日々の神の御言葉「唯一無二の神自身 9」抜粋184

2020年8月7日

神によって定められた、万物の成長に関する法則の観点から見ると、人類はその種類を問わず、すべて神から施され、養われているのではないでしょうか。これらの法則が破られたり、神がそれらの法則を人類に対して定めなかったとしたら、人類の見通しはどのようなものになるでしょうか。これらの基本的な生存環境を失ったあと、人類には食料源があるでしょうか。食料源が問題になることは考えられます。もし食料源を失ったら、つまり食べ物を何ひとつ得られなければ、人は何日持ちこたえられるでしょうか。おそらく一ヵ月と持ちこたえられず、人間の生存そのものが危機に晒されるでしょう。したがって、神が人間の生存、継続的な存在、繁殖、存続のために行う業のひとつひとつが極めて重要なのです。神が被造物に対して行う業のひとつひとつが、人類の生存と密接に関連しており、それと不可分なのです。人類の生存が問題となった場合、神の経営は続行可能でしょうか。神の経営はなおも存在するでしょうか。神の経営は、神が養う全人類と共にあるので、神が被造物にどんな用意をしようと、人間に何を行おうと、それはどれも神にとって必要であり、人類の生存に不可欠です。神が万物のために定めたこれらの法則が守られなかったり、それが破られたり、あるいは乱されたりしたとすれば、万物はもはや存在できず、人間の生存環境も日常の糧も、そして人類自体もすべて存続不可能になるでしょう。そのため、神による人類の救いの経営もまた消滅するでしょう。

ここで話したことはどれも、人間ひとりひとりの生存と密接に関連しています。あなたがたの中には「あなたの言うことは話が大きすぎ、私たちには理解できない」という意見があったり、あるいは「あなたの言うことは私に関係ない」という人がいたりするかもしれません。しかし、自分が万物のひとつとして生きていること、神の支配下にあるすべての被造物のひとつであることを忘れてはいけません。神の被造物は神の支配から切り離すことができないので、神の支配から自分を切り離せる人間は誰ひとりいません。神による支配と施しを失うと、人間のいのち、すなわち人間の肉体のいのちは消滅するでしょう。これが、神が人類の生存環境を定めたことの重要性です。自分がどの人種に属しているかを問わず、また東洋であろうと西洋であろうと、自分が生きている地域を問わず、神が人類のために用意した生存環境から自分を切り離すことはできず、神が人類のためにもうけた生存環境による養育と施しから自分を切り離すこともできません。あなたの生計の糧が何か、何に頼って暮らしているか、何に頼って肉のいのちを維持しているかにかかわらず、あなたは神による支配と管理から自分を切り離すことはできません。中には、「私は農民でないので、作物を栽培して生計を立てているわけではない。食料を天に依存していないので、神が定めた生存環境で生存しているわけでもない。そうした環境からは何も与えられていない」などと言う人がいます。それは正しいですか。自分は作物を栽培して生計を立てているわけではないと言いますが、穀類を食べないのですか。肉や卵を食べないのですか。それに野菜や果物を食べないのですか。あなたが食べるものや必要とするものはどれも、神が人間のために定めた生存環境と切り離すことができません。人間が必要とするものの源も、神が造った万物と切り離すことができず、それはあなたの生存環境を完全に構成しているのです。あなたが飲む水、着ている衣服、使っているあらゆるもののうち、神の創造物に由来しないものがありますか。中には、「神の創造物に由来しないものがいくつかある。プラスチックがその一つだ。プラスチックは人間が造った化学物質だ」と言う人がいるかもしれません。それは正しいですか。プラスチックは確かに人間が造った化学物質ですが、プラスチックの原材料は何ですか。原材料は神が造った物質から得られたものです。あなたが見るもの、享受するもの、使うものはどれも、神が造ったものから得られます。つまり、どの人種に属しているか、生活の糧は何か、どのような生存環境で暮らしているかにかかわらず、人は自分自身を神が施す物事から切り離せません。

『言葉は肉において現れる』より引用

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