日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 138
神がこの世に来るのは、神の普通の人間性を完成させるためではない。神は普通の人間性の働きを行うためではなく、普通の人間性の中で神性の働きを行うためだけに来る。神が普通の人間性と見なすものは、人間が想像するようなものではない。人は「普通の人間性」を、妻または夫、息子や娘を持つことと定…
山や河は移り変わり、水は進路に沿って流れ、人間の命は天地のようには永続しない。唯一全能神だけが、復活の永遠のいのちであり、世代を超えてとこしえに生き続ける。すべての物とすべての出来事は神の手中にあり、サタンは神の足の下にあるのだ。
今日神が私たちをサタンの魔の手から救ったのは、神が予め定めた選択による。神はまことに私たちの贖い主である。復活したキリストの永遠のいのちが、まさに私たちの内に形造られているので、私たちは神のいのちに繋がるよう運命づけられており、まさに神と向き合うことができ、神を食い、飲み、享受することができるのだ。これは神が心血を注いで行なった、無私無欲の施しなのだ。
季節が移り変わる中、風と霜とを経て、幾多の人生の苦痛や迫害や患難、この世の拒絶と中傷、また政府による数々の偽りの告発に直面しても、神の信念と決意はほんの少しも衰えることがない。神はその旨のため、そしてその経営と計画を成し遂げるため、全身全霊を捧げ、自らの命も顧みない。自らのすべての民のため、彼はどんな苦労も惜しまず、心を配って彼らに糧と水を与える。私たちがどんなに無知であろうと、どんなに強情だろうと、必要なのはただ彼に従うことであり、そうすればキリストの復活のいのちが、私たちの古い本性を変えてくれるだろう。……彼はすべての長子たちのため、たゆむことなく労し、食事も休息もとらない。幾日も幾夜も、焼け付くような暑さや凍える寒さもいとわず、彼は一心にシオンで見守っているのだ。
彼はこの世も、家庭も、仕事も、何もかもを自ら喜んで捨て去り、この世のどんな享楽とも関わりを持たない。……彼の口から発せられる言葉は私たちを突き刺し、心の奥底に隠していたことを露わにする。どうして確信せずにいられるだろうか。彼の口から発せられる一句一句は、いつでも私たちの中で実現される。私たちが何をしようと、それが神の前でであれあるいは神に隠れてであれ、彼が知らないこと、理解していないことは何一つない。私たち自身の計画や采配に関わらず、すべてはまさに彼の前に露わにされるのだ。
彼の前に座し、自らの霊の中で喜びを感じ、穏やかにくつろいでいながら、絶えず空しさと神への負い目を感じている。これは想像もできない奇跡であり、成し遂げるのは不可能である。聖霊は全能神が唯一の真の神であることの証明として十分であり、それは議論の余地のない証明だ。私たちの一団は言い尽くせないほど祝福されている。神の恵みと憐みがなければ、私たちは地獄に行ってサタンに従うしかない。唯一全能神だけが、私たちを救うことができるのだ。
おお、全能神、実践の神よ!私たちの霊の目を開かれたのはあなたであり、その結果、私たちは霊的世界の奥義をこの目で見た。神の国の展望は果てしない。私たちは油断なく待っていよう。その日はもう遠くはない。
戦火は巻き起こり、銃口からの煙が辺りに充満し、天候は温暖化し、気候は変動し、疫病が広がる。そして人々はただ死なねばならず、わずかな生存の希望もない。
おお、全能神、実践の神よ!あなたは私たちの堅固な要塞であり、私たちの避け所です。あなたの翼の下で身を寄せ合えば、私たちには災いが及びません。これがあなたの神聖な加護と配慮なのです。
私たちはみな声を張り上げて賛美を歌い、賛美の歌がシオン中に響きわたる。全能神、実践の神は私たちに、あの栄光に満ちた終着点を用意してくださった。注意して、油断なく見張っていなさい。今ならまだ遅くない。
『神の出現と働き』「キリストの初めの言葉、第五章」(『言葉』第1巻)より
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万物に対する創造主の支配と統治は、創造主の権威が真に存在することを物語る ヨブ記には、ヤーウェのヨブに対する祝福が記録されている。神は、ヨブに何を授けたであろうか。「ヤーウェはヨブの終りを初めよりも多く恵まれた。彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭をもっ…
神に従う中で最も重要なのは、すべては神の現在の言葉に拠らねばならないということである。いのちへの入りを追い求めているのであれ、神の旨を成就させることを追い求めているのであれ、すべては神の現在の言葉を中心にしなければならない。あなたが交わり、そして追い求めるものが神の現在の言葉を中…
受肉した神の働きは最も意義深い。それは働きについての語りであり、最終的に働きを終えるのは受肉した神であって、霊ではない。神はいつか地上に来て、人間に姿を見せ、誰一人も逃さず人を一人一人試みつつ、全人類を自ら裁くと信じている人々がいる。このように考える者は、この受肉の働きの段階を知…