日々の神の御言葉: 終わりの日における裁き | 抜粋 87
神はどのような手段で人を完全にするのか。それは神の義なる性質によって成し遂げられる。神の性質はおもに義、怒り、威厳、裁き、呪いから成り立っており、神はおもに裁きという手段で人を完全にする。中にはそれが理解できず、なぜ神は裁きと呪いによってしか人を完全にできないのかと問う人がいる。…
当時のイエスは、その発言も働きも教理には固執しなかった。そして旧約の律法に従って働くこともしなかった。それは、恵みの時代に行われるべき働きに従っていたのである。イエスは、自分の働きをするために自ら働き、自らの計画に沿って働き、自らの任務を遂行した。旧約聖書の律法に従っては働かなかった。イエスの働きで旧約の律法に基づいたものはひとつもなかった。また、イエスは預言者の言葉を実現させるためにこの世に来て働いたのでもなかった。神の働きのどの段階も、特に昔の預言者の預言を成就させるためのものではなく、教理に従うため、あるいはわざわざ預言者の言葉を実現させるために来たのでもなかった。だが彼の行ったことが古い預言者の言葉を混乱させることはなく、自身の過去の働きの妨げとなることもなかった。神の働きの際だった点は、いかなる教理にも縛られずに、自身がすべき働きをしたことである。彼は預言者でも先見者でもなく、行動の人であり、自身のすべき働きをするために実際にこの世に来、自身の新しい時代を切り開き、新しい働きを実行するために来たのである。もちろん、イエスがその働きのために来たとき、多くの旧約の古い預言者の言葉を成就させてもいる。今日の働きも旧約の古い預言者の預言を実現させている。ただ単にわたしはその古くなった暦を取り上げることがないというだけのことだ。わたしには他にすべきことがあり、語るべきこともある。そしてそれらのすべきことと語るべきことは聖書の句を説明するより遥かに重要な事である。というのは、そのようなことはあなた方にはさほど意味も価値もなく、あなた方の助けにならず、あなた方に変化をもたらすこともないからだ。わたしは聖書に書かれたことを成就するために新しい働きをするのではない。もし神が聖書の中の古い預言者の言葉を成就するためだけに、この地上に来たのなら、受肉した神と古い預言者たちのどちらが偉大なのだろう。結局のところ、預言者たちが神を支配しているのか、それとも神が預言者たちを支配しているのか。あなたは、これらの言葉をどのように説明するつもりか。
『神の出現と働き』「呼び名と身分について」(『言葉』第1巻)より
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神はどのような手段で人を完全にするのか。それは神の義なる性質によって成し遂げられる。神の性質はおもに義、怒り、威厳、裁き、呪いから成り立っており、神はおもに裁きという手段で人を完全にする。中にはそれが理解できず、なぜ神は裁きと呪いによってしか人を完全にできないのかと問う人がいる。…
あなた方はみな神の前で報いを受け、神の目に喜ばしく映る対象となれれば嬉しいだろう。それは、人が神を信じるようになった後、誰もが望むことである。人は一途に更なる高みを目指し、他の人に劣ることを喜ばないからである。人はみなこのようである。正にこのような理由から、あなた方の多くは、いつ…
神が語るとき、ただちに受け取り、自分のものとするために食べるべきだ。どれほど理解していようと、今糧としようとしているものをしっかりと捉え、理解し、神の言葉を実践する。それが、あなたのするべきことだ。自分がどれほど霊的に成長するかを心配することはない。ただ神の言葉を食べることに集中…
あなたは数多くの失敗や弱さを経験し、消極的な状態に何度も陥ったが、それはすべて神の試練だと言える。なぜなら、あらゆることは神に由来し、すべての物事や出来事も神の掌中にあるからである。あなたが失敗しようが、弱かろうが、躓こうが、そのすべては神次第であり、神の手の内に握られている。神…