日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 151
神はサタンを倒すために人々の管理を使う。人々を堕落させることにより、サタンは人々の運命を終わらせ、神の働きを阻害する。一方、神の働きは人間への救いである。神自身の働きの中で人間を救うためでないものは、どの段階にも存在しない。人々を清め、彼らに正しいことを行わせ、愛されうるイメ…
人々はよく、神を自分のいのちにさせることを口にするが、彼らの経験はまだそこまで至っていない。あなたは単に、神は自分のいのちで毎日自分を導いてくれる、自分は毎日神の言葉を飲み食いしている、そして自分は毎日神に祈っているのだから、神が自分のいのちになったと言う。こうしたことを言う人の認識は極めて表面的である。多くの人には基礎がない。神の言葉は植えつけられたが、まだ芽を出しておらず、まして実を結んでなどいない。今日、あなたはどの程度まで経験したのか。ここまで神が強引に連れてきてやっと、あなたは神と離れることはできないと感じる。いつか、あなたの経験が一定のところに達した際には、神があなたを去らせようとしても、あなたはそうすることができないはずだ。あなたはいつでも、自分の中に神がなくてはいられないと感じるだろう。夫や妻、子供、家族、父母、肉の喜びはなくてもいられる。しかし、神なしではいられない。神なしでいるのはいのちを失うようなもので、神なしでは生きていられないはずだ。あなたの経験がここまでになると、神に対するあなたの信仰は一定の基準に達したことになる。そして、このようにして、神はあなたのいのちとなり、あなたの生存の基礎となっている。あなたは二度と神から離れられない。この程度まで経験を積むと、あなたは真に神の愛を享受したことになり、また神との関係が十分親密になると、神があなたのいのちと愛になり、あなたは神にこう祈る。「おお、神よ。あなたから離れることができません。あなたはわたしのいのちです。他のすべてがなくともやっていけますが、あなたがいなければ生きていけません」。これが人の真の霊的背丈、そしてまことのいのちである。中には、今日いるところまで無理に連れてこられた人もいる。望むと望まざるとにかかわらず、その人たちは進まなければいけない。彼らはいつも、自分が苦難の板挟みとなったかのように感じている。あなたは、神が自分のいのちになり、自分の心から神を奪われたなら、それはいのちを失うようなものである、というところまで経験しなければいけない。神は自分のいのちであって、神から離れることはできないという状態にならなければならない。そうすれば、あなたは本当に神を経験したことになり、そのとき神を愛するなら、真に神を愛するのであって、それは唯一の純粋な愛である。いつの日か、自分のいのちがある程度に達するほど経験を積み、神に祈り、神の言葉を飲み食いしたとき、あなたは自分の中で神から離れることができず、たとえそうしたいと思っても、神を忘れることができない。神があなたのいのちになったのである。世界を忘れることはできる。妻や夫や子供を忘れることもできる。しかし、神を忘れるのは難しい。そうすることは不可能であって、それがあなたの真のいのちであり、神への真の愛である。神への愛がある程度に達すると、神への愛に匹敵する愛はなくなり、神への愛が最優先となる。そのようにして、他のすべてを捨て去ることができるようになり、神によるすべての取り扱いと刈り込みを進んで受け入れるようになる。神への愛が他のすべてを超えるまでになると、あなたは現実の中で、神の愛の内に生きるようになる。
『神の出現と働き』「神を愛する人は永遠に神の光の中に生きる」(『言葉』第1巻)より
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これで裁きとは何か、真理とは何かを理解できたか。もし理解できたなら、あなたが裁きに従うよう熱心に勧める。さもなければ、神に賞賛されることも、神にその国に連れて行ってもらうことも決してないのだ。裁きは受け入れるが清められることのない者、すなわち裁きの働きの最中に逃げ出すような者…