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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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全能神の最新の言葉

わたしの霊が声を発するとき、それはわたしの性質すべてを表現する。このことをあなたがたは、わかっているだろうか。この点について不明瞭なのは、わたしに直接反対しているに等しい。あなたがたは、ほんとうにこのことの重要性がわかっているだろうか。あなたがたは、わたしがどれほどの努力、どれほどの力をあなたがたのために用いているか、ほんとうにわかっているだろうか。あなたがたは、ほんとうに、自身のしたことをわたしの前に示す勇気があるだろうか。そして、あなたがたは、大胆にもわたしの前で自分がわたしの民であると言う──あなたがたは恥知らずで、さらには理性に欠けている。遅かれ早かれ、そうした人々はわたしの家から追い出される。わたしを証しするために立ったからといって、ベテラン気取りでいるのではない。これは、人間に可能なことなのだろうか。あなたの意図したことや目指したものが何一つ残らなければ、あなたは、とうに別の道を進んでいたろう。あなたがたは、人間の心がどれほどの大きさか、わたしが知らないと思っているのだろうか。たった今から、あなたがたは、あらゆることで実践を始めなければならない。これまでしていたように、しゃべっているだけでは、もう十分ではないのだ。昔は、あなたがたの大多数は、わたしの屋根の下で飲み食いできた。あなたがたが今日堅固に立っていられるのは、すべて、わたしの言葉の厳しさのゆえである。あなたは、わたしの言葉には目的もなく、いい加減に話しているものと思っているのか。そんなことはない。わたしは高いところからすべてを見渡し、高いところからすべてを支配している。同様に、わたしは地上に救いを施した。わたしの隠れ場から、人間のあらゆる動き、人々が話したり、行っていることのすべてを、わたしが見守っていない瞬間はない。人間は、わたしにとって開かれた書物だ──わたしはすべてを見、知る。隠れ場はわたしの家であり、大空がわたしの横たわるベッドなのだ。サタンの勢力はわたしに届かない。わたしは威厳と義、裁きに満ち溢れているからだ。言い表すことのできない奥義がわたしの言葉の内に宿っている。わたしが話すとき、あなたがたは水に投げ入れられたばかりの鳥たちのように混乱に満ち、あるいは、何かにおびえた赤子のようで、何もわからないようだ。あなたがたの霊が茫然自失の状態に陥ったからだ。なぜわたしは、隠れ場がわたしの家だと言っているのだろう。あなたは、わたしの言うことの深い意味がわかっているだろうか。すべての人間の中で誰が、わたしを知ることができるだろう。あなたがたの誰が、その父と母を知るように、わたしを知ることができるだろう。わたしの家に憩い、わたしはくわしく見る──地上のすべての人が忙しく動き回り、「世界を経巡り」大急ぎで行き来する。すべて自身の運命、未来のために。しかし、わたしの国を築くために力を、息を吸い込むだけの力さえも割ける者は、ただの一人もいない。わたしは人類を創り、彼らを何度も患難から救った。しかし、その人間たちはみな忘恩の徒である──わたしの救いをすべて挙げることのできる者は、ただの一人もいないのだ。世界の創造から今日まで、何年、何世紀が過ぎたか、また、どれほどの奇跡を起こしたか、何度わたしの知恵を示したか。しかし、人間は記憶喪失と無気力状態にある精神病患者のようで、あるいは、もっと悪い場合、時には野獣が森で暴れているようなもので、わたしのことにまるで関心をもとうとしない。何度もわたしは人間に死刑を宣告し、死すべきものと定めたが、わたしの経営(救いの)計画は、誰にも変更できない。そこで、人間は、いまだわたしの手の中で、古いものにしがみついて、気取っているのだ。わたしの働きの手順のため、わたしは再びあなたがたを、堕落し、退廃的で、汚れ、浅ましい大家族のあなたがたを救った。

わたしの計画した働きは、一瞬もやむことなく進められている。神の国の時代に入って、あなたがたをわたしの国にわが民として移したので、新たにあなたがたに要求することがある。つまり、あなたがたの前に、この時代を支配する憲法の公布を始めるのだ。

わが民と呼ばれているのだから、わたしの名に栄光をささげなければならない、つまり、試練の中に立ち、証しするのだ。もし誰かがわたしを欺こうとし、真実をわたしから隠し、あるいは、わたしの後ろでいかがわしい行為をするなら、その人たちは例外なく追い出され、わたしの家から除かれ、最終的な処分を待つことになる。過去に、わたしに対して不誠実で不従順であって、今日、再び立ち上がって、公然とわたしを裁こうとする人々は、その人たちもまた、わたしの家から追い出される。わが民である人々は、常にわたしの担っているものを考え、また、わたしの言葉を知るように努めなければいけない。そうした人々だけが、啓かれる。彼らは必ずわたしの導きと示しの下で生き、けっして罰されることがない。わたしの担っているものを思いやらず、自分の未来を計画することに集中する者、つまり、行いによってわたしの心を満足させることを思わず、施しをねだる者、そうした乞食のような人々は、わたしは絶対に用いることを拒む。そうした人々は、生まれたときから、わたしの担うものを思いやるということの意味を何も知らないからである。彼らは、異常な理知の持ち主である。そうした人々は、脳の「栄養不足」に陥っていて、何か「栄養」をとるために家に帰らなければならない。わたしは、そうした人々に何の用もない。わが民の中で、すべての人はわたしを知ることを、食べる、着る、眠るといった、人間が一瞬も忘れないような、最後まで行うべき必須の務めとみなし、しまいには、わたしを知ることが食べることのように慣れ親しんだ技術、何の努力もなしにする手馴れた動作になるようにしなければならない。わたしの話す言葉について、どの一言も絶対に確かなものとし、完全に吸収されなければならない。おざなりの、その場しのぎであってはならない。誰でも、わたしの言葉に注意を払わない者は、真っ向からわたしに敵対している者とみなされる。誰でも、わたしの言葉を食べない者、あるいは、知ろうとしない者は、わたしに注意を払っていない者とみなされ、すぐさま、わたしの家の戸口から掃き出される。なぜなら、わたしが以前述べたように、わたしが望むのは大勢の人々ではなく、選ばれた少数なのだから。百人の中から、たった一人がわたしの言葉を介してわたしを知るようになるなら、わたしは喜んでその他の者たちを捨て去り、そのたった一人に啓き照らそう。このことから、多数だけでは必ずしもわたしを表現し、生かし出すことができないことがわかる。わたしが望むのは、(実が詰まっていなくとも)麦であり、(たとえ実がいっぱいに詰まった立派なものでも)毒麦ではない。探し求めることには関心がなく、怠惰な行動をする者たちは、自分から立ち去るべきだ。わたしはもう彼らを見たくない。彼らがわたしの名を汚すことのないように。わが民に求めることは、今はここまでに述べた戒めでやめておき、状況の変化に応じて、さらに制裁を行うことにする。

過去には、大多数の人々は、わたしが知恵の神そのもの、人間の心の奥底までも見通す神であると考えた。しかし、それはみな、表面的な話だけだった。もし人間がほんとうにわたしを知っているなら、勝手に結論に飛びつくことをせず、わたしの言葉からわたしを知ろうとする努力を続けたことだろう。ほんとうにわたしの業を見る段階に達してはじめて、わたしが知恵であり、奇妙であると言う資格を得るのである。あなたがたの、わたしについての認識は浅い。世々を経て、どれほど多くの人々がどれほどの年月わたしに仕え、わたしの業を見て、ほんとうにわたしについて何かを知るようになったのか。そこで、彼らはいつでも、わたしに対して従順な心をもち、ごくわずかもわたしに敵対しようとは思わなかった。わたしの足跡を探し求めることは、極めて困難なのだから。そうした人々の中に、わたしの導きのないときには、気短かに行動しようとしないで、そうして、長い年月を生きた後で、やがてわたしについての部分的認識を総括し、わたしが知恵であり、奇妙であり、助言者であると言い、わたしの言葉は両刃の剣のようで、わたしの業は偉大で、驚くべきものであり、妙なものであり、わたしは威厳をまとい、わたしの知恵は大空より高いなどの見識を述べた人々がいる。しかし、今日、あなたがたは彼らの置いた基礎の上でわたしを知っている。だから、あなたがたの大多数は、オウムのように、ただ彼らの語った言葉を繰り返しているだけだ。あなたがたのわたしについての認識がどれほど浅いものか、また、あなたがたの「教育」がどれほど貧弱なものかをわたしが考慮に入れているので、あなたがたはそれほど罰されずにいるのだ。しかし、それでも、あなたがたの大多数は、まだ自分を知らず、あるいは、自分がすでに行いにおいてわたしの心に達しているから、そのために裁きを免れているのだと考えている。それとも、人となってから、わたしが人間の行いを見守ることを完全にやめたので、自分も刑罰を免れているのだと、考えている。あるいは、自分の信じている神は広大な宇宙に存在していないと思って、神を認識することは、尽くすべき本分として常に心に抱くよりは、暇なときにすることだと後回しにし、神への信仰は、怠惰に過ごすはずの時間をつぶす手段としているのだ。わたしがあなたがたの資格・理知・見識の不足を憐れまなければ、あなたがたはみな、わたしの刑罰を受けて死に、存在を抹消されるだろう。しかし、地上でのわたしの働きが終わるまでは、わたしは人間に寛容でいよう。これは、あなたがたみなが知っておくべきことである。良いことと悪いことを混同するのはやめなさい。

1992年2月25日

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神の働きを経験する者のみが真に神を信じる 神の現れによる新時代の到来 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神の経営の中でだけ人は救われる 七つの雷が轟く -- 神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言 救い主はすでに「白い雲」に乗って戻って来た あなたがイエスの霊のからだを見る時は、神が天と地を新しくした時である キリストに味方しない者は確実に神の敵だ 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない キリストと融和する道を探せ あなたは本当に神を信じているのか キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる 終着点のために、善行を十分積まなければならない あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 地上の神をどのように知るか 神は全人類の運命を支配する 全能者のため息 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 完全にされた人々への約束 悪人は罰せられなければならない 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 千年神の国は訪れた 実践的な神は神自身であることを知るべきである 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 真心で神に従う者は確かに神のものとされる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) すべてが神の言葉によって達成される(前半) すべてが神の言葉によって達成される(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 神を知る者だけが、神の証人となることができる ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 神を知らない者はすべて神に反対する人々である 二度の受肉が受肉の意義を完成させる 三位一体は存在するのか(前半) 三位一体は存在するのか(後半) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 将来の使命にどのように取り組むべきか 神について何を理解しているのか 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 呼び名と身分について(前半) 呼び名と身分について(後半) 完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている(前半) 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている (後半) 神の働きと人の働き(前半) 神の働きと人の働き (後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 神と人は共に安息に入る(パート2) 神と人は共に安息に入る(パート3) 祈りの実践について 新時代の戒め 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋( パート1) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋 (パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート3) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート4) 神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 パート1 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 (パート2) 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋( パート3) 四番目の言葉 五番目の言葉 六番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十一番目の言葉 十二番目の言葉 十三番目の言葉 十四番目の言葉 十五番目の言葉 十六番目の言葉 十七番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十一番目の言葉 二十二番目の言葉 二十三番目の言葉 二十四番目の言葉 二十五番目の言葉 二十六番目の言葉 二十七番目の言葉 二十八番目の言葉 二十九番目の言葉

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