日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 513
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神が肉となるのは、ひとえに時代を導き、新しい働きを始動させるためである。あなたがたはこの点を理解しなければならない。これは人の役割と大きく異なり、この二つを同じように語ることはできない。人は長期にわたって養育され、完全にされる必要があり、それからようやく働きを行なうために用いられることができる。そして必要とされる人間性は、ひときわ高次のものである。人間は普通の人間性の理知を維持できなければならないだけでなく、他人との関係における行動を司る数多くの原則や規則をさらに理解し、その上、人の知恵や道徳についてさらに多くを学ばなければならない。これが、人が備えるべきものである。しかし、受肉した神にそれは当てはまらない。と言うのも、神の働きは人を表わさず、人の働きでもないからである。むしろ、それは神自身の直接的表現であり、神がなすべき働きを直接的に遂行することである(当然、神の働きはしかるべき時に行なわれ、気軽に、あるいは無作為に行なわれるのではなく、神の職分を全うするべき時に始められる)。神は人の生活や人の働きに関与しない。つまり、神の人間性はこれらのどれも備えていない(しかし、それが神の働きに影響することはない)。神はそうすべき時に自身の職分を全うするだけである。自身の地位が何であっても、神はすべき働きをただ進めるだけである。人が神について何を知っていようと、あるいは神についての意見が何であろうと、神の働きはまったく影響されない。例えば、イエスが働きを行なったとき、彼が何者かを知る人はおらず、イエスはただ自身の働きを進めるだけだった。それはどれも、イエスがなすべき働きを行なう際に彼を妨げなかった。よって、当初イエスは自身の身分を告白することも、宣言することもなく、ただ人を従わせた。当然、これは神の謙虚さだけではなく、神が肉において働く方法でもあった。神はこの方法でしか働きを行なうことができなかった。と言うのも、人には裸眼で神を認識する術がなかったからである。また、たとえ神を認識していたとしても、人には神の働きを助けることなどできなかっただろう。さらに、神が肉になったのは、人が神の肉体を知るようになるためではなかった。それは働きを行ない、職分を全うするためである。この理由で、神は自身の身分を公にすることに重点を置かなかったのである。神がなすべき働きをすべて完成させたとき、神の身分と地位はどれも自然と人に対して明らかになった。受肉した神は沈黙を守り、決して何も宣言しない。神は人のことや、人が神に従う中でどのように対処しているかなどは気にも留めず、ひたすら前進して自分の職分を果たし、なすべき働きを実行するだけである。誰も神の働きに立ちはだかることはできない。神が働きを終える時になると、それは必ずや終結し、終わりになる。それに反する指示を出せる者はいない。神の働きが完成されてすぐ、神が人のもとを去ってはじめて、まだ完全に明確ではないにしても、神が行なう働きを人は理解するのである。そして、神が最初に働きを行なった際の意図を人が完全に理解するには、長い時間がかかる。言い換えると、受肉した神の時代の働きは二つの部分に分けられる。一つは受肉した神自身の肉体が行なう働きと、受肉した神自身の肉体が語る言葉から成っている。ひとたび神の肉体の職分が完全に成就されると、働きの別の部分は、聖霊に用いられる人によって実行されるのを待つ。それが、人が自分の役目を果たすべき時である。なぜなら、神はすでに道を開いており、人間自身がそれを歩まなければならないからである。つまり、肉となった神は働きの一部を行ない、次いで聖霊と、聖霊によって用いられる人たちがその働きを引き継ぐのである。ゆえに人は、肉となった神がこの段階でおもに行なう働きについて、それに必要なことを知らねばならない。また、肉となった神の意義とは何か、神がなすべき働きは何かを理解しなければならず、人への要求に合わせて神に要求してはならない。ここに人の過ち、観念、またそれ以上に不従順があるのである。
『神の出現と働き』「受肉の奥義(3)」(『言葉』第1巻)より
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