日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 104
創世記 19:1-11 そのふたりのみ使は夕暮にソドムに着いた。そのときロトはソドムの門にすわっていた。ロトは彼らを見て、立って迎え、地に伏して、言った、「わが主よ、どうぞしもべの家に立寄って足を洗い、お泊まりください。そして朝早く起きてお立ちください」。彼らは言った、「いや、わ…
教会生活は人々が集って神の言葉を味わう生活でしかなく、人の生活のごくわずかな部分を占めるに過ぎない。もし人々の実生活も教会生活と同様で、正常な霊的生活を送り、神の言葉を正常に味わい、正常に神に祈って神へと近づき、万事が神の旨に沿って行なわれる実生活を生き、万事が真理に沿って行なわれる実生活を生き、神の前で祈って心を鎮めることを実践し、讃美歌を歌って踊ることを実践する実生活を生きているなら、そのような生活だけが、人を神の言葉の生活へと導くことになるだろう。ほとんどの人は、自分の教会生活の数時間だけに重点を置き、その時間以外の生活については「気にする」こともなく、何の関心もないかのようだ。また神の言葉を飲み食いするとき、讃美歌を歌うとき、あるいは祈るときだけ聖徒の生活に入り、それ以外のときは従来の自分に戻る人も大勢いる。そのような生活が人々を変えることはできず、ましてや神を知らしめることなどできない。神を信仰する中で自らの性質の変化を望むなら、自分を実生活から切り離してはならない。実生活においては、自分を知り、自分を捨て、真理を実践することを知るだけでなく、万事における自己管理の原則、常識、および規則を学ばなければならず、そうして初めて徐々に変化を遂げられるようになる。理論的な認識だけに重点を置き、現実に深く入り込むことも実生活に入ることもなく、宗教的儀式の中だけで生活しているなら、あなたは決して現実に入ることがなく、自分自身や真理や神を知ることもなく、永遠に盲目で無知なままとなるだろう。人々を救うという神の働きの目的は、彼らが短期間のうちに正常な人間生活を送れるようにすることでも、彼らの誤った観念や教義を変えることでもない。神の目的は人々の旧来の性質を変え、古い生き方のすべてを変え、時代遅れな考え方と精神的態度のすべてを変えることなのだ。教会生活だけに重点を置いても、人々の旧来の生活習慣や長年送ってきた生活のあり方が変わることはない。何があろうと、実生活から離れてはならない。神が人々に求めているのは、教会生活だけでなく実生活で正常な人間性を生きること、教会生活だけでなく実生活で真理を生きること、そして教会生活だけでなく実生活で自分の役割を果たすことなのだ。現実に入るには、すべてを実生活に向けなければならない。神を信じていても、実生活への入りを通じて自分を知ることができず、実生活で正常な人間性を生きることができなければ、その人は落伍者となるだろう。神に従わない者はみな、実生活に入れない者たちである。そうした者はみな人間性について語りつつ、悪魔の本性を生きる者である。彼らはみな真理について語りつつ、教義を生きる者である。実生活で真理を生きられない者は、神を信じてはいるが、神に嫌悪され拒絶される者である。あなたは実生活で入りを実践し、自分の欠点と反抗心と無知を知り、自分の異常な人間性と弱さを知らねばならない。そうすることで、あなたの認識が自分の実際の状況や困難に組み入れられる。そのような認識だけが本物であり、それによってあなたは自分の状態を真に把握し、性質の変化を成し遂げることができるのだ。
今や人の完全化が正式に開始されたため、あなたは実生活に入らなければならない。ゆえに、変化を実現するには、まず実生活への入りから始めて、少しずつ変化していく必要がある。正常な人間生活を避けて霊的な問題ばかり語っていると、物事は退屈かつ単調になり、非現実的なものとなる。そうなれば人々はいかにして変化できようか。今あなたは、真の経験に入るための基盤を築くべく、実生活に入って実践するよう言われている。これは人が行なわねばならないことの一側面である。聖霊の働きは主に導くことであり、それ以外は人の実践と入りにかかっている。誰もがそれぞれ別の道を通って実生活に入ることができ、神を実生活に持ち込み、真の正常な人間性を生きることができる。それこそが唯一の有意義な人生なのだ。
『神の出現と働き』「教会生活と実生活についての議論」(『言葉』第1巻)より
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