日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 154
ビジョンの中には、実践への道が多数含まれている。ビジョンには、人間が知るべき神の働きと同じように、人間への実践的な要求も含まれている。過去には、様々な場所で開かれた特別な集会や大規模な集会において、実践の道の一側面についてしか語られなかった。そうした実践は、恵みの時代に実践される…
今日、大半の人はそのような認識をもっていない。そうした人たちは、苦しみには価値がなく、自分は世の中から見捨てられており、家庭生活には問題があり、自分は神に愛されておらず、将来の見込みは暗いと信じている。中には苦しみが極限に達し、死を考えるようになる人がいる。それは神に対する真の愛ではない。そうした人は臆病者であり、忍耐力がなく、弱くて無力なのである。神は人に愛されることを強く願っているが、人は神を愛すれば愛するほど苦しみが大きくなり、愛すれば愛するほど人の試練も大きくなる。もしもあなたが神を愛するなら、あらゆる苦しみがあなたに降りかかる。もしも神を愛さなければ、おそらく何もかもが順調にゆき、あなたの周囲では何もかもが平和だろう。あなたが神を愛するとき、周囲の多くのことが克服し難いと感じ、またあなたの霊的背丈があまりに小さいために精錬される。さらに、あなたは神を満足させることができず、神の旨はあまりにも崇高で、人の及ばぬところにあるといつも感じる。そのすべてのために、あなたは精錬されるのである。自分の中に多くの弱さがあり、神の旨を満たせないものが数多くあるため、あなたは内面から精錬されるのである。とは言え、精錬を通じてでなければ清められることはないと、あなたがたははっきり理解しなければならない。したがって、あなたがたは終わりの日に神への証しをしなければならない。あなたの苦しみがいかに大きくても、最後まで歩まなければならず、最後の一息になってもなお神に対して忠実であり続け、神に身を委ねなければならない。これだけが真に神を愛するということであり、またこれだけが鳴り響くような強い証しなのである。サタンの試みを受けたら、あなたはこう言うべきである。「私の心は神のものであり、神はすでに私を得た。あなたを満足させることはできない。私のすべてを捧げて神を満足させなければならない」。神を満足させればさせるほど、神はあなたを祝福し、神に対するあなたの愛は強くなる。そして、あなたは信仰と決意をもち、神を愛することに生涯を捧げることほど価値や意義のあるものはないと思うだろう。神を愛しさえすれば悲しみがなくなるとも言える。自分の肉が弱り、多くの実際の問題に悩むことがあっても、その間あなたは心から神にすがり、霊の内側で慰められ、確信を抱き、頼るものがあると感じるだろう。このようにして、あなたは多くの状況を克服することができ、降りかかる苦しみのせいで神に不満を抱くこともないはずだ。その代わりにあなたは歌い、踊り、祈り、集って交わり、神のことを考えたいと思うだろう。そして自分の周囲にある、神によって整えられたすべての人や出来事や物事はふさわしいものだと感じるだろう。もしもあなたが神を愛さないなら、何を見ても退屈で、目を楽しませるものは一切ない。霊においては自由がなく虐げられており、心の中で絶えず神に不満を抱き、自分の苦しみはあまりに大きく、まったく不公平だと常に感じる。幸福のために追求するのではなく、神を満足させるため、サタンにそしられないために追求するのであれば、そうした追求は神を愛する多大な力を与えてくれる。人は神によって語られたすべてのことを実行でき、その人が行なうすべてのことは神を満足させられる。これが現実を自分のものにするということである。神を満足させることを追求するのは、神への愛を用いて神の言葉を実践することである。いかなる時も──たとえ他の人たちに力がない時であっても──あなたの中には神を愛し、深く求め、その存在を懐かしむ心が依然として存在する。これが真の霊的背丈である。あなたの霊的背丈がどれほど大きいかは、神への愛がいかに強いか、試練を受けたときに揺るぎなく立ち続けられるかどうか、ある環境に置かれた際に弱いかどうか、兄弟姉妹に拒まれたときに自分の立場を守れるかどうかによって決まる。訪れる事実は、神に対するあなたの愛がいったいどのようなものかを示す。神の働きの多くから、神が本当に人を愛していることがわかるのだが、人の霊の目はいまだ完全には開いておらず、神の働きの多くと神の旨をはっきり見ることができず、神にまつわる数多くの素晴らしいことも見えない。人は神に対して真の愛をごくわずかしか抱いていない。あなたはずっと神を信じてきたが、神は今日、逃れる手段をすべて断ち切った。現実的に言うと、あなたには正しい道を進むしか選択肢がない。その正しい道とは、神の厳しい裁きと至高の救いによってあなたが導かれてきた道である。苦難と精錬を経験して初めて、人は神の素晴らしさを知る。今日までの経験により、人は神の素晴らしさの一部を知るようになったと言える。しかし、それだけでは十分でない。人には欠けているものがあまりに多いからである。神の素晴らしい働きと、神が用意するあらゆる苦しみの精錬を、人はさらに経験しなければならない。そうして初めて、人のいのちの性質は変わり得るのである。
『神の出現と働き』「辛い試練を経験することでのみ、神の素晴らしさを知ることができる」(『言葉』第1巻)より
あなたの苦しみがどんなに大きくても神を愛することを求めよ
あなたは今日の神の働きが、どれほど価値があるものなのか。理解するべきだ。多くの人はそれを知らず、苦しみには価値がないと思っている。彼らは信仰ゆえに虐げられ、世に避けられ、家庭でも悩みがある。彼らの未来はあまりに暗く、苦しみのあまり死を望む者もいる。こんなことで神への愛を示せるか!このような者には価値がない!彼らは辛抱できず、根気強さもなく、弱く、貧弱で、力がないのだ。神があなたを精錬し、清められることを見極めよ。終わりの日に常に証しせよ。どんなに苦しくても生きている限り、神に忠誠を尽くし、身を委ねよ。これこそ神への真の愛、力強い証しなのだ。
神は人からの愛を切望されるが、神を愛するほど、苦難は増し、愛が深まるほど、試練は強まるだろう。神を真に愛すれば、大いに苦しみ、愛さねば、人生は順調に見え、心から神への愛を実践すれば、多くの困難に遭うだろう。霊的に未熟なあなたは精錬され。神を満足させることはできない。あなたは奥深い弱さを抱え、神の意志を果たせず、諦めそうになる。だからあなたは精錬されるだろう。神があなたを精錬し、清められることを見極めよ。終わりの日に常に証しせよ。どんなに苦しくても生きている限り、神に忠誠を尽くし、身を委ねよ。これこそ神への真の愛、力強い証しなのだ。ああ、これこそ力強い証しなのだ。神に忠誠を尽くせ。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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今後は、神の言葉について語ることがあなたが話す際の原則である。あなたがたが集まるとき、神の言葉について語り、それを話題にすべきである。神の言葉に関して知っていること、神の言葉をどう実践しているのか、聖霊がどう働くのかについて話しなさい。もしあなたが神の言葉について伝えるなら、聖…
神の証しをするということは、おもに神の働きについて自分が認識していること、神がどのように人を征服するか、どのように人を救うか、どのように人を変えるかを語ることである。それは神がどのように人を導いて真理の現実に入らせ、どのように人を神に征服され、完全にされ、救われるようにするのかを…
世の終わりに神は言葉を発することを主な目的として来る。神は聖霊の観点から、人間の観点から、第三者の観点から話す。神は異なった話し方をする。ある期間は一つの話し方をし、人間の見方を変え、漠然の神の姿を人間の心から除くために、様々な話し方をする。これが神のする主要な働きである。人間は…