日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 492
自分の良心的感情だけに依存するなら、人は神の愛しさを感じることができない。良心だけに依存するなら、神への愛は弱々しいものになるだろう。神の恵みと愛に報いることだけを語っているなら、あなたの神への愛には何の活力もないだろう。自分の良心的感情に基づいて神を愛することは受け身なやり方で…
昨今では、人間の追求が逸脱している。神を愛し、神を満足させることだけを追求し、神を認識しておらず、自らの内部における聖霊の啓きと照らしをおろそかにしている。そうした者は神についての真の認識という基礎を備えていない。そのような状態であるので、彼らは経験が進行してゆくにつれて、熱意を失う。神に関する真の認識を求める者は皆、以前は状態が良くはなく、消極的になったり弱くなったりする傾向にあり、頻繁に涙を流したり、意欲喪失に陥ったり、希望を失ったりしていたが、経験を重ねる中で、彼らの状態は改善している。取り扱いを受けて打ち砕かれ、試練と精錬を一通り経た後、彼らは大いに進歩を遂げた。その否定的な状態は減少し、彼らのいのちの性質に多少の変化が生じた。さらなる試練を経るにつれ、彼らの心は神を愛するようになる。神による人間の完全化には法則があり、それは、あなたの望ましい部分を用いて神はあなたを啓くということである。これは、あなたが実践の道を得てあらゆる消極的な状態と訣別できるようにするためであり、あなたの霊が解放され、あなたが神をさらに愛すことができるようにである。こうすることにより、あなたはサタンの堕落した性質を払拭できる。あなたは純朴で素直であり、自分を知って真理を実践することを望んでいる。神は必ずやあなたを祝福するので、あなたが弱く消極的な時、神はあなたを二倍啓き、あなたがさらに自分を知り、自分のために悔い改めることをさらに望むようになり、実践すべきことを実践できるようになるように助ける。あなたの心が落ち着き安らかになるには、この方法によるほかない。神を知ること、自らを知ること、自らの実践に普段より注意する人は、神の働き、また神による導きや啓きを頻繁に授かることができる。そのような人は消極的な状態にあっても、良心の働きか、あるいは神の言葉による啓きにより、すぐに状況を好転させることができる。人の性質の変化は、人が自らの実際の状態と神の性質と働きを知ると必ず実現する。自らを知ること、そして自ら心を開くことを望む人は真理を実践できる。そうした人は神に忠実であり、神に忠実な人は、その理解が深かったり浅かったり、少なかったり豊富であったりするが、神を理解している。これが神の義であり、人間が得るものである。これは人間自らにとっての収穫である。神に関する認識のある人は、基盤とビジョンがある。こうした人は神の肉、言葉、働きに関して確信している。神が働きを行う方法や話す方法、そして他人がどのように混乱を引き起こすかに関わらず、その人は自分の立場を強く守り、神の証しに立つことができる。人がこのようであればあるほど、理解した真理をさらに実行できる。常に神の言葉を実践しているので、神をさらに認識し、永遠に神の証しに立つ決意がある。
『神の出現と働き』「実践に集中する者だけが完全にされることができる」(『言葉』第1巻)より
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