日々の神の御言葉: 宗教的観念を暴く | 抜粋 283
神の働きにはいつも新しい進展があるので、新しい働きもあり、当然すたれた古い働きも出てくる。この古い働きと新しい働きは矛盾するものではなく、補い合うもので、そのひとつひとつが過去から続いている。新しい働きがあるから、もちろん、古い働きは取り除かれなければならない。たとえば、長年…
アメリカ人でも、イギリス人でも、どこの国の人でも、自分という枠を乗り越え、自分という存在を超越し、神の創造物として神の働きを見なくてはならない。そうすれば、神の足跡を枠にはめることはないだろう。それは、特定の国や民族に神が現れることはないだろうと考えている人が多いからである。ああ、神の働きの意義はなんと深く、神の現れはなんと重要か。それは人の観念や考えで測ることなどできるのだろうか。そのため、神の現れを探し求める際には、みずからの国籍や民族性という枠を突き抜けるべきである。そうすれば、自分自身の観念に制約されることなく、神の現れを喜び迎えることができる。そうでなければ、暗闇の中にいつまでもとどまり、神から認められることもない。
神は全人類の神である。神が自分を一つの国や民族の所有物とすることはない。神が自分の計画にある働きを、形式や国、民族といった制限を受けることなく行う。これまであなたはこのような形式を考えたこともなかったかもしれないし、そのような形式があることを否定するかもしれない。神が現れる国や民族は差別されている最貧国かもしれない。しかし、神には神の知恵がある。神は、自分の力によって、また自分の真理と性質を通して、自分と心が一つになっている人々をすでに得ている。それは神が求めていた人々で、神に征服され、苦しい試練とあらゆる迫害に耐え、最後の最後まで神に従うことのできる人々である。神が形式や国の制約を受けずに現れる目的は、神が自分の計画どおりに働きを完成できるようにするためにである。たとえば、神がユダヤの地で肉となったとき、その目的は十字架の働きを完成させ、人類をあがなうためだった。しかし、ユダヤ人は神にそのようなことができるわけがないと考えた。神が肉となって、主イエスの姿をとって現れることなどありえないと考えたのである。この「ありえない」という思いが、ユダヤ人が神を罪に定め、神に敵対してしまう原因となった。そして、最終的にはイスラエルの破滅へとつながった。今日も、多くの人が同じような間違いを犯している。神は今すぐにでも現れるかもしれないと当てもなく言いながらも、神の現れを罪に定める。その「ありえない」という思いが再び、神の現れを自分たちの想像できる範囲に押し込めてしまっているのである。わたしは、神の言葉に出会って、それを一笑に付した人々を数多く見てきた。このような態度は、神を罪に定め、冒涜したユダヤ人と何ら変わりがないではないか。真理と真剣に向き合うことがなく、ましてや真理を慕い求めることもしない。ただやみくもに研究し、気楽に待っているだけである。そのように研究し、待っていることで得られるものは何なのか。あなたは神から個人的な導きを受け取ることができるか。神が語った言葉を聞き分けることができないなら、神の現れをどうやってその目で見ることができるのか。神が現れるところでは、真理の現れと神の声がある。真理を受け取ることができる人だけが神の声を聞くことができる。そしてそういう人だけが神の現れを見ることができる。まずは、自分の観念を脇に置きなさい。立ち止まって、次の言葉をよく読みなさい。あなたが真理を慕い求めるなら、神はあなたの知性を明るくし、神の心と言葉を理解できるようにしてくれる。「ありえない」という思いを脇に置いておきなさい。人が不可能だと思えば思うほど、実際に可能になる。神の知恵は天より高く、神の思いは人の思いより高く、神の働きは人の思いや観念をはるかに超越するものだからである。不可能であればあるほど、そこには探し求めるべき真理がある。人の観念と想像を超えるものであればあるほど、そこには神の心が詰まっている。どこで自分を現そうとも、神は神だからである。神の本質が現れる場所や方法で変わることはない。神の性質は、神の足跡がある場所によらず、いつも同じである。神の足跡がどこにあろうとも、神は全人類の神である。たとえば、主イエスはイスラエル人の神というだけでなく、アジア、ヨーロッパ、アメリカの人々の神でもある。さらに言えば、全宇宙で唯一無二の神である。だから、神の語る言葉から神の心を探し求め、神の現れを発見し、神の足跡に従おう。神は真理であり、道であり、いのちである。神の言葉とその現れは共存する。また、神の性質と足跡はいつでも人類に対して開いている。兄弟姉妹たちよ。ここに記した言葉に神の現れを見てとってほしい。そして、新しい時代に向かって神の足跡をたどってゆき、神の現れを待ち望む人々に用意された新天新地にたどりついてほしいのである。
『神の出現と働き』「附録1:神の現れによる新時代の到来」(『言葉』第1巻)より
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人間が本分を尽くすということは、実際のところ、人間に本来備わっているもの、即ち、人間に可能なことをすべて成し遂げることである。すると、人間は自分の本分を尽くしたことになる。奉仕する最中の人間の欠点は、徐々に経験を積むことと裁きを体験する過程を通して少しずつ減少する。それらは人…
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