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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

人間は自己を知らない生き物である。しかし、自身を知ることができなくとも、それでも他の人々をみな、自分の掌のように知っている。他人がみな自分の「検査」を通り、何かしたり言ったりする前に承認を受けているかのようで、したがって他の人全員をその心理的状態まですべて知り尽くしているようなのだ。人間はみなこのようである。人間は神の国の時代に入ったが、その本質は変わっていない。人間は、わたしの前ではまだわたしと同様に振舞うが、わたしの後ろでは自分なりの「仕事」をしているのだ。それが終わると、またわたしの前に来るのだが、まるで別人のようで、不敵なほど穏やかで、何事もなかったような顔つきで、平然としている。これこそ、人間を卑しむべきものにする点ではないのか。どれほど多くの人々が二つのまったく別の顔をもち、一つはわたしに向けられ、もう一つはわたしの後ろにあることか。どれほど多くの人間が、わたしの前では生まれたばかりの子羊のようにふるまいながら、わたしの後ろでは、凶暴なトラと変じ、それから、野辺を楽しく飛び回る小鳥のようになることだろうか。どれほどの人々がわたしの前で抱負を示したか。どれほどの人々がわたしの前に来て、わたしの言葉に渇き、これを切望しながら、わたしの後ろでは、わたしの言葉が邪魔物ででもあるかのように、それらにうんざりして、放棄していることか。じつに何度も、人類がわたしの敵により堕落させられるのを見てきたわたしは、人間に期待することを諦めた。じつに何度も、人間がわたしの前に涙ながらに赦しを乞い求めに来るのを見たが、人間の自尊心の欠如と度し難い頑固さに、たとえ本心からのもので心からそうしているとわかっていても、わたしは人間の行いに対する怒りのため、目を閉じてきたのだ。じつに何度も、わたしは人間がわたしに協力するだけの信仰をもち、わたしの前で、わたしに抱擁されて横たわり、わたしの抱擁のぬくもりを味わっているかのようであるのを見ている。じつに何度も、わたしの選んだ人々の無垢さ、活発さ、愛らしさを見て、そうした様子にいつも、心の中で喜んできた。人間は、わたしの手の中にある、あらかじめ定められた恵みを享受することを知らない。なぜなら、彼らは祝福と苦しみとが最終的にどういう意味であるのかを知らないからだ。そのため、人間は衷心からわたしを追求することができない。明日というものがないのなら、あなたがたの誰が、わたしの前に立ち、降りしきる雪のように白く、純粋なヒスイのように汚れずにいるだろうか。まことに、あなたがたのわたしへの愛は、おいしい食事や上等な衣服、あるいは、高い地位や高い給料をもらえると交換できるようなものであるだろうか。それとも、誰か他の人のあなたがたへの愛情と交換できるものなのだろうか。まことに、試練にさらされたからといって、人間がわたしへの愛を放棄することはあるだろうか。まことに、苦難と艱難にあったからといって、人間がわたしのしたことに苦情を言うことはあるだろうか。わたしの口の剣をほんとうに享受した者は、誰もいない。人間は、表面的な意味だけは知っているが、深い意味は理解していないのだ。もし人間がほんとうにわたしの剣の鋭さを見ることができたなら、ネズミのように穴に逃げ込むだろう。人間は鈍感なので、わたしの言葉の真の意味をまったく理解できない。そのため、わたしの言葉がどれほど深遠であり、またその言葉の中で自らの本質がどれほど明示され、自らの堕落のどれほどが裁きを受けているか、まるでわかっていない。このため、わたしの言葉についての生半可な理解に基づいて、たいていの人は、中途半端でいい加減な態度をとっている。

神の国では、わたしの口から言葉が発せられるだけではなく、わたしの足が地のいたるところを厳かに踏んで行く。このようにして、わたしはすべての穢れ、汚れた場所で勝利した。それによって、天が変わっていくだけではなく、地でもまた変化が進み、じき新たになる。わたしの栄光の輝きの中、宇宙のすべてが新たになり、まるで人間の想像力の作り出した天の上の天にいて、サタンに煩わされず、外からの敵の攻撃にさらされずにいるかのように、五感を恍惚とさせ、精神を高揚させる、心温まる様相を示す。宇宙の上には無数の星々が、わたしの指示により定められた位置について、闇の時に星界に光を放っている。ただの一つも反抗的な考えを抱こうとはしない。そのため、わたしの行政の本質にしたがい、全宇宙はよく管理され、完全な秩序を保つ。騒乱はけっして起きないし、宇宙の統一が破られたこともない。わたしは星々の上を飛び越え、太陽が光を放つと、その温かみを空からぬぐい取り、ガチョウの羽毛ほどもある雪をてのひらから降らせる。しかし、わたしの気が変わると、雪はみな融けて川となる。間もなく、空の下のいたるところに春が訪れ、若葉の緑が地上の風景を一変させる。わたしが大空にさまよい出ると、すぐに地上はわたしの陰のために深い闇に包まれる。何の予告もなく「夜」が訪れ、世界中がすっかり暗くなり、顔の前の手も見えないほどになる。光が消えると、人間たちはその機会を逃さず互いの破壊にとりかかり、人のものをつかみ取り、略奪する。混沌たる不協和に陥った地上の国々は、救いようのない泥流のような状態になる。人間たちは苦しみにもだえながら、嘆き、呻き、哀れな泣き声を上げ、再び光が訪れて闇の日々が終わり、かつての生命力が戻ることを願う。しかし、わたしはとうに袖をひるがえして人間から離れており、世が乱れているからといって、二度と人間を憐れまない。わたしは全世界の人間をずっと以前から嫌い、拒み、地上の有様に目を閉じ、人間のあらゆる行いやしぐさから顔を背け、人間の幼さと無垢の状態を楽しむことをやめていた。わたしはこの新たな世界がいずれ再生して、もはや沈まないようにするため、世界を新たにする別の計画にとりかかっているのだ。人間の中にあって、どれだけの異様な状態がわたしに正されるのを待っているのか、どれほどの誤りが起こるのをわたしがじきじきにやって来て防ぐのか、どれほどのごみをわたしが掃いて始末するか、どれほどの奥義をわたしが明かすのか。人間はみな、わたしを待ち、わたしの訪れることを待ち望んでいる。

地上にいるとき、わたしは人々の心の中において実際の神自身である。天では、わたしはあらゆる被造物の主である。わたしは山々に登り、川瀬を渡り、また、人間たちの間をふらりと訪れては去った。誰が実際の神である者に公然と敵対するだろう。誰が全能者の支配から独立できよう。誰がみじんの疑いもなく、わたしが天にいると断言できよう。また、わたしが地上にいると、わずかの誤りもなく誰が断言できるのか。すべての人間の中に、わたしの宿る場所について、事細かにすべてを明確に語ることのできる者は、誰一人いない。わたしが天にいるときは、超越的な神自身であるということだろうか。わたしが地上にいるときは、実際の神自身だということだろうか。わたしはあらゆる被造物の主であり、わたしは人間世界の苦しみを経験するということが、わたしが実際の神自身であるかどうかを左右できるだろうか。もし人間がそう考えるのなら、[a]それは、救いようもないほどに愚かなことではないか。わたしは天にいる。わたしはまた、地上にいる。わたしは無数の被造物の間にいて、また、無数の人々の間にもいる。人間は毎日わたしに触れることができる。そのうえ、毎日わたしを見ることもできる。人間に関する限り、わたしは時に隠れているようであり、時に目に見えるようだ。わたしは実体をもつようであり、しかし、実体がないものでもあるようだ。わたしの内には、人間には窺い知れぬ奥義が潜んでいる。人間はみな、わたしの内にさらに奥義を見つけ出し、それによって心の中の不安な思いをかき消そうと、顕微鏡でわたしを覗き込んでいるかのようだ。しかし、たとえX線透視装置を使ったところで、どうして人間にわたしの内にある秘密を発見することができようか。

わが民がわたしの働きを通して、わたしとともに栄光を得る時、その瞬間、赤い大きな竜のすみかが暴かれ、泥とごみがきれいに洗い出され、長い年月の間にたまった汚水がわたしの燃える炎で干上がり、もはや存在しなくなる。すると、赤い大きな竜は火と硫黄の池で死ぬ。あなたがたは、ほんとうに竜にさらわれないよう、わたしの愛に見守られていたいのだろうか。あなたがたは、ほんとうに竜の欺きに満ちた策略を憎んでいるのだろうか。誰がわたしのためにゆるぎない証しができるのだろう。わたしの名のために、わたしの霊のために、わたしの全経営(救いの)計画のために、誰がその身に持てる力すべてを捧げることができるのだろう。今日、神の国が人間の世界にある時こそ、わたしが自らこの人間の世界に来ているのである。これがそうでなければ、わたしの身代わりとして戦場に行けるだけの不屈な者が、誰かいるだろうか。神の国が具現化するように、わたしの心が満ち足りるように、そしてまた、わたしの日が来るように、無数の被造物が新たに生まれ、豊かに育つ時が来るように、多くの人間が苦しみの海から救われるように、明日が来るように、そして、驚くべきさまで、花開き、豊かに生い茂るように、そして、未来の享受が実現するよう、すべての人間が、わたしのために惜しみなくすべてを犠牲にして、全力で進む。それが、わたしがすでに勝利し、わたしの計画が完了したしるしなのではないか。

人間が終わりの日にとどまればとどまるほど、世のむなしさを感じ、人生を生きる勇気が弱まる。そのため、無数の人々が失望して死に、他の無数の人々が探求に失望し、また、無数の人々がサタンの手に操られて苦しんでいる。わたしは、まことに大勢の人々をしばしば救い、支えてきた。人間たちが光を失ったとき、彼らを光のある場所に移し、光の中でわたしを知り、幸福の中でわたしを享受するように手助けした。わたしの光の到来により、わたしの国に住む民の崇敬の念は増す。わたしは人間が愛す神であり、人間が愛着をもってしがみつく神だからである。そして、人間はわたしの姿について忘れがたい印象に満たされる。しかし、それが霊の働きなのか、肉の働きなのか、理解できる者は誰もいない。このことだけでも、人間が生涯を通じて事細かに体験するに十分なことなのだ。人間は、けっしてその心の奥底でわたしを嫌ったことがない。かえって、霊の奥底では、わたしにしっかりと結びついているのだ。わたしの知恵は人間の尊崇の念を高め、わたしの行う不思議はその目を楽しませ、わたしの言葉は人間には計り知れないものであるが、それでも人間は、それらを心から愛しているのである。わたしの実際は人間を呆然とさせ、驚かせ、戸惑わせるが、それでも人間はすべてを進んで受け入れる。これこそが、人間の実際の背丈なのではないか。

1992年3月13日

脚注:

a. 原文では「この場合」とある。

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神の現れによる新時代の到来 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神の経営の中でだけ人は救われる 七つの雷が轟く -- 神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言 救い主はすでに「白い雲」に乗って戻って来た あなたがイエスの霊のからだを見る時は、神が天と地を新しくした時である キリストに味方しない者は確実に神の敵だ 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない キリストと融和する道を探せ あなたは本当に神を信じているのか キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 神は全人類の運命を支配する 全能者のため息 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 完全にされた人々への約束 悪人は罰せられなければならない 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 千年神の国は訪れた 実践的な神は神自身であることを知るべきである 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) すべてが神の言葉によって達成される(前半) すべてが神の言葉によって達成される(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 神を知る者だけが、神の証人となることができる ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる 三位一体は存在するのか(前半) 三位一体は存在するのか(後半) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 将来の使命にどのように取り組むべきか 神について何を理解しているのか 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 呼び名と身分について(前半) 呼び名と身分について(後半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の働きと人の働き (後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 神と人は共に安息に入る(パート2) 神と人は共に安息に入る(パート3) 祈りの実践について 新時代の戒め 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋( パート1) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋 (パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート3) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート4) 神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 パート1 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 (パート2) 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋( パート3) 四番目の言葉 五番目の言葉 六番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十一番目の言葉 十二番目の言葉 十三番目の言葉 十四番目の言葉 十五番目の言葉 十六番目の言葉 十七番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十一番目の言葉 二十二番目の言葉 二十三番目の言葉 二十四番目の言葉 二十五番目の言葉 二十六番目の言葉 二十八番目の言葉 二十九番目の言葉 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている (後半) 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている(前半) 地上の神をどのように知るか 神の働きを経験する者のみが真に神を信じる 完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 二十七番目の言葉

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