日々の神の御言葉: 神の三段階の働き | 抜粋 14
聖霊の働きの各段階は、人間の証しも必要とする。働きの各段階は、神とサタンとの戦いであり、その戦いの対象はサタンである一方、その働きによって完全にされるのは人間である。神の働きが実を結ぶかどうかは、人間がどのように神の証しを行なうかによって決まる。この証しは、神に従う者に対して神が…
創造の時から今日まで、この最後の集団ほどに神の恵みと憐れみを享受した集団は他になかったと言えるだろう。最後の段階では、神は裁きと刑罰の業を行い、威厳と怒りによって業を行っているが、ほとんどの場合神は業を成し遂げるために言葉のみを用いる。言葉により教え、育て、施し、養うのである。その間神の怒りはずっと隠されており、神の言葉の中に神の怒りの性質を体験する場合を除いては、神の怒りを実際に体験したことのある人はほとんどいない。つまり、神の裁きと刑罰の業が行われている間、神の言葉の中に現されている神の怒りによって人々が神の威厳と人間の悪に対する不寛容さを経験することはできるが、神の怒りはその言葉以上のものにはならないのである。言い換えれば、神は言葉を用いて人を戒め、暴き、裁き、罰し、責めることすらするのである。しかし神はまだ人間に深い怒りを持っておらず、そして言葉以外に人間に対する怒りを発したことはほとんどないのである。したがって、この時代に人間が経験した神の憐れみと慈愛も、神の真の性質の現れである一方で、人間が経験した神の怒りは単に神の言ったことと口調の影響に過ぎないのである。多くの人がこの影響を神の怒りの真の経験と認識だと誤解している。その結果、ほとんどの人々が神の言葉の中に神の憐れみと慈愛、そして人間の罪に対する神の不寛容を見たと信じており、ほとんどの人々が神の人間に対する憐れみと寛容を知ったとさえ思っている。しかし人間の行いがどれだけ悪かったとしても、どれだけ人間の性質が堕落していたとしても、神はいつでもそれに耐えてきた。神が忍耐する目的は、自身の語った言葉、神が注いだ労苦、神が払った代価が、神が勝ち取りたいと願っている人々の中に効果をもたらすことである。このような結果の達成には時間がかかる。また人間のために違う環境を用意する必要もある。人が生まれてすぐ大人になることがなく、成熟した本当の大人なるまでに18年から19年かかり、20年から30年かかる人もいるのと同様に、である。神はこの過程の完了を待っており、そのような時が来るのを待っている。そしてその結果を見るのを待っているのである。そしてその待っている間、神はとても憐れみ深いのである。しかしながら神の業のこの期間に、極めて少ない人数の人々は滅ぼされ、また重大な反抗のゆえに罰を受けた人々もいる。そのような例は、神の悪に対する手厳しい性質のより確かな証明でもあり、そしてまた神が選んだ人々に対しての寛大さと忍耐強さの真性の証明である。もちろん、このような典型的な例では、神のこれらの人々に現す性質が、神の全体的な計画に影響することはない。事実、この神の業の最終段階では、神は待ち続けていたその間ずっと耐え続けてきたのであり、神に従う者の救いのため、その忍耐と命を引き換えにしたのである。このことが理解できるだろうか。神は理由なく計画を覆さないのだ。神は怒りを爆発させることもできるし、憐れみ深くいることもできるのである。これが神の性質の現れにおける2つの主要な部分である。はっきりわかるだろうか、あるいははっきりしていないだろうか。別の言葉で言えば、神に関して言えば、善悪、正と不正、肯定的なものと否定的なものの全ては人間に対してはっきり示されているのである。神が行い、好み、また嫌うもの――これらのことは全て神の性質の直接的な反映となりえる。このようなことは神の業にわかりやすく明確に見ることができ、そして不明瞭であったり概要的であったりすることはない。むしろ、これらのことは全ての人々が神の性質と神であることを、揺らぎない、真実性のある、具体的な形でしっかり見ることを可能にする。これが本当の神自身なのである。
『神を知ることについて』「神の働き、神の性質、そして神自身 2」(『言葉』第2巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
聖霊の働きの各段階は、人間の証しも必要とする。働きの各段階は、神とサタンとの戦いであり、その戦いの対象はサタンである一方、その働きによって完全にされるのは人間である。神の働きが実を結ぶかどうかは、人間がどのように神の証しを行なうかによって決まる。この証しは、神に従う者に対して神が…
サタンの「特別」な身分のために、サタンが様々な側面において表示する内容に対して、多くの人々が強い関心を寄せるようになる。なかには、サタンは奇跡を起こすことや、人間には不可能なことができるのであるから、サタンにも神と同様に権威がある、と信じている愚かな人々もいる。そうしたわけで…
創造主の統治を知る機会を逃してはならない 人生を構成する数十年間は短くも長くも無い。出生から成人までの20年余りは一瞬にして過ぎ去り、人生のこの時点で成人とみなされるものの、この年頃の人間は、人生や人間の運命に関して、ほぼ何も知らない。多くの経験を重ねながら、次第に中年期へと移…
神の性質が人間に隠されたことはない――人間の心が神から離れたのである 創造の時以来、神の性質は神の業の段階と調和している。人間に隠されていたことはなく、むしろ完全な形で公に現されており、また人間がわかるような平易な形で現されている。それでも、時が経つと共に、人間の心はこれまで…