日々の神の御言葉: 終着点と結末 | 抜粋 585
今こそ、わたしは一人一人のために終わりを決めるときであり、人に働きかける段階ではない。わたしの手帳にひとりひとりの言葉や行動、わたしに従った道、本来の属性や最後の行いなどを書き留める。こうすることで、どのような人であってもわたしの手から逃れることはなく、あらゆる人たちはわたしが定…
人々が本当に、人生の正しい道と神による人類の経営(救い)の目的とを明確に理解できるなら、個人的な将来や運命を宝として心に抱くことはないだろう。そして豚や犬よりも劣る両親に仕えたいとはもう思わなくなるだろう。人の将来や運命はまさに、ペテロのいわゆる「親」の現代版ではないか。それはまさに人の身内のようなものだ。肉の終着点や将来とは、一体どんなものなのか。生きながら神を見ることなのか、あるいは死後に魂が神と出会うことなのか。肉は明日患難の巨大な炉に落ちるのか、あるいは大火で尽きることになるのか。人の肉が不幸や苦しみを被るのかどうかに関するこのような問いは、この流れの中にあって、頭脳と分別をもつ人がもっとも関心を寄せているものではないのか。(ここで、苦しみを被るとは祝福を受け取ることであり、将来の試練が人の終着点にとって有益であることを意味している。不幸とは堅く立てないことや惑わされること、あるいは不運な状況に見舞われて災害のさなかで命を落とし、その魂に適切な終着点がないことを意味する)。人は健全な理知を持っているが、おそらく人の考えることは、彼らの理知に備わっているべきものと完全には一致していないのだ。それは、人が皆相当混乱していて、物事に盲目に従っているからである。人はみな自分が何に入るべきかを完全に把握していなければならないし、特に患難の時(つまり炉における精錬の間)何に入るべきなのか、そして火の試練の際に何を備えているべきなのか整理しておかねばならない。豚や犬のような、蟻や虫よりも劣る両親(すなわち肉)に、いつも仕えることはやめなさい。それについてくよくよと悩み、必死に考え、頭を悩ませることに何の意味があるのか。肉はあなたに属しておらず、神の手の中にある。神はあなたを管理するだけでなく、サタンをも支配している。(これは肉がもともとサタンに属しているということだ。サタンも神の手中にあるのだから、このようにしか表現できない。そのほうが説得力があるからだ。それは人が完全にサタンの支配下にあるわけではなく、神の手の中にあることを示唆している。)あなたは肉の苦しみの下で生きているが、肉はあなたに属しているだろうか。あなたの支配下にあるだろうか。なぜそのようなことに頭を悩ませるのか。とうの昔に断罪されて呪われ、汚れた霊によって汚された、悪臭を放つ肉のために、執拗に神に嘆願するのはなぜなのか。何の必要があっていつもサタンの仲間をそんなにも大事にするのか。肉があなたの実際の未来や素晴らしい希望、そして人生の真の終着点を、台無しにする可能性があることは心配しないのだろうか。
『神の出現と働き』「働きと入ること(8)」(『言葉』第1巻)より
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今こそ、わたしは一人一人のために終わりを決めるときであり、人に働きかける段階ではない。わたしの手帳にひとりひとりの言葉や行動、わたしに従った道、本来の属性や最後の行いなどを書き留める。こうすることで、どのような人であってもわたしの手から逃れることはなく、あらゆる人たちはわたしが定…
創造主による統治を受け、安らかに臨終を迎える ある者が生まれた時、孤独な魂は、創造主がその魂のために計画した、地上での生活経験、創造主の権威の経験を始める。その者すなわちその魂にとって、これが創造主による統治に関する認識を得て、創造主の権威を知り、それを自分で経験する格好の機会で…
人間が神を信じ、愛し、そして満足させる方法というのは、自分の心で神の霊に触れ、それによって神の満足を獲得すること、そして自分の心で神の言葉に接し、神の霊に感動することである。正常な霊的生活を実現させ、神との正常な関係を築きたいと願うなら、まずは自分の心を神に捧げなければならない。…
さて、あなたは、なぜあなたがわたしを信じるか本当に知っているだろうか。あなたはわたしの働きの目的と意義を本当に知っているだろうか。あなたは自分の本分を本当に知っているだろうか。あなたはわたしの証しを本当に知っているだろうか。もしあなたが単にわたしを信じ、わたしの栄光もわたしの…