日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 153
サタンが人を堕落させるために用いる方法は人類に何をもたらしますか。それに何か肯定的なものはありますか。まず、人間は善と悪を区別できますか。あなたも知っているとおり、この世界においては、それが偉人であれ何かの雑誌であれ、それがこれこれは良い、これこれは悪い、と言いますが、それは正確…
あなたたちは神の働きのビジョンを知り、神の働きが一般的にどの方向に向かっているかを把握しなければいけない。これが正しくいのちの道に入るということだ。ひとたびビジョンの真理を正確に理解したなら、あなたがその過程を歩み始めるのは確かである。神の働きがどのように変化しようと、あなたの心は堅固で、明確なビジョンをもち、成長と追求の目標を持つことになる。そのようにして、あなたの内の経験と認識のすべてがより深くなり、さらに練られる。ひとたびこの全体像を完全に把握すれば、あなたは、いのちにおいて何も失わない。また、あなたは失われることがない。こうした働きの段階を知らないでいれば、あなたはそのどれも失う。あなたはほんの数日だけで方向転換することはできない。たとえ数週間経っても正しい進路に戻ることはできないだろう。それは、後退することではないのか。あなたたちが身につけるべき、よい行いや習慣は、たくさんある。だからあなたは、神の働きのビジョンについて次のような幾つかの点を把握していなければならない。即ち、神の征服の働きの意義、将来完全にされるための道、試練や患難を経験することによって何が達成されなければならないか、裁きと刑罰の意義、聖霊の働きの原則、完全になることと征服の原則などである。こうしたことはみな、ビジョンの真理である。その他のことは、働きの三つの段階、つまり、律法の時代、恵みの時代、神の国の時代、と将来の証しである。これらもまた、ビジョンに関する真理であり、最も基本的であるとともに、最も大事なことである。現在のところ、あなたたちが入るべきことと実践すべきことはあまりに多い。そしてそれらは今、重層的でより詳細になっている。もしあなたがこれらの真理について何の認識も持っていなければ、それは、あなたがまだ入っていない証拠だ。たいていの場合、人間の真理についての認識はあまりに浅く、ある種の基本的な真理を実践することができず、ほんの些細なことでさえどう対処すればよいのか分からない。人間が真理を実践できないのは、その反抗的な性質のためであり、また、今日の働きについての認識があまりに表面的で一面的だからだ。これでは人間が完全にされるのは、容易なことではない。あなたの反抗心は強すぎて、古い自己をあまりにも多くもち続けている。あなたは真理の側に立つことができないし、最も明らかな真理も実践できない。このような人間は救われないし、また、まだ征服されていない人々なのだ。もしあなたの過程に詳細も目標も欠けているなら、あなたの成長は遅々として前へ進まないだろう。もしあなたの成長の過程にほんのわずかの現実性もなければ、あなたの努力は虚しく終わるだろう。もしあなたに真理の実質内容が分かっていないのなら、何も変わらないままだろう。人間のいのちの成長と人間の性質の変化はみな、現実に入ることによるのであり、さらに、詳細な経験に入ることによるのだ。もしあなたが、成長の過程に多くの詳しい経験をし、実際の認識と成長の過程を豊かに持つなら、あなたの性質は速やかに変化する。たとえあなたが、今のところ実践においてそれほど目が開かれていなくとも、少なくとも、働きのビジョンについて明察を得ていなければならない。もしそうでなければ、あなたは入ることができない。まず初めに真理についての認識がなければ、そうすることはできない。聖霊があなたの経験の中で導き示してはじめて、あなたは真理についてより深い理解を得て、より深く入れる。あなたたちは神の働きを知らなければならない。
『神の出現と働き』「受肉した神の職分と人間の本分の違い」(『言葉』第1巻)より
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現在の征服の働きは、人間の結末がどのようになるかを明らかにすることを意図する。なぜわたしは今日の刑罰と裁きは、終わりの日における大いなる白い玉座の前での裁きだと言うのか。あなたにはこれがわからないのか。なぜ征服の働きは最終段階なのか。これはまさしく、それぞれの種類の人間が最後にど…
全能神よ!栄光ある体が公に出現し、聖なる霊体が現れ出る。彼こそが完全なる神自身なのだ。この世も肉も変えられる。山上における彼の変容は神の本体である。彼は頭に金の冠を戴き、その衣は真っ白で、胸に金の帯を締めている。世界のすべては彼の足台である。目は燃える炎のようで、口からは鋭い諸刃…
今、人々は肉をもつものを手放すことができない。彼らは、肉の楽しみを放棄できず、この世、金銭、堕落した性質をも捨てることができない。大多数の人はいい加減に追求している。実は、このような人々は、心の中に全く神を持っていない。まして、彼らは神を恐れない。彼らは心の中には神を持たない…