日々の神の御言葉「完全にされる者は精錬を経なければならない」抜粋511

2020年9月26日

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あなたが神を信じているのであれば、神に従い、真理を実践し、自分の本分をすべて尽くさなければならない。それに加えて、自分が経験すべき物事を理解しなければならない。単に取り扱い、懲らしめ、そして裁きを経験するだけで、神を享受することはできても、神があなたを鍛えたり取り扱ったりしている際、それを感じられないままでいるなら、それは受け入れ難いことである。あなたはおそらく、こうした精錬に臨むとき、しっかり立つことができるだろうが、それだけではまだ十分ではない。あなたは前進し続けなければならない。神を愛することを学ぶにあたり、それが止まることはなく、そこに終わりはない。人々は神を信じることを、極めて単純なものと見ているが、ひとたび実際の経験を得ると、神への信仰は人々が想像するほど簡単ではないことに気づく。神が働きを行なって人間を精錬するとき、人間は苦しむ。人間に対する精錬が大きいほど、神に対するその人の愛は大きくなり、その人の中で神の力がさらに示される。逆に、人の受ける精錬が少なければ少ないほど、神に対するその人の愛も少なくなり、その人の中で示される神の力も少なくなる。人に対するこうした精錬と苦痛が大きいほど、またその人の経験する苦悶が多いほど、神に対するその人の愛が深まり、神への信仰もさらに純粋なものとなり、神に関する認識もより深いものになる。あなたは自分の経験の中で、精錬を受けながら大いに苦しむ人、多くの取り扱いと懲らしめを受ける人を目の当たりにし、神への深い愛を抱き、神に関するさらに深遠で鋭い認識をもつのはこのような人だと理解する。取り扱いを経験していない人には表面的な認識しかなく、ただ「神は本当に良いお方だ。人々が神を享受できるよう、彼らに恵みを授けられる」と言うことしかできない。取り扱いと懲らしめを経験していれば、神に関する真の認識について話すことができる。したがって、神が人間の中で行なう働きが驚異的であればあるほど、それはいっそう貴重であり、有意義なものになる。それがあなたにとって測り知れないものであればあるほど、またそれがあなたの観念と相容れないものであればあるほど、神の働きはますますあなたを征服することができ、またあなたを獲得して完全にすることができる。神の働きの意義はなんと大きいことか。神がこのようにして人間を精錬しなければ、またこのような方法によって働きを行なっていなければ、神の働きは効果に乏しく、その意義を失ってしまうだろう。神がこの集団を選んで獲得し、終わりの日に完全にするであろうことは、過去に語られていた。その中に、並外れて大きな意義がある。神があなたがたの中で行なう働きが偉大であればあるほど、神に対するあなたがたの愛はいっそう深く純粋なものとなる。神の働きが偉大であればあるほど、人は神の知恵に関する何かをいっそう把握し、神に関する認識もより深くなる。終わりの日には、六千年にわたる神の経営計画が終焉を迎える。それがたやすく終わるなど、本当にあり得るのか。神がひとたび人類を征服すれば、神の働きは終わるのだろうか。これほど単純なことなのか。人はまさに、それはこんなに単純なのだと想像しているが、神が行なうことはそれほど単純なものではない。あなたが神の働きのどの部分に触れようとも、神の働きはどれも人間にとって測り知れないものである。仮にあなたがそれを推し量れたとしたら、神の働きの意義や価値は失われてしまうだろう。神によってなされる働きは測り知れないものであり、あなたの観念とまったく正反対のものである。そして、それがあなたの観念と一致しなければしないほど、神の働きは有意義であることがよりいっそう示されるのである。もしもあなたの観念と一致するならば、それは無意味なものとなるはずだ。現在あなたは、神の働きはとても不思議だと感じているが、不思議だと感じれば感じるほど、神は測り知れないとますます感じるようになり、神の業がいかに偉大かを理解するのである。仮に、神が表面的かついい加減な働きだけを行なって人を征服し、その後は何もしなかったとすれば、人は神の働きの意義をその目で見ることができないだろう。あなたは今少しばかりの精錬を受けているが、それはあなたのいのちの成長に極めて有益なものである。ゆえに、あなたがたがそうした困難を経るのは不可欠なことなのである。今日、あなたは少しばかりの精錬を受けているが、後になれば神の業を真に目の当たりにすることができ、最終的に「神の業は実に不思議だ」と言うだろう。それがあなたの心の声なのだ。神の精錬(効力者の試練と刑罰の時)をしばらく経験して、最後に「神を信じることは実に難しい」と言った人がいる。その人たちが「実に難しい」という言葉を使った事実は、神の業が測り知れないものであること、神の働きに大きな意義と価値があること、そして神の働きには人間によって大切にされる価値があることを示している。わたしがこれほど多くの働きを行なった後、もしもあなたに認識が一切なかったとしたら、わたしの働きにはそれでも価値があるだろうか。あなたはそれを受けてこう言うだろう。「神への奉仕は実に困難だ。それに、神の業はほんとうに不思議で、神には真に知恵がある。神は実に麗しい」。一定期間の経験を経た後、もしもあなたにこのような言葉が言えたなら、それは自分の中で神の働きを得たことを証明している。いつの日か、あなたが海外に福音を広めている際、誰かから「あなたの神への信仰はどうなっているのか」と訊かれたら、あなたは「神が行なうことは実に素晴らしい」と言えるようになるはずだ。すると相手は、あなたの言葉は実際の経験から語られたものだと感じる。これこそが、ほんとうに証しをするということである。あなたは、神の働きは知恵に満ち、自分の中での神の働きが真に自分を確信させ、自分の心を征服した、と言うだろう。神は人類の愛にふさわしい以上の存在なのだから、あなたは常に神を愛する。こうしたことを話せるならば、あなたは人々の心を感動させることができる。そのすべてが証しをするということである。鳴り響くような証しをして涙を流すほど人々を感動させることができるならば、それは、あなたが真に神を愛する者であることを示している。と言うのも、あなたは神への愛を証しすることができ、あなたを通じて神の業が証しされるからである。そしてあなたの証しを通じ、他の人は神の働きを探し求め、神の働きを経験するようになり、どのような環境においても揺るぎなく立てるようになる。これが証しをする唯一の真の方法であり、まさに今あなたに求められていることである。神の働きは極めて貴重で人によって大切にされる価値があり、神はかくも貴重で豊富さに溢れていることを、あなたは理解すべきである。神は語ることだけでなく、人々を裁き、彼らの心を精錬し、彼らに喜びをもたらし、彼らを自分のものとし、征服し、完全にすることができる。神が非常に素晴らしいであることを、あなたは自分の経験から知るだろう。では、あなたは今、どれほど神を愛しているのか。これらのことを本当に心から言えるのか。これらの言葉を心の底から表現できるとき、あなたは証しすることができるだろう。ひとたびあなたの経験がこの段階に達すれば、あなたは神の証人になることができ、その資格を得るだろう。自分の経験においてこの段階に達していなければ、あなたは依然として遠くかけ離れている。精錬される過程において、人が弱点を見せるのは普通のことだが、精錬された後には、「神はとても賢く働きを行なう」と言えなければならない。それらの言葉に関する実践的な認識を本当に得られれば、それはあなたにとって大切なものになり、あなたの経験に価値が生まれる。

『言葉は肉において現れる』より引用

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