日々の神の御言葉: 聖書にまつわる奥義 | 抜粋 280
わたしは人々の間で多くの働きをしてきた。わたしがその間に発した言葉は数多くある。これらの言葉は人間の救済のためで、人間がわたしと融和するようにと発したものである。しかし、わたしと融和する者は、地上ではほんの数名しか得ていない。だから、人間はわたしの言葉を重んじないとわたしは言う。…
当時のイエスは、その発言も働きも教理には固執しなかった。そして旧約の律法に従って働くこともしなかった。それは、恵みの時代に行われるべき働きに従っていたのである。イエスは、自分の働きをするために自ら働き、自らの計画に沿って働き、自らの任務を遂行した。旧約聖書の律法に従っては働かなかった。イエスの働きで旧約の律法に基づいたものはひとつもなかった。また、イエスは預言者の言葉を実現させるためにこの世に来て働いたのでもなかった。神の働きのどの段階も、特に昔の預言者の預言を成就させるためのものではなく、教理に従うため、あるいはわざわざ預言者の言葉を実現させるために来たのでもなかった。だが彼の行ったことが古い預言者の言葉を混乱させることはなく、自身の過去の働きの妨げとなることもなかった。神の働きの際だった点は、いかなる教理にも縛られずに、自身がすべき働きをしたことである。彼は預言者でも先見者でもなく、行動の人であり、自身のすべき働きをするために実際にこの世に来、自身の新しい時代を切り開き、新しい働きを実行するために来たのである。もちろん、イエスがその働きのために来たとき、多くの旧約の古い預言者の言葉を成就させてもいる。今日の働きも旧約の古い預言者の預言を実現させている。ただ単にわたしはその古くなった暦を取り上げることがないというだけのことだ。わたしには他にすべきことがあり、語るべきこともある。そしてそれらのすべきことと語るべきことは聖書の句を説明するより遥かに重要な事である。というのは、そのようなことはあなた方にはさほど意味も価値もなく、あなた方の助けにならず、あなた方に変化をもたらすこともないからだ。わたしは聖書に書かれたことを成就するために新しい働きをするのではない。もし神が聖書の中の古い預言者の言葉を成就するためだけに、この地上に来たのなら、受肉した神と古い預言者たちのどちらが偉大なのだろう。結局のところ、預言者たちが神を支配しているのか、それとも神が預言者たちを支配しているのか。あなたは、これらの言葉をどのように説明するつもりか。
『神の出現と働き』「呼び名と身分について」(『言葉』第1巻)より
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わたしは人々の間で多くの働きをしてきた。わたしがその間に発した言葉は数多くある。これらの言葉は人間の救済のためで、人間がわたしと融和するようにと発したものである。しかし、わたしと融和する者は、地上ではほんの数名しか得ていない。だから、人間はわたしの言葉を重んじないとわたしは言う。…
こう聞く人もいるだろう。「受肉した神によってなされる働きと、昔の預言者や使徒のそれとでは、何が違うのか。」ダビデは主と呼ばれていたし、イエスもそう呼ばれていた。二人の働きは違ったが、呼ばれ方は同じだった。「それなのに、なぜふたりの身分は同じではなかったのか」とあなた方は聞くだろう…
神は万物を造り、それらの境界を定め、その中であらゆる生物を養いましたが、一方で人類のための様々な生存手段も用意したので、人間が生き延びる方法は一つだけでなく、生存環境も一種類だけでないことがわかります。先ほど、神が人間のために様々な食料や水源を用意したことについて話しましたが、そ…
これで裁きとは何か、真理とは何かを理解できたか。もし理解できたなら、あなたが裁きに従うよう熱心に勧める。さもなければ、神に賞賛されることも、神にその国に連れて行ってもらうことも決してないのだ。裁きは受け入れるが清められることのない者、すなわち裁きの働きの最中に逃げ出すような者…