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79.全能神の言葉には裁き、刑罰および開示が含まれ、その言葉は確かに威厳と怒りを帯びているが、慈悲と愛が欠けていないか。

「神は何を通じて人を完全にするのであろうか。それは、義という神の性質によるのである。神の性質は主として義、怒り、威厳、裁き、呪いであり、神は主に裁きを通じて人を完全にする。......神が呪うのは人間の不従順であり、神が裁くのは人間の罪である。神の言葉は厳しく、少しの気遣いもなく、人の内にあるあらゆるものを明らかにし、そうした厳しい言葉を通じて人の内にある本質を顕わにするが、神はその裁きを通じて人に肉体の本質についての深遠な認識を授け、それにより人は神の前に従順を示すのである。人の肉は罪から成り、サタンによるものであり、不従順であり、神の刑罰の対象である──であるから、人に自分を理解させるためには、神の裁きの言葉が人にもたらされねばならず、あらゆる精錬が行われねばならない。それにより初めて神の働きは成果を生むのである。」

『言葉は肉において現れる』の「辛い試練を経験して初めて、神の素晴らしさを知ることができる 」より

「人の目から見れば、救済は神の愛であり、神の愛は罰、裁き、呪いのはずがない。救済は愛、慈悲心、さらには、癒しの言葉を含んでいなければならず、神によって与えられる無限の恩恵を含んでいなければならない。…今日は昔とはまったく違っている。今日、あなたたちの救済は終わりの日に、種類によって各々を分類する間に生じる。あなたたちの救済手段は愛や慈悲ではなく、人がより完全に救われるための懲罰と裁きである。従って、あなたたちが受け取るすべては懲罰、裁き、無慈悲な打ちのめしであるが、この無情な打ちのめしの中に罰は少しもないこと、私の言葉がどんなに辛辣であっても、あなたたちに降りかかるものはあなたたちには完全に無情だと思われるほんの数語だけであり、私の怒りがどんなに大きくても、あなたたちに降りかかるものは教えの言葉であることを知りなさい。私はあなたに危害を加えるつもりはないし、あなたを殺すつもりもない。これはすべて事実なのだ。今日、義のための裁きであろうと、無情な改善や懲罰であろうと、すべては救済のためであることを知りなさい。種類に応じて各々の分類があろうと、人のカテゴリーのない層があろうと関係なく、神の御発言と御働きのすべては本当に神を愛する人々を救うためである。義のための裁きは人を浄化するためであり、無情な改善は人を清めるため、厳しい言葉、あるいは懲罰はすべて人を浄化するため、救済するためである。従って、今日の救済方法は、過去のものとは違う。今日、義のための裁きはあなたたちを救い、種類に応じてあなたたち各々を分類するためのよい道具であり、無情な懲罰はあなたたちに最高の救済をもたらす――この懲罰と裁きに直面してあなたは何を言わなければならないだろうか。あなたたちは初めから終わりまで救済を享受しなかっただろうか。…

神の御言葉は厳しいかもしれないが、すべて人を救済するための語られているのであり、神は言葉を語っているだけで、人の肉体を罰しているのではない。これらの言葉は、人を光のなかで暮らさせ、光があることをわからせ、光は貴重であることをわからせ、さらにはこれらの言葉が人にとっていかに役に立つかわからせ、神は救いであることをわからせる。神は懲罰や裁きの言葉を数多く語られたが、それらのことは実際あなたたちに対して行われていない。神は神の働きを行うために、神の言葉を話すために来た。神の言葉は厳しいかもしれないが、あなたたちの堕落と反抗心を裁く時に語られる。神がこれを行う目的は依然として人をサタンの領地から救うこと、人を救うために神の言葉を使うことにとどまっている。神の目的は神の言葉で人を傷つけないことである。神の御言葉が厳しいのは、神の御働きから結果が達成されるためである。このように働くことによってのみ、人は自分自身を知ることができ、反抗的性質から離脱できる。」

『言葉は肉において現れる』の「あなたたちは地位の恩恵は脇に置き、人を救済する神の御心を理解するべきである」より

「言葉による裁きのすべては人間の堕落した性質を暴露し、人々に人生の本質を理解させることを目的としている。繰り返されるこれらの裁きは全て、人々の心を刺し通す。ひとつひとつの裁きは人々の運命に直接影響を与え、人々の心を傷つけるためのものだ。その結果、彼らがこれらすべてのものを手離し、それによって、人生を知り、この汚れた世界を知り、また神の知恵と全能を知り、このサタンが堕落させた人類を知ることができるからである。この種の刑罰や裁きがあればあるほど、人の心は傷つき、人の霊はもっと目覚めることができる。これらの極端に堕落し、その欺きが最も深い人々の霊を目覚めさせることが、この種のさばきの目標である。人には霊がなく、つまり人の霊はとうの昔に死んでしまっている。そして、人は天が存在し、神が存在するということを知らないし、確かに人は死の奥底で葛藤していることも知らない。人は地球上でこの邪悪な地獄に生きているということをどのようにして知ることが可能だろうか。彼は自分の腐った死体が、サタンの堕落を通して、死のハデスに落ちたのをどのように知ることができるだろうか。彼は地上にあるものはすべて人類によって修復ができないほど長い間堕落されてしまったことをどのように知ることができるだろうか。そして今日、創造主が地に来て堕落した人々の集まりを救おうと探していることを、どのように知ることができるだろうか。人はあり得る限りの精錬と裁きを体験した後でさえ、彼の鈍った良心はほとんど奮い立つこともなく、事実上反応しない。人間は本当に堕落している!この種の裁きは空から降って来る残酷なひょうのようだけれど、それは人にとって多大な利益がある。もしこのように人々をさばかないなら、何の結果もなく、苦悩の地獄から人々を救うのは全く不可能であろう。もしこの働きのためでないなら、人々がハデスから出てくるのは非常に難しいだろう。なぜなら、彼らの心はずいぶん前に死んでおり、彼らの霊はずいぶん前にサタンによって踏みにじられたからである。堕落の深淵に沈んでしまったあなたがたを救うには、熱心にあなたがたを呼んだり、裁いたりすることが必要で、その時初めて氷のように冷たいあなたがたの心が呼び起こされるだろう。」

『言葉は肉において現れる』の「完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 」より

前へ:終わりの日の神の働きにおいて、なぜ神はこれほど多くの裁きと刑罰の言葉を発するのか。

次へ:全能神の言葉を読んで、その大部分は神の声で、神が話しているとわたしは感じる。しかし、いくつかの言葉は人間の言葉のようである。これはどうしてか。

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