質問40:全能神、終わりの日のキリストは真理を表し、人類を清め救うために神の裁きの働きを行なわれますが、全能神は宗教界と中国共産党政府の狂ったような抵抗と残忍な取り締まりに遭遇しています。中国共産党政府は自らのすべてのメディアと軍隊を動員してキリストを断罪、冒涜し、捕らえ、絶滅させようとしています。主イエスが生まれたとき、ヘロデ王は「イスラエルの王」が生まれたと聞きベツレヘムの二歳未満のすべての男児を殺させました。ヘロデ王はキリストを生かすよりもむしろ不当に一万人の赤子を殺すことを望んだのです。人類を救うために神は受肉なさったのに、なぜ宗教界と無神論中国政府は神の出現や働きを狂ったように断罪、冒涜するのですか。なぜ宗教界と無神論政府は国全体の力を傾け、キリストを十字架に釘付けにしようとする努力を惜しまないのですか。なぜ人類はそれほどに邪悪なのですか。なぜそれほどまでも神を憎み、神に対立するのですか。

回答

その問題は非常に重要で、完全に理解している人は人類の中にほとんどいません。なぜ人類が神に背くのかは気になるところでしょう。受肉したキリストが磔にされるという悲劇が繰り返されている。そうではありませんか?主は言われました。「そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はそのおこないが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。悪を行っている者はみな光を憎む。そして、そのおこないが明るみに出されるのを恐れて、光にこようとはしない。」(ヨハネによる福音書 3:19-20)「もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい。」(ヨハネによる福音書 15:18)「この時代は邪悪な時代である。」(ルカによる福音書 11:29)「全世界は悪しき者の配下にある」(ヨハネの第一の手紙 5:19)以前はこの聖句をよく理解できませんでした。2度にわたって受肉された神が宗教界や無神論政府から同じような弾圧を受けていたと知ることで、これらの言葉が真実であるとわかったのです。人類のキリストに対する行動と態度を見れば、全世界がサタンの支配下にあると言えるのではないでしょうか。今日の牧師や長老はそのほとんどがキリストを非難し、否定する人々です。宗教界は以前から反キリストの支配下に置かれていたのです。ですから、神が受肉して現われると、牧師や長老は真っ先に立ち上がって神を非難し、逆らうのです。中国共産党は真理を憎み、神に歯向かう悪魔の政権です。クリスチャンの迫害を続けてきた。終わりの日のキリストが中国に現れたとき、中共は残酷なことにキリストを追い、捕まえ、殺そうとして世界を騒がせた。これは主の預言を成就しています。「いなずまが天の端からひかり出て天の端へとひらめき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。」(ルカによる福音書 17:24-25)人類を贖い救うために神は2度受肉されて語り、働かれ、その2度とも権力者や宗教指導者たちの非難や冒涜、追跡に苦しまれた。そうした事実こそこの世が闇にあり、人類が堕落した証拠です。人類は真理に飽き、真理を忌み嫌うほど堕落し退廃してしまいました。サタンの子孫となり、神の存在さえ許せなくなったのです。よって受肉した神は必然的に迫害と放棄に苦しみます。この真理について全能神は明らかにしています。御言葉を何節か読んでみましょう。

全能神は言われます。「人類は、今日まで、何万年もの歴史を通じて発展してきた。しかし、わたしが最初に創造した人類は、はるか昔に堕落へと落ち込んでしまった。彼らはすでにわたしが意図したものではなく、わたしの目にはすでに人類という名前に相応しいものではなくなっている。彼らは、サタンによって略奪された人間のくず、そしてサタンが中に住み、外側を覆っている腐敗した歩く屍と言うに相応しい。人々は、些かといえどもわたしの存在を信じず、わたしの到来を歓迎もしない。…」(『言葉は肉において現れる』の「本物の人とは何を意味するのか」より)

「人が神に反対し、反抗する根源はサタンによる堕落である。サタンによって堕落させられたので、人の良心は麻痺してしまい、不道徳になり、考え方は低下し、逆行する精神状態を持ってしまった。サタンによって堕落させられる前は、人はもちろん神に従い、神の言葉を聞いた後それらに従っていた。人は健全な理知と良心を生来持っており、人間性も正常であった。サタンによって堕落させられた後、人が本来持っていた理知、良心、人間性は鈍くなり、サタンによって損なわれ、したがって人は神に対する服従や愛を失った。人の理知は異常になり、性質は動物の性質と同じになり、神に対する反抗はますます頻繁になり、深刻になっている。しかし、人はまだこのことに気づかず、認識せず、単に盲目的に反対し、反抗している。」(『言葉は肉において現れる』の「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」より)

「人類はわたしの敵以外の何ものでもない。人類は、わたしに抵抗し従わない邪悪な者である。人類は、わたしによって呪われた邪悪な者の子孫以外の何ものでもない。人類は、わたしを裏切ったかの大天使の末裔以外の何ものでもない。人類はすでに、わたしによって嫌悪され捨てられ、わたしと対立するようになった悪魔の遺産以外の何ものでもない。」(『言葉は肉において現れる』の「本物の人とは何を意味するのか」より)

「サタンは国家政府や有名人・偉人による教育や影響を通して人間を堕落させます。これらの人々のたわ言は、人間のいのちとなり、本性となっています。『己を怠る者は、天罰を受け地が滅ぼす』は、有名なサタン的な格言であり、全ての人に浸透し、人のいのちとなっています。ほかにもこれに類似する人生哲学の格言があります。サタンは各国の洗練された伝統文化を利用して人を教育し、人類を広大な破滅の淵へ落とし入れます。最終的に、人間はサタンに仕え神に抵抗しているために、神に滅ぼされます。」(『キリストの言葉の記録』の「どのようにして人間の本性を知ればよいか」より)

「ひどく汚れた地に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、『高等教育機関』で教えを受けてきた。時代遅れの考え方、堕落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲学、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣、これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。」(『言葉は肉において現れる』の「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」より)

「初めて社会科学の考えを持つようになってから、人の精神は科学と知識に占領されてしまった。それからすぐ、科学と知識は人類を支配する道具となり、もはや人が神を礼拝する充分な余地はなくなり、神を礼拝する好ましい条件もなくなった。人の心の中で占める神の位置はどこまでも低められていった。人の心の中に神の居場所が無い世界とは、暗く、何の希望も無く、空虚である。そこで、人の心と精神を満たすために、多くの社会科学者、歴史家、政治家が現れて、社会科学の理論、人類進化の理論等、神が人を創造したという真理に反する理論を述べた。こうして、神が万物を造ったという真理を信じる人はますます少なくなり、進化論を信じる人の数は増加の一途をたどっている。神の働きの記録と旧約の時代の神の言葉を、神話や伝説として取り扱う人々はますます多くなっている。人々の心は、神の威厳と偉大さに対して、また神が存在し、万物を支配しているという信条に対して無関心になっている。人類の生存、そして国家と民族の運命はもはや彼らにとって重要ではない。人は飲食と快楽の追求にしか関心のない虚しい世界に生きている。…神が今日どこで働きを行っているのか、あるいは、神が人の終着点をいかに支配し、定めているのか、それを自らすすんで探し求める者はほとんどいない。」(『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より)

「神の足跡と顕現を積極的に探し求める者は一人もいない。また進んで神の配慮と加護の中で生存しようとする者もいない。その代わりに、この世と邪悪な人類が従う生存の掟に適応するために、邪悪な者、サタンの腐敗に頼ることを人は望む。この時点で人の心と霊は、サタンへの貢物となり、その餌食となった。その上、人間の心と霊はサタンの住みかとなり、サタンの恰好の遊び場となった。こうして人間は、人間であることの原則について、また人間存在の価値と意義についての理解を気づかないうちに失うのである。神の律法、そして神と人の間で交わされた契約は、人の心の中で次第に薄れ、人は神を求めることも神に注意を払うことも止めてしまう。時間が経つにつれ、人は神が人間を創造した理由も、神の口から出る言葉や神から来る全てをもはや理解しなくなる。それから人は神の律法と掟に抵抗し始め、人の心と霊は麻痺してしまう…。神は自らが最初に創造した人間を失い、人間はその始まりの根源を失う。これが人類の悲哀である。」(『言葉は肉において現れる』の「神は人間のいのちの源である」より)

「この地は数千年にわたり不浄の地となっており、耐えがたいほど汚れ、悲劇に溢れる。至る所に幽霊がはびこり、欺し偽り、根拠の無い告発を行い[1]、冷酷かつ残忍であり、この幽霊の街を踏みつけて屍の山を残した。腐った屍の悪臭が地を覆って充満しており、その地は堅く警護されている[2]。誰が空の彼方の世界を見ることが出来ようか。その悪魔は人の身体全体をがんじがらめにして両眼を見えなくし、両唇を堅く封じる。魔王は数千年にわたって現在まで猛威を振るい、幽霊の街を堅固に警備しており、それはあたかも難攻不落の悪魔の城のようである。その一方、警護に当たる番犬の群れが睨んでおり、番犬は神による不意討ちで完全に滅ぼされるのを強く怖れ、平和と幸福の余地は無い。こうした幽霊の街に住む人間が神を見たなどということが、どうして有り得るだろうか。そうした者は神の優しさや愛しさを享受したことが、嘗てあったであろうか。人間の世界の物事について、そうした者はどのように認識しているであろうか。そうした者のうち、誰が神の切なる望みを理解できるであろうか。肉にある神が完全に隠れたままであっても、不思議では無い。悪魔が残忍非道をはたらくような、こうした暗黒社会において、瞬く間に人々を殺す魔王が、愛しく懇切で聖い神の存在を、どうして容認出来ようか。どうして魔王は神の到来に喝采を送ることができようか。まったく卑屈な者どもである。そうした者は恩を仇で返し、神を侮って久しく、神を虐待し、残忍を極め、神を少しも敬うことなく、強奪や略奪を行い、良心を完全に失い、親切さのかけらもなく、純真な者を無分別な物事へと誘惑する。遠い昔の祖先はどうだろうか。愛された指導者はどうだろうか。そうした者は皆、神に反抗している。そうした者の干渉により、地にある者すべてが闇と混沌に陥れられたのだ。宗教の自由というが、どうだろうか。市民の正当な権利と利益というが、どうだろうか。そうした物事はすべて、罪を隠蔽する手口である。…なぜ、神の業に対してそのような難攻不落の障害を建てるのか。なぜ神の民を欺く様々な謀りを用いるのか。真の自由や正当な権利と権益はどこにあるのか。公平さは、どこにあるのか。安らぎは、どこにあるのか。温もりは、どこにあるのか。偽りに満ちた謀りを用いて神の民を欺すのは何故か。神が来るのを武力で抑制するのは何故か。神が造った地の上を、神に自由に移動させないのは、何故か。神が枕するところが無くなるほどに神を追うのは、何故か。人間の温もりは、どこにあるのか。人間同士の歓迎は、どこにあるのか。それほどまで絶望的な思慕を神に引き起こすのは、何故か。神に何度も叫ばせるのは、何故か。神の愛する子を神に強制的に憂わせるは、何故か。この暗黒社会とその哀れな番犬が、神の造った世界を神が自由に出入り出来るようにしないのは、何故か。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

全能神は人類の堕落について詳しく説明しています。御言葉を読むと、なぜ世界が闇に満ち、人類が神に逆らうのか。またサタンによる人類堕落の本質がわかるでしょう。現代の悪と闇は人類がサタンに堕落させられた証拠です。どれだけの人が神の再臨を歓迎するでしょうか?神の言葉を聞き真理を受け入れる者は?終わりの日の神の働きを学ぶ者は?そのうえ多くの人々は中国共産党の嘘にのせられて全能神を拒み、非難している始末です。誰もが知っている事実です。信者は多いですが、真理を求め、本当に神に従う者はどれくらいいるでしょうか?主イエスが現れたとき、ユダヤ教の人々は祭司長やパリサイ人に言われるまま主を非難しました。終わりの日に全能神が現れると、宗教界の指導者たちはそれを非難して信者が真の道を学ぶことを阻む。今の世の中は闇と悪に満ちているそのことを証明しています。人類は真理に飽き、真理を忌み、神に対立しています。この世に悪がはびこっているのはサタンが人類を支配しているからです。世界は悪の手に落ちているのです。数千年のあいだ、サタンは無神論や進化論、唯物論などの異端思想で人類を堕落させました。やがて人は偽りの「偉人」の嘘を崇拝するようになります。例えば「神や救い主など存在しない」「人は自然を征服できる」「人の運命は人が決める」「己に為さずは天誅が下る」「頭脳は腕力を支配する」「地獄の沙汰も金しだい」「時には非情なのが大物」など、こうした教えによって人類は堕落して、傲慢で不正直で利己的で、貪欲かつ邪悪になりました。道徳や良心について理知や正直さについて語るものはいないのです。地位と名声のために互いに争い、企み、欺き、殺し合う。国同士の利害の対立による紛争も絶えない。まさに人類が堕落した結果です。こうして人類はサタンによって完全に堕落させられ、サタンの子孫となってしまった。神に敵対する勢力なのです。ですから、神が2度も受肉して人々に語りかけても、堕落した人類は神に逆らい、非難し、見捨て十字架にかけたのです。これが人類が神に逆らう理由です。

中国共産党の東方閃電に対する抑圧と攻撃は狂気じみています。なぜ彼らがこれほど神に逆らい反対するのか多くの人は知りません。受肉された全能神が真理を表したからです。『言葉は肉において現れる』はあらゆる宗教と教派を揺るがせた書物です。主の信者の多くは全能神の言葉を聞いて、神の声であり働きであると確信し、従う決意をしたのです。全能神に従う人が増え続け、中国共産党はパニックに陥り、

神に証しする信者たちを逮捕して、この本を何冊も没収しました。この本を調べるうちに、これが全てを征服する驚異的な本だということがわかってきたようです。彼らは全能神を中傷し、非難する一方で、『言葉は肉において現れる』を規制しています。全能神の発言を世間に知られまいと。なぜ『言葉は肉において現れる』を隠そうとするのか?それは神が人類に希望を与える救い主として東方に出現されたことを世間に知られたくないからです。なぜ中共は人々がこの本を読むのを恐れるのでしょう?それはこの本こそが神の声であり、真理を語る、東方に現れた光だからです。中国共産党は邪悪なサタンの政権です。世界に真理が知られて人類がそれを受け入れることで、地上にキリストの御国が現れて、神が君臨することを恐れています。そのため、彼らは狂ったようにキリストを追いまわし、マスコミを利用してプロパガンダを流し、全能神教会の信用を傷つけようとしています。さらには国家武装警官を動員して神の選んだ者を弾圧し、逮捕しています。隠れる場所もなく、迫害から逃れるために国外へ逃げても、中国共産党はその魔の手を伸ばし、政治、経済、外交を利用して圧力をかけ、国外へ逃げた信者を中国に送還させ、拷問にかけます。そのうえ、海外へ逃亡した信者の家族を逮捕し迫害し、人質として教会を脅すのです。強制的にパスポートを取得させて各国の全能神教会へ送り、外交ルートを通じてあらぬ噂を流して全能神教会を中傷し、世間を惑わしています。他国の政府に逃れてきた信者を引き渡すようにそそのかし、国外における全能神教会の福音活動を妨害しているのです。まさに中国共産党は神を憎むサタンだと思いませんか?人を残酷に虐待して魂を滅ぼし、骨まで食いつくす悪魔です。これでなぜ中国共産党が全能神を非難するのかはっきりしましたよね?

『神の国の福音に関する代表的な質問と解答(セレクション)』より

脚注

1.「根拠の無い告発を行い」とは、悪魔が人間を害する方法を指す。

2.「堅く警護されている」とは、悪魔が人間を害する方法が特に残忍であり、人間を強く支配するので、人間には動き回る余地がないことを指す。

前へ: 質問39:過去二千年の間、宗教界全体は神は三位一体であると信じ続けており、三位一体はキリスト教の教義全体の代表的な理論です。それならば、「三位一体」の解釈は本当に議論に耐えうるのですか。三位一体は本当に存在するのですか。あなたがたはなぜ三位一体は宗教界の最も大きな誤りであると言うのですか。

次へ: 質問41:全能神教会を誹謗、中傷、攻撃し、評判を傷つける中国共産党政府と宗教界による幾つかの公的発言を私たちはインターネット上で見ました(山東省招遠市の「5.28」事件など)。中国共産党政府は人々を欺くために嘘をつき偽りを伝え、事実を歪曲することに長けており、敵対する国々を中傷し、攻撃し、裁くことに長けていることも私たち知っているので、中国共産党政府が語る言葉は絶対に信用できません。しかし宗教界の牧師や長老たちが言ったことの多くは中国共産党政府が言うことと同じであり、それならば中国共産党政府と宗教界が広める噂や中傷についてどうすれば識別力をもつことができるのでしょうか。

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