日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 161

今は終わりの日における神の働きの時となり、神はもはや最初のように恵みと祝福を人間に与えるのみではなく、また人間をなだめることもありません。この働きの間に、人間は経験した神の働きのあらゆる側面から何を認識したでしょうか。人間は、神の愛と神の裁きと刑罰を認識したのです。この時、神は人間にさらに施し、支援し、啓き、導き、人間は次第に神の意図と語られる言葉、そして神が人間に与える真理を理解するようになります。人間が弱く、落胆し、よりどころとするものを失った時、神は言葉により人間を慰め、忠告し、励ますので、霊的背丈の小さな人間は次第に自分の力を見出し、前向きに立ち上がることができ、神と協力することを望むようになります。しかし、人間が神に従わなかったり、神に抵抗した場合、あるいは自分自身の堕落を表した場合、神は容赦なくそうした人々を懲らしめ鍛錬します。しかし、人間の愚かさ、無知さ、弱さ、未熟さに対し、神は寛容と忍耐を示します。このように、神が人間に対して行う全ての働きにより、人間は次第に成熟し、神の意図や真理の一部を知り、肯定的な物事や否定的な物事、邪悪とは何か、闇とは何かを知るようになります。神は人間を常に懲らしめ、鍛錬するとは限らず、また常に寛容と忍耐を示すとは限りません。むしろ、神は各人に対し、異なる方法で、様々な段階において、人間の様々な霊的背丈や能力に応じて施すのです。神は、人間に対して多くのことを行い、大きな代償をはらいます。人間はその代償や業を認識することは無いものの、神のすることはすべて人間ひとりひとりに対して実際に行われています。神の愛は実在します。神の恵みにより、人間は災害を次々と回避する一方で、人間の弱さには、神は何度となく寛容を示します。神の裁きと刑罰により、人間は人類の堕落とサタンのような本質を次第に認識するようになります。神が与える物事、神が人間の目を開くこと、そして神による導きにより、人間は、真理の本質、人間に必要な物事、自分が進むべき道、人生の目的、自分の人生の価値と意味、将来へと進む方法をますます知ることができるようになります。こうした神の業は、神の唯一の元来の目的と不可分です。それでは、その目的とは何でしょうか。

 神がそのような方法で人間に対する働きを行うのは、何故でしょうか。神はどのような結果を実現しようとしているのでしょうか。言い換えれば、神は人間に何を見、人間から何を得たいのでしょうか。神は、人間の心が蘇ることを見たいのです。神がこのようにして人間に対して働きを行うのは、継続的に人間の心を目覚めさせ、霊を目覚めさせ、人間がどこから来たのか、人間を導き、支え、また人間に与え、人間の存在を現在まで維持しているのは誰かを認識させるためであり、創造主は誰であるか、誰を礼拝すべきか、人間はどのような道を歩むべきか、人間はどのようにして神の前に来るべきかを人間に認識させるためです。こうした方法が用いられるのは、人間が神の心を知り、理解し、神の人間を救う働きの背後にある大いなる慈しみと思いを理解するように、人間の心を次第に蘇らせるためです。人間の心が蘇ると、人間は退廃し堕落した性質の生活を送ることを望まなくなり、その代わりに神が満足する真理を求めることを望むようになります。人間の心が目覚めると、人間はサタンと完全に訣別できるようになり、サタンによる危害を受けなくなり、サタンにより支配されることも騙されることも無くなります。その代わりに、人間は神の働きと言葉に積極的に協力して神の心を満足させることができ、神を畏れ、悪を避けることができるようになります。これが神の働きの元来の目的です。

『神を知ることについて』「唯一無二の神自身 6」(『言葉』第2巻)より

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