日々の神の御言葉: 宗教的観念を暴く | 抜粋 288
その際、イエスの働きの一部は旧約聖書と一致しており、律法の時代におけるモーセの律法とヤーウェの言葉とも一致していた。これらのすべてを、イエスは自身の働きの一部を行なうために使ったのである。イエスは会堂で人々に説教し、教えを伝えた。そして自身に敵対していたパリサイ人を叱責するために…
造り主はすべての被造物を指揮することを意図している。あなたは神がすることは何であれ、放棄したりそむいたりしてはならないし、神に反抗すべきではない。神がする働きは、最終的には神の目的を達成し、それによって神が栄光を受ける。今日あなたはなぜモアブの子孫だとか、赤い大きな竜の子であると言わないのか。なぜ選びの民について語らず、被造物についてのみ語るのか。被造物――これは人の本来の肩書きで、人が生まれながらに持つ本質である。働きの時代や期間が異なっている故に、名前が色々あるわけである。実際、人は普通の被造物である。すべての被造物は、最も堕落したものであれ、最も聖いものであれ、被造物としての本分を果たさなければならない。神が征服の働きを実行するとき、神はあなたの将来性や、運命や、終着点を用いて管理するわけではない。実際このように働く必要もない。征服の働きの目的は、人に被造物としての本分を果たさせ、造り主を礼拝させることである。その後初めて人は素晴らしい終着点に入ることができる。人の運命は神の手で管理されている。あなたは自分自身を管理することはできない。いつも自分自身のことで忙しくしているのにもかかわらず、人は自分自身を管理することができないままでいる。あなたがもし自分の将来を知ることができ、自分の運命を管理できるなら、あなたは被造物だろうか。端的に言うと、神がどのように働いたとしても、その働きはすべて人のためである。たとえば、天、地、そして神が人のために造ったすべてのもの――神が人のために造った月、太陽、星など、また動物や植物、春、夏、秋、冬など――すべては人の存在のために造られたのである。それだから、神がどのように人を罰し、裁くにしても、それはすべて人の救いのためである。神が人から肉的な望みを剥ぎ取ったとしても、それは人を清めるためであり、人の清めは人の存在のためである。人の終着点は造り主の手にあるのだから、人はどうして自分自身を管理できるだろうか。
『神の出現と働き』「人間の正常な生活を回復し、素晴らしい終着点へと導き入れる」(『言葉』第1巻)より
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その際、イエスの働きの一部は旧約聖書と一致しており、律法の時代におけるモーセの律法とヤーウェの言葉とも一致していた。これらのすべてを、イエスは自身の働きの一部を行なうために使ったのである。イエスは会堂で人々に説教し、教えを伝えた。そして自身に敵対していたパリサイ人を叱責するために…
どの教会にも、教会に迷惑をかけ、神の働きの邪魔をする人がいる。こうした人はみな変装して神の家に潜入したサタンである。彼らは演技に優れている。目的を果たすために、畏敬の念をもってわたしの前に来て、うやうやしく頭を下げ、みすぼらしい犬のように振る舞い、自分の「すべて」を捧げる。しかし…
なぜこのように連続して三つの段階の働きに言及するのか。時代の移り変わり、社会の発展、自然の変貌はみなこの三段階の働きが変化するにつれて変わるのである。人類は神の働きに合わせて変化するのであって、人類が単独で発展しているのではない。神の三つの段階の働きに触れるのは、全ての被造物と、…
数千年に亘る神の計画の中にある肉による働きは二つの部分から成る。ひとつは十字架に付けられることであり、これにより神が栄光を受けた。もう一つは終わりの日の征服と完全にするための働きであり、それによっても神が栄光を受ける。これが神の経営である。ゆえに神の働きや神があなた方に託したこと…