日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 126
受肉しての神の働きの各段階は、その時代全体の働きを代表するもので、人間の働きのように特定の期間を代表するものではない。だから、神の最後の受肉の働きの終わりは、神の働きが完了したということではない。受肉しての神の働きは、時代全体を代表するもので、神が人間として働いた期間だけを代…
誰でも自分の言葉や行動により、自分の本当の顔を表すことができる。この本当の顔とはもちろん、その者の本性である。もしあなたがひねくれた話し方をするなら、あなたはひねくれた本性をしている。あなたの本性が狡猾なら、あなたは狡賢く振る舞い、人々を容易に手玉に取る。あなたの本性が陰険なら、あなたの言葉は聞こえが良いかもしれないが、あなたの行動はその陰険さを隠せない。あなたの本性が怠惰なら、あなたの言う事はすべて自分のいい加減さや怠惰さの責任を逃れるためのものであり、あなたの行動は遅くおざなりで、真実を隠すことに長けている。あなたの本性が同情的なら、あなたの言葉は合理的であり、行動もまた真理によく則したものになるだろう。あなたの本性が忠実なら、あなたの言葉は間違いなく誠実であり、あなたの行動のし方は堅実で、主人を不安にするようなことはない。あなたの本性が好色あるいは金銭に貪欲なら、あなたの心は大抵それらのことで一杯であり、人が簡単に忘れられず、かつ人に嫌悪感を与えるような、常軌を逸した不道徳な行動を無意識のうちにとるだろう。そしてさきほど言ったように、裏切りの本性を持っているなら、その本性から抜け出すことはまず不可能であろう。自分が誰にも不正を行ったことがないからといって、自分に裏切りの本性がないと楽観してはならない。そのように考えるなら、あなたは本当に胸がむかつくような人間だ。わたしが語る言葉は、その都度すべての人々に向けて語ったものであり、一個人や特定の種類の人間にだけ向けたものではない。あなたが一つのことについてわたしを裏切ったことがないからといって、別のことでわたしを裏切れないという証明にはならない。真理の追求においては、結婚生活での挫折の中で自信を失う人々もいる。また、家族の崩壊によってわたしへの忠誠の義務を投げ捨ててしまう人もいる。またつかの間の喜びや興奮を求めて、わたしを見捨てる人もいる。光の中に生き、聖霊の働きの喜びを自分のものとするよりも、暗い谷底に落ちることを選ぶ人もいる。またある人々は、富への欲を満たすために友人の助言を無視し、現在もなお自分の過ちを認めて道を正すことができずにいる。さらに、わたしの保護を受けるため一時的にわたしの名のもとで生きる人々もいれば、命にしがみつき死を恐れるために、やむを得ず少しだけ献身する者もいる。これらをはじめとする、不道徳かつ見苦しい行動は、まさに人々が心の奥底で長い間わたしを裏切ってきた行為ではなかろうか。もちろん、人々が前もってわたしを裏切ることを計画していたわけではないことは知っている。彼らの裏切りは彼らの本性の自然な現れなのだ。わたしを裏切りたいと思う者は誰もおらず、わたしを裏切るようなことをして喜ぶ者もいない。それどころか、彼らは恐怖に震えているではないか。ではあなたがたは、こうした裏切りをどうやって埋め合わせ、現在の状況をどうやって変えられるか、考えているだろうか。
『神の出現と働き』「極めて深刻な問題――裏切り(1)」(『言葉』第1巻)より
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神に讃えられたいと望むなら、まずはサタンによる暗闇の影響から脱し、神に心を開き、完全に神のほうへ向けなければならない。あなたが現在行なっていることを、神は讃えるだろうか。あなたは心を神に向けたのか。あなたが行なってきたことは、神があなたに求めることなのか。それらの行ないは真理に…
以前、神が天国にいたとき、人は神を欺くようなふるまいをした。現在、神は人のもとにおり、すでに何年が経過しているか誰も知らないが、物事を行うのに人はいまだに形ばかりの行いをして神をごまかそうとしている。人間の考えはあまりにも退歩していないか。これはユダも同じであった。イエスが現れる…
神の働きに対する障害は、どれほど大きいのか。誰か知っているのか。深く根ざした迷信的偏見に囚われている人々の中で、誰が神の素顔を知ることができようか。これほどまでに浅薄かつ愚かな時代遅れの文化的知識で、どうして神の語る言葉を完全に理解できようか。直接顔を合わせて語られ、口移しに糧を…