、そうしてはじめて、人間世界の不公正を感じ取る。わたしは通りを行く人々の間を歩き、みなの顔をじっと見る。人々は、まるで病の中にあるように顔を憂鬱で満たす。まるで刑罰の中で生きているようで、解放することができない。人間は自身に足かせをつけ、自らを貶める。たいていの人はわたしの前の自身について誤った印象をもっていて、わたしにほめられようとする。また、多くの人は、わたしの助けを得ようと、意図的に哀れげに見えるようにする。わたしの後ろで、人々はみなわたしを欺き、わたしに逆らう。そうではないか。これが人間の生存の道なのではないか。誰か、その生活の中でわたしを生かし出したものがいるか。誰か、人々の間でわたしを崇めた者がいるか。誰か、霊の前で縛られた者がいるか。誰か、サタンの前に堅固に立ち、わたしを証しした者がいるか。誰か、わたしへの「忠実さ」に真実を加えた者はいるか。誰か、わたしのために赤い大きな竜に滅ぼされた者はいるか。人々はサタンとぐるになっている。彼らはわたしに逆らう名手であり、わたしに反攻する発明家で、わたしに対していいかげんなことを言うことの研究生だ。自身の運命のために、人間は地のあちこちを探し回る。わたしが手招きすると、わたしの貴さを知らず、他者の「負担」となることをしたがらず、自身を頼みとする「信仰」を持ち続ける。人間の志は貴いが、誰一人の志が満点を達成したことがない。彼らはわたしの前でふらふらと倒れそうである。したがって、そっと音もなく倒れる。

毎日わたしは話し、毎日、新しいこともする。もし人間が全力を出さないならば、わたしの声を聴くのが困難だろう。そして、わたしの顔を見るのが難しいだろう。恋しい人はすばらしい。その声は穏やかだ。しかし、人間は容易に神の輝かしい顔を見、その声を聞くことができない。長い間、誰一人わたしの顔を容易に見た者はいない。わたしはかつて、ペテロに話しかけ、パウロの前に「顕現」した。そして、イスラエル人以外、誰一人、わたしの顔を真に見た者はいない。今日、わたしは自ら、共に住むため人々の中に来た。これはほんとうに、めったにない、貴重な機会だとは思わないか。あなたがたは、時を最も有益なものにしたくないのか。このようにして時が無駄に流れるのを願っているのか。人々の心の中で時針が突然止まるのか。それとも、時が逆戻りするのか。それとも、人間は再び若くなるのか。今日の幸いな生活は、再び訪れることがあるのだろうか。わたしは人間の「浪費」にふさわしい「報酬」を与えない。ただ、他のすべてのこととは無関係にわたしの働きを続け、人間が忙しいからとか、叫び声が聞こえるからといって、時の流れを止めはしない。数千年間、誰一人わたしの力を分散させることはできなかった。また、誰一人、わたしの本来の計画を狂わせることのできる者もいない。わたしは空間を超越し、時代を超え、全てのものの上に、そしてその間で、わたしの全計画の核心部分を展開する。わたしから特別待遇を受けることのできた者は、誰もいない。わたしの手から「賞品」を受け取ることのできた者は誰もいない。そして、人間が口を開いてわたしに祈っても、他のすべてを顧みず、わたしに要求して手を伸ばしても、その誰一人、わたしに影響を与えなかったし、みなわたしの「無情な」声で押し戻された。たいていの人々は、自分たちは「若すぎる」と信じていて、わたしが大いなる慈悲を示すのを、再び憐みを示すのを待っている。そして、裏口から入れてくれと頼む。しかし、どうしてわたしが自分の計画を簡単に変更できようか。人間が幼いからといって、この地上で数年余分に生きられるようにと、地球の自転を止めてやるだろうか。人間の頭脳は、まことに複雑であるが、また、欠陥もあるようだ。その結果、人間の頭には、しばしばわたしの働きを意図的に妨げる「すばらしい方法」が浮かぶ。

人間の罪を赦し、弱さを考慮して特別の恵みを示したことは何度もあるが、また、その無知のため、ふさわしい処置を行ったことも、何度もある。しかし、人間には、わたしの親切をどう受け止めるか、けっしてわからない。だから現在の始末になっているのだ──塵にまみれ、衣類はぼろぼろ、髪の毛は雑草の茂み、顔は汚れに覆われ、足は手作りの靴で包み、手は死んだ鷲の鉤爪のようで、体の横に力なく垂れ下がっている。わたしが目を開け、見ると、人間は、たった今、底なしの淵から出てきたばかりのようだ。憤らずにいられない。わたしはいつでも人間に寛容であったが、悪魔がわたしの聖なる国に自由に出入りするのを、どうして許せよう。乞食がわたしの家でただ食いするのを、どうして許せよう。汚れた霊が家の客になるのを、どうして許せよう。人間はいつでも「自分に厳しく」、「他人には寛容」であったが、わたしに対してはまったく礼に欠けている。わたしは天の神なので、別物として扱い、わたしに対し、ほんのわずかの愛情ももたない。まるで、人間の目はとりわけ鋭敏であるかのようで、わたしに出会うと、すぐさま表情が変化し、冷たく無表情だった顔に、わずかばかりの表情を加える。わたしは人間の態度を見ても、そのために適切な制裁は加えはしない。しかし、全宇宙の上から大空を見やり、地上での働きを行うだけだ。人間の記憶の中で、わたしはけっして誰にも親切であったことはないが、また、誰をも虐待していない。人間は自分の心の中にわたしのための「空席」を用意していないので、わたしがずかずかと人間の中に宿ると、人間は全く遠慮なしにわたしを追い出し、それから、自分はあまりに欠点が多く、わたしを楽しませることができないのだと、言葉巧みに言い訳をする。話しているとき、しばしばその顔が「暗い影」に覆われる。まるで今にも災いが訪れようとしているかのようだ。しかし、それでも、それに伴う危険などまるで考慮しないで、わたしに去るように願う。わたしが人間に言葉とやさしい抱擁を与えても、人間はまるで耳がないかのようで、わたしの声にまったく注意を払わない。それどころか、頭を抱えて逃げて行くのだ。わたしは、いささか失望し、しかし、少しく憤りも覚えながら、人間から離れる。その一方で、人間は、たちまち激しい突風と大波に襲われ、消え去る。間もなく、人間はわたしに向かって叫ぶが、どうして人間に風や波の動きを止められよう。徐々に人間の痕跡は消え去り、どこにも見えなくなる。

遠い昔、わたしは全宇宙の上から全地を眺めた。わたしは地上で大いなる仕事を計画した。自分の心にかなう人類の創造、そして、天のそれのような、地上の国の建設、わたしの力で大空を満たし、わたしの知恵を宇宙に広めることだ。そして今日、数千年後、わたしは計画を続けている。しかし、誰一人わたしの計画と地上の経営(救い)について知らない。まして、地上にあるわたしの国を見もしない。そうして影を追いかけ、わたしの前に来て、わたしを欺こうとし、無声の代価と引き換えに、わたしの天の祝福を得ようとする。その結果、わたしの怒りを招き、わたしは裁きを下すが、それでも目覚めない。これは、まるで、人間は地下で働いているかのようだ。地上にあるものをまったく知らず、ただ自分の前途を追い求めている。すべての人々の中で、わたしの輝く光の下に住む者を、これまで誰も見ていない。彼らは闇の世界に住んでいて、暗闇の中で生きることに慣れているようだ。光が来ると、彼らは遠く離れている。まるで、光が人間たちの仕事を妨げているかのようだ。その結果、少しうんざりするようである。光が平和を破り、ぐっすり眠れなくしたかのようなのだ。そのため、人間は光を追い払うために全力を絞る。光もまた、「自覚」がないようで、眠っている人間を起こす。人間が目を覚ますと、腹を立てて、目を閉じる。どういうわけか、人間はわたしに腹を立てるが、わたしの心の中では、事の次第がわかっている。わたしは徐々に光を強め、すべての人がわたしの光の中で生きるようにする。そこで、じきに光と関わることに慣れ、さらに、みなは光を大切に思うようになる。その時、わたしの国は人間の間に来て、すべての人は喜びに祝い踊る。地上は突然歓喜に満たされる。数千年の沈黙が光の到来により破られたのだ。…

1992年3月26日

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神の現れによる新時代の到来 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神の経営の中でだけ人は救われる 七つの雷が轟く -- 神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言 救い主はすでに「白い雲」に乗って戻って来た あなたがイエスの霊のからだを見る時は、神が天と地を新しくした時である キリストに味方しない者は確実に神の敵だ 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない キリストと融和する道を探せ あなたは本当に神を信じているのか キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 神は全人類の運命を支配する 全能者のため息 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 完全にされた人々への約束 悪人は罰せられなければならない 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 千年神の国は訪れた 実践的な神は神自身であることを知るべきである 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) すべてが神の言葉によって達成される(前半) すべてが神の言葉によって達成される(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 神を知る者だけが、神の証人となることができる ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる 三位一体は存在するのか(前半) 三位一体は存在するのか(後半) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 将来の使命にどのように取り組むべきか 神について何を理解しているのか 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 呼び名と身分について(前半) 呼び名と身分について(後半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の働きと人の働き (後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 神と人は共に安息に入る(パート2) 神と人は共に安息に入る(パート3) 祈りの実践について 新時代の戒め 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋( パート1) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋 (パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート3) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート4) 神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 パート1 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 (パート2) 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋( パート3) 四番目の言葉 五番目の言葉 六番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十一番目の言葉 十二番目の言葉 十三番目の言葉 十四番目の言葉 十五番目の言葉 十六番目の言葉 十七番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十一番目の言葉 二十二番目の言葉 二十三番目の言葉 二十四番目の言葉 二十五番目の言葉 二十六番目の言葉 二十八番目の言葉 二十九番目の言葉 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている (後半) 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている(前半) 地上の神をどのように知るか 神の働きを経験する者のみが真に神を信じる 完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 二十七番目の言葉

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