日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 171
聖霊から特別な指示と導きを与えられている人を除けば、自立して生きられる人間は一人もいない。なぜなら人間には、神に用いられている人々の働きと牧養が必要だからである。そのため神は各時代に様々な人を起こし、神の働きのために教会を牧養するという仕事に没頭させる。つまり神の働きは、神が好ま…
あなたは、わたしの家の一員なのだから、また、あなたはわたしの国に誠実なのだから、あなたのすることはすべて、わたしの求める基準にかなうものでなければならない。わたしは、あなたが漂う雲以上のものであることは求めないが、あなたは輝く雪となり、その質とそれ以上の価値をもつものとなるように求める。わたしは聖い国から来たのであり、名前だけで実体のない蓮とは違うのだ。それは聖い国ではなく、沼地で生まれたのだから。新たな天が地上に降りて来て、新たな地が空に広がる時はまた、わたしが正式に人間たちの中で働く時なのだ。人間の中の誰が、わたしを知っているだろう。誰がわたしの到着の瞬間をその目で見ただろう。誰が、わたしには名があるだけでなく、そのうえ、実体を備えているということを知っているだろう。わたしは、手で白い雲を一掃し、空をじっくりと調べる。天空には、わたしの手で秩序立てられていないものはなく、また、天空の下では、わたしの大いなる事業にわずかでも貢献しない者は一人もいない。わたしは地上の人々に数多くの要求はしない。わたしこそは実践の神であり、わたしは人間を創り、人間についてよく知っている全能者なのだから。すべての人は全能者の目の前にいる。地の遠い果てにいる者でさえ、どうしてわたしの霊の目を逃れられよう。人間はわたしの霊を知っているが、人間はまた、わたしの霊に対して罪を犯す。わたしの言葉は、すべての人々の醜い顔をさらけ出し、すべての人々の内奥の考えをさらけ出し、地上のすべてはわたしの光で明らかになり、わたしに見つめられてひれ伏す。しかし、人間はひれ伏しても、その心はわたしから遠く離れようとしない。被造物の中で、わたしの行いのゆえにわたしを愛するようにならないものがあるだろうか。誰がわたしの言葉の結果、わたしを求めないだろう。誰の内に、わたしの愛のゆえに、仕えの思いを生じないだろう。ただサタンの堕落のために、人間はわたしの求める域に達することができないのだ。わたしの設ける最も低い基準にさえ、人間は不安をもつ。サタンが暴れ回り、凶暴な専制君主のようである今日のことは言うを俟たず、あるいは、人間がサタンによって踏みしだかれ、全身が汚物にまみれていたときでさえ、人間がその堕落のため、わたしの心を案じることができなかったとき、わたしが嘆かなかったことがあろうか。わたしがサタンを憐れんでいるということだろうか。わたしが愛において誤っているということだろうか。人間がわたしに不服従であるとき、わたしの心はひそかにすすり泣く。人間がわたしに敵対するとき、わたしは人間を罰する。人間がわたしに救われ、死からよみがえったとき、わたしは最高の注意をはらって養う。人間がわたしに従うとき、わたしの心は安らかで、ただちに、天と地のあらゆる物事に大きな変化を感じる。人間がわたしを賛美するとき、わたしはそれをよろこばずにはいられない。人間がわたしを証しし、わたしが得るとき、どうしてわたしが栄光を受けないことがあろう。それは、人間のすべての行為がわたしに支配され、また、与えられているのではないということだろうか。わたしが指示を与えないとき、人々は怠惰で無活動であり、わたしの後ろで「賞賛に値する」汚い取り引きをする。わたしが身にまとう肉は、あなたの行いや生活、言葉を何も知らないと思っているのだろうか。わたしは長年、雨風に耐えてきた。また、人間世界のつらさを経験した。しかし、よく考えてみると、どれほどの苦しみも、肉の体を持つ人間にわたしへの希望を失わせはしない。それどころか、どんな甘さも、肉の体を持つ人間に、わたしに対して冷たい態度を取らせ、落胆させ、わたしを軽んじさせることがなかった。人間のわたしへの愛は、苦痛や甘さのない間だけに制限されているのだろうか。
『神の出現と働き』「全宇宙への神の言葉、第九章」(『言葉』第1巻)より
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人類を経営する働きは三つの段階に分けられるが、それは人類を救う働きが三つの段階に分けられることを意味している。これら三つの段階には、天地創造の働きは含まれず、むしろ、律法の時代、恵みの時代、そして神の国の時代の三つの段階の働きのことである。天地創造の働きは、人類全体を作り出す…
人々が自分の心で神に接したとき、心を完全に神に向けることができたとき、それは人間が神を愛することの第一歩である。神を愛したいなら、まず心を神に向けることができなければならない。心を神に向けるとはどういうことか。それは心の中で行うあらゆる追求が、神を愛し神を得ることを目的とするとい…
人の働きはある範囲内にとどまり、限界がある。一人の人ではある一段階の働きしかできず、時代全体の働きをすることはできない。さもなければ、その人は他の人たちを規則の中へと導くであろう。人の働きはある特定の時間または段階にしか適用できない。人の経験には範囲があるからである。人の働きを神…