日々の神の御言葉: 人類の堕落を暴く | 抜粋 321

2020年7月27日

あなた方は神に喜ばれることを大いに望んでいながら、神から非常にかけ離れている。何が問題なのか。あなた方は彼の言葉だけを受け入れているが、彼による取り扱い、刈り込みは受け入れず、ましてや彼による一つ一つの采配を受け入れることも、彼を完全に信じることも尚更できない。では何が問題なのか。結局のところ、あなた方の信仰は、ひよこを生むことのない空の卵である。というのは、あなた方の信仰は真理やいのちをもたらすものではなく、代わりに架空の支えと希望という感覚をもたらした。あなた方の神に対する信仰の目的は、真理といのちのためではなく、この希望と支援の感覚のためである。それゆえ、神に対するあなた方の信仰とは、追従と恥知らずの心によって神に取り入る以外の何ものでもなく、決して真の信仰とはみなされないのである。このような信仰からどのようにひよこが生まれるであろうか。言い換えれば、そのような信仰からどんな実がみのるというのか。あなた方の神への信仰の目的は、神を利用して自分の目的を果たすことである。それも神の性質に敵対していることの現れではないのか。あなた方は天の神の存在を信じるが、地上の神の存在を否定している。しかし、わたしはそのような見方を認めない。わたしは足を地に着けて地上の神に仕えるものだけを賞賛し、地上のキリストを認識しないものは絶対に認めないのである。そのような人たちが天にいる神にどれほど忠実であっても、結局、邪悪な者を罰するわたしの手を逃れることはないのである。そのような人は邪悪な者である。彼らは神に逆らい、喜んでキリストに服従したことのない邪悪な者である。もちろん、これにはキリストを知らないもの、およびキリストを認めないものも含まれる。天の神に忠実である限り、キリストに対する行いはどうでもよいと思っている。それは間違いである。キリストに対する無知は、天の神に対する無知である。天にいる神にどれほど忠実だと言ったところで、それは単に無意味で偽りである。地上の神は真理とより深い認識を受ける人のための道しるべとして働くだけではなく、人間に対して有罪宣告し、その後邪悪なものを罰するための事実を押収するためには更に助けとなるからである。かかる恩恵および結果が分かっただろうか。これを体験したことはあるだろうか。この真理を理解できる日が一刻も早く訪れることを願っている。神を知るには天の神だけではなく、地上の神を知ることがもっと重要なのである。優先順位について混乱を招き、従属者が主役と取って代わるような考え方をしてはならない。神と本当に良好な関係を築き、神に近づき、心を神に近づけるには、この方法しかないのである。長年信仰を持ち、わたしと長く関わっていながら、未だにわたしから遠く離れているのであれば、あなたは度々神の性質に背いているのであり、あなたの最後は定かではない。わたしとの長年の関わり合いをもってしても人間性と真理を持つ人間とならず、代わりに邪悪な生き方が浸透しており、誇大妄想が倍増しているだけでなく、わたしに対する誤解が増加し、わたしを仲間としてしか見ないようであれば、あなたの苦しみは皮膚だけにとどまらず、骨にまで浸透してしまっている。その場合、為せるべきことは自らの葬儀の準備が整うのを待つことだけだ。その時になってあなたの神になってほしいとわたしに嘆願する必要はない。あなたは死に値する、赦されない罪を犯してしまったのであるから。例えわたしが慈悲を与えることができたとしても、天の神はあなたの命を取ることを主張するであろう。神の性質に対する罪は普通の問題ではなく、非常に深刻な性質のものだからだ。時が来たら、なぜ事前に説明しなかったのかとわたしを責めるな。すべては次のことにかかっている。地上の神であるキリストをただの人間と関連付け、この神が人間以外の何ものでもないと信じる時、あなたは滅びるであろう。これがわたしからのすべての人に対する唯一の忠告である。

『神の出現と働き』「どのように地上の神を知るか」(『言葉』第1巻)より

神は真面目にキリストに仕える者だけを称賛する

神から喜ばれることをあなたがたは強く望むのに、神から遠く離れている。何が問題なのか。あなたがたは神の言葉だけを受け入れて、神の刈り込みも計画も受け入れず、まして神を完全には信じていない。ならば、何が問題なのか。あなたがたの信仰は決してニワトリを産まない卵のよう、それは真理もいのちももたらさず、支えと希望という錯覚をもたらしただけだから。あなたがたは天の神を信じ、地上の神を拒む。しかしわたしはあなたがたの見方を認めない。わたしは地上の神にまじめに仕える人を褒め、地上のキリストを認めない人は決して褒めない。わたしが悪人を罰するとき、どれほど天の神に忠実でも、彼らは逃れられない。

あなたがたが神を信じる目的はいのちや真理のためでなく、自分の希望と支えのため。あなたがたの信仰は恥知らずで、神におもねろうとしているだけ、それは真の信仰とは決して見なされない。ならば、このような信仰がどうして実を結ぶだろう。あなたがたが神を信じるのは自分の目的を果たそうと神を利用しているだけ、これは神の性質に背いていないか。あなたがたは天の神を信じ、地上の神を拒む。しかしわたしはあなたがたの見方を認めない。わたしは地上の神にまじめに仕える人を褒め、地上のキリストを認めない人は決して褒めない。わたしが悪人を罰するとき、どれほど天の神に忠実でも、彼らは逃れられない。彼らは神に反する悪人で、キリストに従わない。キリストを知らない人も、キリストを認めない人もそう。わたしは地上の神にまじめに仕える人を褒め、地上のキリストを認めない人は決して褒めない。わたしが悪人を罰するとき、どれほど天の神に忠実でも、彼らは逃れられない。

『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

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