日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 5
本物の被造物は創造主が誰か、人間はなぜ創造されたか、被造物としてどう責任を果たすか、万物の創造主をどう礼拝するかを知り、創造主の心、望み、要求を理解し、把握し、知り、大切に扱わなければならない。そして創造主の道、つまり神を畏れ、悪を避ける道に従って行わなければならない。 神を畏…
聖霊の働きはさまざまな種類の人や多くの異なる条件によって達成され、完成される。肉となった神の働きは一つの時代全体の働きを表わすことができ、一つの時代全体に人が入っていくことを表すことができるが、人の入りに関する詳細に作用する働きはやはり、肉となった神ではなく、聖霊に用いられている人が行う必要がある。つまり、神の働き、あるいは神自身の職分は肉となった神の働きであって、神の代わりに人が行うことはできない。聖霊の働きは多くの異なる種類の人を通して完成される。ただ一人の人が全体を達成したり、完全に表したりすることはできない。教会を導く人たちも完全に聖霊の働きを表すことはできない。彼らは指導的働きがいくらかできるだけである。このように、聖霊の働きは三つの部分、すなわち、神自身の働き、用いられている人たちの働き、聖霊の流れの中にいるすべての人に作用する働きに分けることができる。神自身の働きは時代全体を導くことである。用いられている人たちの働きは、神が働きを行った後に送り出されたり、任務を受けたりすることによって神の追随者全員を導くことであり、彼らは神の働きに協力する人である。流れの中にいる人たちに作用する聖霊の働きは、その働きをすべて維持すること、すなわち、経営全体と証しを維持し、それと同時に完全にされることのできる人たちを完全にすることである。これら三部分が一緒になって聖霊の完全な働きとなるが、神自身の働きがなければ、経営の働きはすべて停滞してしまうであろう。神自身の働きは全人類の働きを含み、時代全体の働きも表す。すなわち、神自身の働きは聖霊の働きにおけるあらゆる動態と傾向を表す一方で、使徒の働きは神自身の働きの後に来てそれに続き、時代を導くことも一つの時代全体における聖霊の働きの傾向を表すこともない。彼らは人がなすべき働きをするだけで、それは経営の働きとは何の関係もない。神自身の働きは、経営の働き内の事業である。人の働きは用いられている人たちの本分でしかなく、経営の働きとは何の関係もない。正体と働きの表すものが異なるため、どちらも聖霊の働きであるという事実にもかかわらず、神自身の働きと人の働きの間には明確で実質的な違いがある。さらに、異なる正体をもつ対象への聖霊の働きの程度もさまざまである。これらが聖霊の働きの原則と範囲である。
『神の出現と働き』「神の働きと人の働き」(『言葉』第1巻)より
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今こそ、わたしは一人一人のために終わりを決めるときであり、人に働きかける段階ではない。わたしの手帳にひとりひとりの言葉や行動、わたしに従った道、本来の属性や最後の行いなどを書き留める。こうすることで、どのような人であってもわたしの手から逃れることはなく、あらゆる人たちはわたしが定…
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わたしの光の中に、人々は再び光を見る。わたしの言葉の中に、人々は自分が享受するものを見つける。わたしは東方から来た。わたしは東方より出ず。わたしの栄光が輝く時、あらゆる国が光で照らされ、すべてに光がもたらされ、何ひとつ暗闇に留まることはない。神の国では、神とともに生きる神の民の生…