日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 133
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人間は、どのようにして真の祈りの境地に入ることができるだろうか。
祈る時、あなたの心は神の前に静まっていなければならず、また真摯でなければならない。あなたは真に神と交わり、神に対して祈りを捧げなければならない。また、美辞麗句で神を欺こうとしてはならない。祈りは、神が今日完成することを望んでいる物事を中心とする。自分に一層の啓き照らしを与えるよう神に願い、自分の実状や問題を神の前にさし出して祈りなさい。そして神の前で決意を固めなさい。祈りは手順に従うことではなく、真の心で神を求めることである。神があなたの心を守ってくれるように求めなさい。そうして、自分の心をいつも神の前で静めることができるように。また、神があなたのために準備した環境において、自分を知り、忌み嫌い、自分を捨て去ることができるように。よってあなたが神との正常な関係を持つことが出来るようになり、あなたが真に神を愛する者とされるように。
祈りの重要性とは何であろうか。
祈りは人間が神と協力する方法のひとつであり、人間が神を呼び求める手段であり、人間が神の霊に動かされる過程である。祈りのない者は霊の無い死んだ者であると言える。それは、彼らには神によって心を動かされる能力が欠けている証拠である。祈りが無ければ、彼らは正常な霊的生活を実現できず、まして、聖霊の働きに従うことなどできない。祈りが無ければ、彼らは神との関係を絶ち切り、神の承認を得ることが出来ない。神を信じる者として、あなたが祈れば祈るほど、神によって触れられることも多くなる。このような人々にはより強い決意があり、神から最新の啓きをもっと受けることができる。その結果このような人々だけが、最も早く聖霊によって完全にされ得るのだ。
祈りにより達成されるべき効果とは、何であろうか。
人々は祈りを実践し、祈りの重要性を理解することが出来るが、祈りにより達成されるべき効果とは、単純なことではない。祈りとはひととおりの儀礼を行うことでも、手順に従うことでも、神の言葉を暗唱することでもない。すなわち祈りとは言葉を模倣し、他人を真似ることではない。祈りにおいて、あなたは心を神に捧げなければならない。そして、神に心を触れられるよう、自分の胸中の言葉を神と分かち合わなければならない。あなたの祈りが効果的であるためには、その祈りはあなたが神の言葉を読むことに基づいていなければならない。神の言葉の中で祈ることによってのみ、あなたはもっと多くの啓き照らしを得ることが可能となる。真の祈りは、神による要求を待ち焦がれる心を持ち、それらの要求を自ら進んで果たすことにより示される。あなたは神が憎む物事全てを憎み、それを基礎として、神が説明する真理について知り、明瞭に理解するようになるであろう。決意と信仰、認識、また、祈った後に実践するための道を持つこと。それのみが真の祈りであり、このような祈りだけが効果的であり得るのである。しかし、あなたが神の言葉を享受すること、神の言葉の中で神と交わること。また、あなたの心が神を求めることができ、神の前で静まっていること。それらのことの基盤の上に、祈りは建て上げられねばならない。このような祈りは、既に神との真の交わりを持つ境地に達しているのである。
『神の出現と働き』「祈りの実践について」(『言葉』第1巻)より
祈りの時 あなたは神の前で安らぎ、誠実でなければならない。そして真に心を通わせなさい。響き良い言葉で神を騙してはならない。そうすれば心は神の前で静まる。あなたのため決められた環境で、自らを知り 憎み 己を捨てるだろう。そしてあなたは神と正常な関係を持ち、真に神を愛する人となる。
祈りは神が成就することを中心とする。より大きな啓示を求めなさい。状態・悩みを神の前に持って来て、神の前であなたの決意を告げなさい。そうすれば心は神の前で静まる。あなたのため決められた環境で、自らを知り 憎み 己を捨てるだろう。そしてあなたは神と正常な関係を持ち、真に神を愛する人となる。
祈りは手順に従うことではなく、あなたの真心で神を求めること、あなたの心を守ってくれるよう神に祈りなさい。そうすれば心は神の前で静まる。あなたのため決められた環境で、自らを知り 憎み 己を捨てるだろう。そしてあなたは神と正常な関係を持ち、真に神を愛する人となる。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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