日々の神の御言葉: 宗教的観念を暴く | 抜粋 283
神の働きにはいつも新しい進展があるので、新しい働きもあり、当然すたれた古い働きも出てくる。この古い働きと新しい働きは矛盾するものではなく、補い合うもので、そのひとつひとつが過去から続いている。新しい働きがあるから、もちろん、古い働きは取り除かれなければならない。たとえば、長年…
受肉した神をキリストと呼ぶ。キリストは神の霊をまとった肉である。この肉はどのような肉の人間とも異なっている。キリストは肉と血でできているのではなく、神の霊が肉となったものだからである。キリストは普通の人間性と完全なる神性の両方を持っている。キリストの神性はどのような人も持っていないものである。キリストの普通の人間性は肉的な活動のすべてを支え、キリストの神性は神自身の働きを遂行する。キリストの人間性であれ、神性であれ、どちらも父なる神の心に従うものである。キリストの本質は霊、すなわち神性である。ゆえに、その本質は神自身のものである。この本質は神自身の働きを妨げることはなく、キリストが神自身の働きを破壊するようなことは決してありえず、神の心に逆らう言葉を語ることも決してない。ゆえに、受肉した神は神自身の経営(救い)を妨げるような働きは絶対に行わない。このことをすべての人が理解すべきである。聖霊の働きの本質は人を救うことであり、また神自身の経営のためである。同様に、キリストの働きは人を救い、神の心を達成するためのものである。神が肉となったので、キリストは自身の肉のうちにある本質を知っており、よってキリストの肉は神の働きを引き受けるに充分である。神の霊のなすすべての働きは受肉の期間にキリストがなす働きに取って代わられる。受肉の期間を通してすべての働きの核心にあるのはキリストの働きである。それはほかのどの時代の働きとも混同することはできない。そして神が肉となるのであるから、神は肉としての働きをする。神は肉の形をとって来るので、自身のなすべき業を肉となったままで成し遂げる。神の霊であれ、キリストであれ、どちらも神自身であり、神はなすべき働きをし、果たすべき宣教の働きをする。
『神の出現と働き』「キリストの本質は父なる神の旨への従順さである」(『言葉』第1巻)より
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神の働きにはいつも新しい進展があるので、新しい働きもあり、当然すたれた古い働きも出てくる。この古い働きと新しい働きは矛盾するものではなく、補い合うもので、そのひとつひとつが過去から続いている。新しい働きがあるから、もちろん、古い働きは取り除かれなければならない。たとえば、長年…
この世界にあるすべてが、全能者の思いによって、全能者の目の下で、急激に変化している。人類が一度も聞いたことのない事が、突然到来する一方、人類が常に所有してきたものが、知らないうちに消え去ってしまう。誰も全能者の所在を推し量ることはできないし、まして全能者の生命力の超越性や偉大さを…
ペテロは、完全にされた人だった。彼は、神の刑罰と裁きを経験し、神への純粋なる愛を持て初めて、完全にされたのである。彼の歩んだ道は、完全にされるための道だったのである。要するに、最初から、ペテロの歩んだ道は正しく、彼が神を信じる動機もまた正しいものであったから、彼は完全にされるよう…
神の国の時代において、人間は徹底的に完全にされる。征服の働きの後、人間は精錬と患難を受ける。この患難のさなかに勝利し、証しに立つことができる者たちこそ、最終的に完全にされる者である。彼らは勝利者である。この患難のあいだ、人間はこの精錬を受け入れる必要があり、その精錬は神の働きの最…