朗読 神の言葉「神の宿る肉の本質」(抜粋 3)

0 |2020年7月1日

なぜわたしは受肉の意味がイエスの働きで完了しなかったと言うのであろうかそれはことばが完全に肉の体にならなかったからであるイエスがしたことは神の肉の体での働きの一部分だけであったイエスは贖いの働きだけを行い完全に人間を得る働きはしなかったそのため神は終わりの日に再度受肉したのであるこの段階の働きはまた、普通の人間の体ですっかり通常の人間によってその人間性が少しも超越的でない存在によって行われるつまり神は完全な人間になったのであり身分は神である人完全な人間、完全な肉の体が働きをする人間の目には神はまったく超越的ではないただの人間に見えるごく普通の人物で天の言葉を話すことができ奇跡的なしるしは何も見せず何の奇跡も行わずまして、大きな集会場で宗教についての内的な真理を明らかにしたりはしない第二の受肉の働きは人々には最初のものとはまるで違って見えるあまりに違うので二つには何の共通点もないように見える最初の働きのようなことは今回は何も見られない第二の受肉の働きは最初のものとは異なっているがそれは両者の源が同一ではないということではない同じかどうかは肉の体で行われる働きの性質によるのであって外形によるのではない三段階の働きの間に神は二度受肉しいずれのときも受肉した神は新たな時代を開き新しい働きをもたらした二度の受肉は相補うのである人間の目では二つの肉の体が同じ源から来ていると見極めることは不可能である言うまでもなくこれは人間の目や心の能力を超えているしかし、両者の本質は同じである二人の働きは同じ霊に発しているからである受肉した二つの体が同じ源から発しているかどうかを判断できるのは二人の生まれた時代と場所やそのような他の要素によるのではなく二人の表す神性の働きによるのである第二の受肉による体はイエスの行った働きは何も行わない神の働きに慣習的な決まりはなくそれぞれが新たな道を開くからである第二の受肉は最初の肉に関する人々の心にある印象を深めも固めもしないがそれを補い、完成させ神についての人間の認識を深め人々の心にある、あらゆる規則を破り人々の心にある神についての誤った姿を消し去る神自身の働きのどの段階も個別には人間に神についての完全な認識を与えることはできないと言える各段階は、全部ではなく一部分だけを与えるのである神はその性質を完全に示したが人間の理解力が限られているため神についての認識はまだ不完全なままである人間の言語で神の性質を完全に言い表すのは不可能であるまして、神の働きの一段階だけでどれほど完全に神を表せるだろうか神は普通の人間性の陰に隠れて肉において働くそして、その神性が現れてはじめて人間は神を知ることができるのでありその外見を見てのことではない神はさまざまな働きを通して人間が神を知ることができるように受肉するのだが働きの二段階は同じではないこのようにしてはじめて人間は肉における神の働きについて一つの面だけでなく、完全な認識をもてる受肉しての二度の働きは別々のものだが肉の本質とその働きの源は同一であるただ、どちらも二つの異なった段階の働きをするために存在し二つの別の時代に来るということであるいずれにしろ受肉した神の肉は同じ本質と由来をもつこれは誰も否定できない真理である

『言葉は肉において現れる』より引用

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