日々の神の御言葉「あなたがたは人格が卑しすぎる」抜粋342

日々の神の御言葉「あなたがたは人格が卑しすぎる」抜粋342

0 |2020年10月17日

わたしはずっとあなたがたの間にいて、いくつかの春と秋をあなたがたと付き合いながら過ごしてきた。わたしは久しくあなたがたのもとで暮らし、共に生きてきた。あなたがたの卑劣な振る舞いのどのくらいが、わたしの目の前をすり抜けただろうか。あなたがたの心からの言葉は常にわたしの耳に響いている。わたしの祭壇の上に、あなたがたは何百万もの望みを並べた。多すぎで数えられないくらいである。にもかかわらず、あなたがたの献身、費やしたものといえば皆無である。あなたがたはひとしずくの誠意すらわたしの祭壇に捧げていない。わたしへの信仰の実りはどこにあるのか。あなたがたは無限の恵みをわたしから受け、果てしなく続く天の奥義を見た。わたしは天の炎さえもあなたがたに見せたが、あなたがたを焼き尽くす心をもったことはない。それなのに、あなたがたは代わりにどれほどわたしに与えたというのか。どれほどのものを進んでわたしにくれるのか。わたしが与えた食物を手に、振り返ってそれをわたしに捧げる。しかも、それは自分が汗水たらして得たもので、自分がもつすべてのものを捧げているのだと言わんばかりである。あなたからわたしへの「寄付」はどれもわたしの祭壇から盗まれたものだと、あなたはどうして知らないのか。さらに、今そのようなものをわたしに捧げて、わたしを騙しているのではないか。今日わたしが享受するものは、すべてわたしの祭壇に捧げられたものであり、あなたが苦労した見返りとして手に入れ、わたしに差し出したものではないのだと、どうしてわからないのか。あなたがたは実際に厚かましくもわたしをこのように騙しているのだから、どうしてわたしがあなたがたを許せようか。こうしたことにわたしがさらに耐え続けられると、どうしてあなたがたは思えるのか。わたしはあなたがたにすべてを与えた。わたしはあなたがたにすべてを開放し、必要を満たし、あなたがたの目を開いた。にもかかわらず、あなたがたは自分の良心を無視してわたしをこのように騙す。わたしは無欲になってあなたがたにすべてを与えた。たとえあなたがたが苦しんでも、わたしが天からもたらしたすべてのものを得られるようにするためである。それなのに、あなたがたには献身が一切なく、ほんの少し寄付したとしても、後になってわたしと「精算」しようとする。あなたが捧げたものなど無に等しいのではないのか。自分は砂粒ひとつだけを差し出しておいて、わたしに一トンの金を要求してきた。あなたは理不尽そのものではないか。わたしはあなたがたの間で働きを行なう。わたしの受けるべき一割はその形跡すら絶対になく、追加の犠牲などもちろんない。さらには、信心深い者たちの捧げた一割は悪い者が取り上げている。あなたがたはみなわたしから離れているのではないか。みなわたしに敵対しているのではないか。みなわたしの祭壇を破壊しているのではないか。そのような者たちがわたしの目に宝と映ることなどあり得ようか。彼らはわたしの嫌う豚や犬ではないのか。あなたがたの邪悪な行ないを宝物と呼ぶことなどどうしてできようか。わたしの働きは実際のところ誰のために行なわれるのか。もしかして、その目的はただあなたがた全員を打ち倒し、わたしの権威を現わすことなのか。あなたがたの生命はすべて、わたしの発する一言にかかっているのではないか。わたしが言葉を用いてあなたがたを指導するだけで、言葉を事実に変えてあなたがたをできるだけ早く打ち倒さなかったのはなぜなのか。わたしの言葉と働きは、人類を打ちのめすためだけのものなのか。わたしは罪なき者を無差別に殺す神なのか。まさに今、あなたがたのうち何人が全身全霊でわたしの前に来て、人生の正しい道を求めているのか。わたしの前にいるのはあなたがたの身体だけである。心は野放しのままで、わたしから遥か遠くにある。わたしの働きが実際にどのようなものかを知らないので、あなたがたの多くはわたしから離れて遠くにいたがり、その代わり刑罰も裁きもない楽園で生きることを望む。これが人の心の願いではないのか。わたしは決してあなたに強制しているのではない。どのような道を進むかはあなた自身の選択である。今日の道には裁きと呪いが伴う。だがあなたがた全員が知るべきなのは、裁きであれ刑罰であれ、わたしがあなたがたに授けたものはどれもわたしが提供し得る最上の贈り物であり、あなたがたが今すぐ必要としているものだということである。

『言葉は肉において現れる』より引用

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