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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

人間の行動がわたしの心を感動させたことは一度もないし、貴重だという印象をわたしに与えたこともない。人の目には、わたしがいつも人を非常に厳格に扱っており、いつも権威を行使しているかのように映っている。すべての行動の中で、人がわたしのためにすることはほとんど何もないし、わたしの目の前で確固たるものもほとんどない。結局のところ、人に関連するすべてのものはわたしの前でいつの間にか崩れ去り、その後ようやくわたしは自分の行動を明らかにし、彼ら自身の失敗を通して皆にわたしをわからせる。人間の本質は変わらないままである。彼らの心の中にあるものはわたしの旨と一致しない――それはわたしにとって必要なものではない。わたしがもっとも嫌うのは人の頑固さと常習的な悪行であるが、どのような力が、わたしのことを人間にわからせないようにし、いつもわたしとは距離を置かせて、わたしの前では決してわたしの旨に応じた行動をしないように仕向け、むしろ陰でわたしに反対するようにさせるのだろう。これが人々の忠誠なのだろうか。これがわたしに対する彼らの愛なのだろうか。なぜ彼らは悔い改め、生まれ変わることができないのだろう。なぜ人々は泥のない場所に住もうとせず、永久に沼地に住もうとするのだろう。わたしは彼らを虐待してきたということなのだろうか。彼らを誤った方向に導いてきたということなのだろうか。彼らを地獄に導いているということなのだろうか。誰もが「地獄」で生きようとしているのだ。光が来ると、彼らはたちまち目が見えなくなる。彼らの中にあるものが、すべて地獄から来ているからである。しかし、人類はこのことに気づかず、単に「地獄の祝福」を享受している。彼らは、その祝福を宝物のように胸に抱きしめさえする。わたしがそれらを奪い取って、彼らを「存在の根拠」のないままにしてしまうのを恐れるかのように。人々はわたしを恐れ、だからこそ、わたしが地上にやって来ると、彼らはわたしから距離を置き、わたしに近づくことを嫌う。彼らは「自分に面倒がもたらされる」ことを好まず、家族内の調和を維持し、「この世の幸せ」を享受することを望むからだ。しかし、わたしは人類が自分たちの希望通りに行動するのを許すわけにはいかない。人の家族を破壊することこそ、まさにわたしがここでするべきことだからある。わたしがやってきたらすぐに彼らの家庭からは平安がなくなるだろう。わたしは、人の家族は言うまでもなく、すべての国家を粉々に打ち砕くだろう。誰がわたしの支配から逃れることができるだろう。祝福を受ける人々が、気が進まないから逃げるなどということができるはずはない。そもそも刑罰に苦しむ人々が、怖いからわたしの同情が得られるなどということがあるはずはない。人々はわたしのすべての言葉の中にわたしの旨と行動を見たが、彼ら自身の考えのもつれた状態から誰が抜け出すことができるだろう。一体誰がわたしの言葉の中から、あるいはわたしの言葉のないところから抜け出す道を見つけることができるだろう。

人類はわたしの暖かさを経験し、心からわたしに仕えた。そして彼らは心からわたしに従順で、わたしの前でわたしのためにすべてを行った。しかし今日の人々はどういうわけかこのような状態にうまく達することができず、飢えた狼に襲われたかのように心の中で嘆くしかない。彼らはどうすることもできずにただわたしを見て、助けを求め、止むことなくわたしに向かって泣き叫ぶだけであるが、結局その苦境から逃れることはできない。わたしは人々がかつてわたしの親切に対し、愛をもってその恩に報いるとわたしの前で約束をし、わたしの前で天と地を指して誓ったことを思い出す。彼らはわたしの前で悲しそうに泣き、その泣き声は悲痛で聞くに耐えないものであった。わたしは人類にその決意を見込んでしばしば助けを与えた。幾度となく人々はわたしに従うために忘れがたいほどの恭しい態度でわたしの前に来た。幾度となく彼らは揺るぎない忠誠心をもってわたしを愛し、彼らの偽りのない感情は称賛に値するものであった。数えきれないほど度々、彼らはまさにその命を犠牲にするくらいにわたしを愛し、我が身以上にわたしを愛し、彼らの誠実さを見て、わたしは彼らの愛を受け入れた。数えきれないほど何度も、彼らはわたしの前でその身を捧げ、わたしのために死を前にしても意に介さなかった。わたしは彼らの懸念を取り除き、彼らの表情を注意深く見た。わたしが彼らを自分の宝物のように愛した時が数えきれないほどあったし、わたし自身の敵のように彼らを憎んだ時も数えきれないほどあった。わたしはこのようであるから、人はわたしの心の中に何があるか決して推測することはできない。人々が悲しんでいる時、わたしは近くに来て彼らを慰め、彼らが弱い時はわたしが来て協力する。彼らが迷った時は方向を示してやる。彼らが泣いている時には涙を拭き取ってやる。しかし、わたしが悲しんでいる時、誰が心からわたしを慰めることができるだろう。わたしがひどく心配している時、誰がわたしの気持ちを察してくれるのだろう。わたしが悲嘆に暮れている時、誰がわたしの心の傷を癒すことができるだろう。わたしが誰かを必要とする時、誰が進んでわたしと協力して行動することを申し出てくれるだろう。人々のわたしに対するかつての態度は今や失われ、決して戻らないということなのだろうか。なぜ彼らの記憶にはかつての事がほんのわずかでも残されていないのだろう。人々がこれらのことをすべて忘れてしまったのはなぜだろう。これらすべては、人類がその敵によって堕落させられたからではないだろうか。

天使たちがわたしを褒めたたえて音楽を奏でる時、わたしは人に対する同情をかき立てられずにはいられない。直ちに、わたしの心は悲しみで満たされ、わたしからこのつらい感情を取り除くことはできない。人から引き離され、その後再び結び合わされる喜びと悲しみの中で、わたしたちは感情を交わすことができない。上にある天と、下にある地とに分けられ、人とわたしは定期的に会うことができない。誰が過去の感情への懐古の情から抜け出すことができるだろう。誰が過去の思い出にふけるのをやめることができるだろう。過去の感慨が続くことを望まない者などいないだろう。わたしが戻ってくることを切望しない者はないだろう。わたしと人の再会を待ち焦がれない者がいるだろうか。わたしの心は深く悩み、人のいのちには深い憂いがある。霊においては似ていても、わたしたちはあまり一緒にはいられない。わたしたちは頻繁には会えない。だから、全人類の人生は悲しみに満ち、活力に欠けている。人はいつもわたしを渇望しているからである。人間はあたかも天から叩き出された物体のようである。彼らは地上でわたしの名を呼び、地上からわたしを見上げる──しかしどうしたら彼らは飢えた狼の口から逃れることができるだろう。どうしたら人間は狼の脅しや誘惑から逃れることができるだろう。人間がわたしの計画の手筈に従って自分を犠牲にしないで済むことなど、できるだろうか。彼らが大声で懇願する時、わたしは彼らから顔をそむけ、もはや見つめることに耐えられない。しかし、どうして彼らの涙ながらの叫びを聞かずにいられようか。わたしは人間世界の不当な行為を正すだろう。わたしは世界中で自らの手で働きを行い、サタンが再びわたしの民に危害を与えるのを禁止し、敵が再び好き放題に行うのを禁止する。わたしは地上の王になり、玉座を地上に移し、わたしの敵をすべて地面に倒し、わたしの前でその罪を自白させるだろう。わたしの悲しみの中に怒りが混じり合い、わたしは全宇宙を踏みにじって平らにし、誰も見逃さず、わたしの敵に恐怖心を起こさせるだろう。わたしは全世界を廃墟とし、敵をその廃墟に落とし入れるので、これ以降敵が人類を堕落することはもうなくなるだろう。わたしの計画はすでに決定しており、誰も、何者であろうとも、それを変えることはできない。わたしが全宇宙の上方を堂々と荘厳に歩き回る時、全人類は新しくなり、すべては復活するだろう。人はもはや嘆くことはなく、わたしに助けを求めて叫ぶこともなくなる。そのようになった時、わたしの心は大いに喜び、人々はわたしを祝うために戻って来るだろう。全宇宙は上から下まで喜びに湧きかえるだろう。

今日、世界の国々で、わたしは自分が着手した働きを行っており、それを完成させる。わたしは人類の真っただ中で動き回り、わたしが計画した働きをすべて行っており、全人類はわたしの意志に従って世界の様々な国々を解体している。地上の人々は注意を自分自身の終着点にしっかり向けている。その日は近づきつつあり、天使たちはラッパを吹き鳴らしているからである。もはや遅れはなく、創造されたものはすべて、すぐに歓喜して踊り始めるだろう。わたしの日を、自分勝手に遅らせ得る者がいるだろうか。地球に住む人間だろうか。それとも空の星だろうか。それとも天使だろうか。わたしがイスラエルのために民の救いを始めようと声を発する時、わたしの日は全人類の上にのしかかる。すべての人はイスラエルが戻るのを恐れる。イスラエルが戻る時はわたしの栄光の日であり、すべてが変化し、新しくされる日でもある。正しい審判が全宇宙に差し迫って近づいてくるにつれて、すべての人は臆病になり怯える。人間世界では義については聞いたことがないからである。義の太陽が現れると、東方に光が当たり、次に光は世界中に当たり、すべての人に届く。人が本当にわたしの義を実行することができれば、恐れるものなどあるだろうか。わたしの民は皆わたしの日の到来を待っている。皆その日を心待ちにしている。彼らは、わたしが義の太陽としての役割に従って、すべての人類に天罰をもたらし、人類の終着点を決めるのを待っている。わたしの国は全宇宙の上に形を取り始め、わたしの玉座は何億もの人々の心の中を統治する。天使たちの助けを借りて、わたしの偉業はまもなく実現されるだろう。わたしの子供たちとわたしの民は皆わたしが戻るのを息を殺して待ち、彼らが二度とばらばらにならないように再び結びつけることを強く望んでいる。わたしの国の多くの民衆が、わたしが彼らと共にいるのを喜んで、互いに駆け寄らずにはいられないだろう。これは対価を支払う必要のない再会なのだろうか。わたしはすべての人の目に尊敬に値する者として映り、すべての人の言葉によって宣言される。わたしが戻る時、わたしはすべての敵の力をさらに征服する。時は来た。わたしは自分の働きを始動させるだろう。わたしは人々の王として支配するだろう。わたしは今まさに戻る。そしてわたしは今や出発する。これはすべての人が望んでいること、彼らが希望することである。わたしは全人類にわたしの日の到来を見させよう。そして彼らにわたしの日の到来を喜びをもって歓迎させよう。

1992年4月2日

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神の働きを経験する者のみが真に神を信じる 神の現れによる新時代の到来 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神の経営の中でだけ人は救われる 七つの雷が轟く -- 神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言 救い主はすでに「白い雲」に乗って戻って来た あなたがイエスの霊のからだを見る時は、神が天と地を新しくした時である キリストに味方しない者は確実に神の敵だ 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない キリストと融和する道を探せ あなたは本当に神を信じているのか キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる 終着点のために、善行を十分積まなければならない あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 地上の神をどのように知るか 神は全人類の運命を支配する 全能者のため息 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 完全にされた人々への約束 悪人は罰せられなければならない 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 千年神の国は訪れた 実践的な神は神自身であることを知るべきである 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 真心で神に従う者は確かに神のものとされる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) すべてが神の言葉によって達成される(前半) すべてが神の言葉によって達成される(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 神を知る者だけが、神の証人となることができる ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 神を知らない者はすべて神に反対する人々である 二度の受肉が受肉の意義を完成させる 三位一体は存在するのか(前半) 三位一体は存在するのか(後半) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 将来の使命にどのように取り組むべきか 神について何を理解しているのか 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 呼び名と身分について(前半) 呼び名と身分について(後半) 完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている(前半) 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている (後半) 神の働きと人の働き(前半) 神の働きと人の働き (後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 神と人は共に安息に入る(パート2) 神と人は共に安息に入る(パート3) 祈りの実践について 新時代の戒め 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋( パート1) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋 (パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート3) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート4) 神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 パート1 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 (パート2) 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋( パート3) 四番目の言葉 五番目の言葉 六番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十一番目の言葉 十二番目の言葉 十三番目の言葉 十四番目の言葉 十五番目の言葉 十六番目の言葉 十七番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十一番目の言葉 二十二番目の言葉 二十三番目の言葉 二十四番目の言葉 二十五番目の言葉 二十六番目の言葉 二十七番目の言葉 二十八番目の言葉 二十九番目の言葉

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