日々の神の御言葉: 終着点と結末 | 抜粋 588
人は今日の働きも将来の働きも多少理解できるが、自らの終着点を理解していない。被造物として、人はその本分を果たすべきである。つまり、人は何をする場合にも神に従うべきで、わたしがあなたがたに示す方向がどのようであれ、その方向に進むべきである。あなたは自分のための取り計らいの方法を知ら…
当時のイエスは、その発言も働きも教理には固執しなかった。そして旧約の律法に従って働くこともしなかった。それは、恵みの時代に行われるべき働きに従っていたのである。イエスは、自分の働きをするために自ら働き、自らの計画に沿って働き、自らの任務を遂行した。旧約聖書の律法に従っては働かなかった。イエスの働きで旧約の律法に基づいたものはひとつもなかった。また、イエスは預言者の言葉を実現させるためにこの世に来て働いたのでもなかった。神の働きのどの段階も、特に昔の預言者の預言を成就させるためのものではなく、教理に従うため、あるいはわざわざ預言者の言葉を実現させるために来たのでもなかった。だが彼の行ったことが古い預言者の言葉を混乱させることはなく、自身の過去の働きの妨げとなることもなかった。神の働きの際だった点は、いかなる教理にも縛られずに、自身がすべき働きをしたことである。彼は預言者でも先見者でもなく、行動の人であり、自身のすべき働きをするために実際にこの世に来、自身の新しい時代を切り開き、新しい働きを実行するために来たのである。もちろん、イエスがその働きのために来たとき、多くの旧約の古い預言者の言葉を成就させてもいる。今日の働きも旧約の古い預言者の預言を実現させている。ただ単にわたしはその古くなった暦を取り上げることがないというだけのことだ。わたしには他にすべきことがあり、語るべきこともある。そしてそれらのすべきことと語るべきことは聖書の句を説明するより遥かに重要な事である。というのは、そのようなことはあなた方にはさほど意味も価値もなく、あなた方の助けにならず、あなた方に変化をもたらすこともないからだ。わたしは聖書に書かれたことを成就するために新しい働きをするのではない。もし神が聖書の中の古い預言者の言葉を成就するためだけに、この地上に来たのなら、受肉した神と古い預言者たちのどちらが偉大なのだろう。結局のところ、預言者たちが神を支配しているのか、それとも神が預言者たちを支配しているのか。あなたは、これらの言葉をどのように説明するつもりか。
『神の出現と働き』「呼び名と身分について」(『言葉』第1巻)より
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人は今日の働きも将来の働きも多少理解できるが、自らの終着点を理解していない。被造物として、人はその本分を果たすべきである。つまり、人は何をする場合にも神に従うべきで、わたしがあなたがたに示す方向がどのようであれ、その方向に進むべきである。あなたは自分のための取り計らいの方法を知ら…
あなたがたは自分が今身に付けるべきことを知っているのか。その一面は働きについてのビジョンに関わっており、もう一つの面が実践だ。あなたがたはこの両方の側面を把握する必要がある。いのちの進歩を追求する際にビジョンを持っていなければ、あなたには基盤がないことになる。ただ実践の道だけを…
はじめに神はアダムとエバを創造し、また蛇も創造した。全ての被造物の中で、蛇は最も有毒だった。その体は毒を含み、サタンはその毒を利用した。エバを誘惑し罪に落とし入れたのは蛇だった。アダムはエバが罪を犯した後に罪を犯した。そして2人はそれから善と悪の区別ができるようになった。蛇が…
聖書にあることがみな、神が自ら語った言葉の記録というわけではない。聖書はただ、神の働きのうち以前の二段階を記載しているに過ぎない。その一部は預言者たちによる預言の記録で、別の一部は各時代で神に用いられた人々の経験と認識である。人間の経験には人間の意見や認識が紛れ込んでいるが、それ…