日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 182
神の働きは人間の働きと違うのであり、またそれ以上に、神の表現が人間の表現と同じであるなどどうしてあり得ようか。神には神自身に特有の性質があり、人には尽くすべき本分がある。神の性質は神の働きに表われ、人の本分は人の経験において具現化し、人が追求することに表われる。したがって、なされ…
わたしに完全に従うことができない行為は裏切りである。わたしに忠実であることができない行為は裏切りである。わたしをごまかし、嘘でわたしを騙すことは裏切りである。多くの観念を抱き、至る所でそれらを広めることは裏切りである。わたしの証しと利益を護れないことは裏切りである。心の中ではわたしから遠く離れていながら、作り笑いを浮かべるのは裏切りである。こうした行為はすべて裏切りであり、あなたがたはこれまでいつもこうした行為が可能だったし、これらはあなたがたの間で当たり前のこととなっている。あなたがたの誰一人として、これを問題だと考える者はいないが、わたしはそうは考えない。わたしは自分に対する誰かの裏切りを些細なこととして扱うことはできず、無視することもできない。今、わたしがあなたがたの間で働きを行っているときに、あなたがたはこのように行動している。いつの日かあなたがたを見守る者がいなくなったら、あなたがたは皆、王様を名乗る山賊になるのではなかろうか。そのときが到来し、あなたがたが大惨事を引き起こしたとき、誰がその後始末をするのだろうか。あなたがたは、一部の裏切り行為は単なる一時的なもので、いつもそうしているわけではなく、そんなに深刻に捉えて、自分の自尊心を傷つけるには値しないと考えている。ほんとうにそう思っているのなら、あなたがたは正気でない。そのように考えることは、反逆の見本であり典型である。人間の本性とはその者のいのちであり、人が生存のために依存する原則で、人がそれを変えることはできない。裏切りの本性も同じであり、あなたが親戚や友人を裏切ることができるなら、それは裏切りがあなたのいのちの一部であり、生来の本性であることを証明している。このことは誰も否定できない。たとえばある人が他人から盗むことを楽しむなら、この「盗みの楽しさ」は、その人のいのちの一部である。その人は盗みをするときもあれば、しないときもあるかもしれないが、盗みをしようとしまいと、それはその盗みが単なる一種の行為だという証明にはならない。むしろそれは盗みが彼らのいのちの一部であり、すなわち彼らの本性であることを証明している。それが彼らの本性なら、良い物を見ても盗まないことがあるのはなぜか、と問う人もいる。その答えは至って簡単である。彼らが盗まない理由はたくさんある。たとえば、人目を盗んでかすめ取るには大きすぎるとか、実行するのによいタイミングがないとか、高価すぎたり警備が固すぎたり、さらには特に関心がなかったり、自分にどう役立つかわからなかったりという場合もある。こうしたあらゆる理由が考えられるが、いずれにせよ、彼らがそれを盗むかどうかによらず、その考えが単なる一瞬の思いつきだと証明することはできない。それどころか、それは彼らの本性の一部であり、改善することは困難なのだ。このような人は一度盗めば満足するものではなく、何か良い物を見つけたり適当な状況に置かれたりすればいつでも、他人のものを自分のものだと主張するという考えが湧く。だからわたしは、この考えの根源は単に時折意識されるものではなく、その人の本性の中にあると言うのだ。
『神の出現と働き』「極めて深刻な問題――裏切り(1)」(『言葉』第1巻)より
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