いのちの経験の証し

87 件の記事 4 件の動画

神の御言葉が私を変えた

年の冬、教会から原稿に携わる本分をいただきました。私は思いました。「前にもやったことがあるから、基本はわかるし、うまくできるだろう」。チームに入ると、原稿の種類が違うことに気づきました。編集の方法が把握できなかったので、私は毎回祈り、真理を求め、原則を使用して考え、わからないことは姉妹に相談しました…

真理を理解することでのみ、自らを真に知る

あなたの唇は鳩より優しいが、あなたの心は古代の蛇より悪意がある。あなたの唇はレバノンの女性ほど美しいが、あなたの心はレバノンの女性ほど優しくはなく、カナン人の美しさの比較対象になどならないことは言うまでもない。あなたの心はあまりに欺きに満ちている。

神様の御心を理解すれば誤解は解消できる

神様の御言葉を読んだあと、神様がなさるすべてのことには神様の愛と憐れみ、そして私たちへの心遣いが満ちあふれていることがわかりました。神様の御業はどれも私たちにとって極めて有益であり、私たちがもっとも必要とするものでもあります。それを真剣に探し求めて経験する限り、私たちは神様のこの愛を感じるのです。

神を信じる道に踏み出す

1991年、私は神の恵みにより、病気がきっかけで全能神に従い始めました。当時は神を信じることについて何も知りませんでしたが、面白いことに、私は全能神の御言葉を飲み食いするのを楽しんでいました。その御言葉をとても素晴らしいと感じ、歌ったり祈りを捧げたりしていると、涙を流すほど聖霊に感動することがたびたびあったのです。心の中に感じる優しさや喜びは、まるで楽しい出来事が起きたかのようでした。

私はまさしく赤い大きな竜の子孫

また、神の御言葉から、人を救う神の働きは非常に実際的で知恵があると理解するようになりました。神は私たちの中に存在する赤い大きな竜の毒とサタン的本性を暴露するために御言葉を表されるのであり、神が事実を明かされたことにより、私は自分の中の赤い大きな竜の毒を認識して見極め、二度とそれによって堕落して害されることがないように拒んで捨て去ることができました。

神に奉仕するとき、新たな巧妙な策略を見つけてはいけない

人の神への奉仕における最大の禁忌は何ですか。知っていますか。指導者として仕える人は、より大きな才能を有すること、人より勝っていること、また自分が本当にどれほど有能かを神にわかってもらえるように新しい巧妙なやり方を見つけ出すことを常に望んでいます。

私はもう劣った素質を言い訳にしない

以前、私は本分を尽くしているときに困難に直面したり、働きぶりがよくなかったりするたびに、それは自分の素質があまりに劣っているせいだと考えていました。そのため、たいてい否定的、消極的な状態で生きていました。自分の劣った素質をしょっちゅう言い訳にして、難しいと感じた本分を他の人に押しつけ、それは何も問題…

神様の御言葉が導いてくださる

神様の御言葉はこうおっしゃっています。「神が人を暴く意図はその人を淘汰することではなく、成長させることです。」(『キリストの言葉の記録』の「神の言葉を実践することでのみ、性質の変化が可能になる」より)以前、人を露わになさる神様の意図を誤解していたせいで、私は本分を尽くすうちに間違いを犯したり、困難に…

いのちへの入りとは何か今やっとわかった

年の初め、私は教会で指導者の本分を果たしていました。ある期間の訓練を終えると、兄弟姉妹が私に忠告しました。私が彼らの状況や困難をよくわかっておらず、実際的な働きをしなかったと言うのです。この逸脱を元に戻そうと、私は教会の兄弟姉妹全員の状況を把握できるようにフォローアップに回る準備をしました。このため…

神様を褒め称えて証しする私の実践はとても馬鹿げていた

教会の一部の指導者や同労者が、いつも自分の証しをして自分の前に兄弟姉妹を連れてきたせいで反キリストになり、神様によって淘汰されるのを見るたび、私は自分に警告しました。万事においても必ず神様を褒め称え、神様の証しをしなければならない。敗者の道に足を踏み入れないよう、どんな状況でも自分を誇示したり褒め称…

誰にでもいい顔をする人にさようなら

神様の御言葉による裁きと刑罰を経験し、事実が露わにされたあと、「いい人」は悪賢くて腹黒く、良心も人間性もなく、神様に救っていただける可能性がないことを知りました。また、神様の御言葉の指し示しとお導きにも感謝しました。

従順の教訓

本当の服従とは何ですか。物事が思い通りに進んで注目され、輝き、何らかの栄誉を得られるなら、あなたはすべて満足で正当だと感じます。神に感謝し、神の指揮と采配に服従できます。しかし、自分が脇に追いやられ、注目を集められなくなり、いつも他人に無視されるなら、もはや幸せを感じません……

地位の足かせを捨て、前よりとても身軽に

今でさえも名声と利得のために努力する堕落した性質を露呈することはありえますが、もはやそれによって支配、拘束されてはいません。自分の経験を通じて、人は真理を実践することでサタン的な堕落した性質を捨て去ることができ、真理を実践すればするほど、人間らしく生きることができ、神に祝福していただけることを学びました。

生まれ変わる

自分の真の本性が何なのか、どれほど醜く、卑劣で、哀れであるかに気が付くと、人は自らをあまり誇りに思わず、ひどく傲慢ではいられず、以前のようには自分にそれほど満足しません。

七年間の試練が私の本当の姿を露わにした

私はまた、試練と精錬を経ることが、神様の救いを得る道における不可欠な一歩であることにも気づきました。いま、私はもう神様を責めも誤解もせず、その代わり神様の働きに喜んで従っています。近い将来、性質の変化を成し遂げて神様と相容れられるよう、私は一からやり直し、真理の追求に努力することを決意しました。

人を正しく扱う方法を学んだ

ある日、教会の陳兄弟が私のもとを訪れ、空いた時間に証しを語る練習をし、自分の力の一部を福音の働きに捧げたいと言いました。私は陳兄弟とのこれまでのやりとりから、彼がとても傲慢な性質の持ち主だと知っていたので、彼について先入観に満ちた考えと意見を抱いていました。さらに、証しを語る人は聖書について一定水準…

長年神様を信じてきたのに、私はなぜ変わっていないのか

兄弟姉妹が私の落ち度を指摘した時、あるいは私の意見に耳を貸さなかった時、私は納得できないと感じたり、彼らと言い争ったりしました。後になって自分の振る舞いを後悔しましたが、このようなことに直面すると、堕落した性格を露呈せずにはいられませんでした。そのせいで深く悩み、他人の言葉で恥ずかしい思いをして怒る…

神様の御言葉が私の観念を取り除いた

全能神教会における自分の本分が福音の伝道だったころ、私がそれを行なっていたところ、偽りの証しをすることで、人々が終わりの日における神様の働きを探求して受け入れるのを狂ったように防ぎ、妨げ、阻止している宗教指導者に出会いました。彼らは警察に通報し、福音を分かち合っている私たちを逮捕させることさえしまし…