日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 460
聖霊が人々に働きかける時にその人が置かれる多くの状態をあなたは理解しなければならない。特に、一体となって神への奉仕を行なう人は、聖霊が人々に行なう働きによってもたらされる多くの状態をさらにしっかりと把握していなければならない。単に多くの経験や、入りを成し遂げる数多くの方法につ…
兄弟姉妹のうち消極性をいつも発散している人は、サタンの僕であり、教会を乱す。そのような人は、いつか追放され、淘汰されなければならない。神への信仰において、人間に神を敬い畏れる心と神に従順な心がなければ、神のために働くことができないだけでなく、反対に神の働きを阻害し、神に反抗する者となる。神を信じながら、神に従うことも神を敬い畏れることもせず、代わりに神に反抗することは、信者にとって最大の恥辱である。信者の言動が常に未信者と同じく粗略で節操がなければ、そのような信者は未信者にも増して邪悪であり、典型的な悪魔である。教会内で毒々しい邪悪な言葉を放ち、兄弟姉妹の間で噂を広め、不和を助長し、派閥を組む者たちは、教会から追放されるべきであった。しかし、現在は神の働きの別の時代であるため、そのような人は制限を受ける。なぜなら、彼らは確実に淘汰されるからである。サタンにより堕落させられた者はみな性質が堕落している。性質が堕落しているだけの人がいる一方で、そうではない人もいる。そのような人は堕落した性質をもっているだけでなく、本性もまた悪意を極めているのである。彼らの言動が堕落したサタン的性質を示すのみならず、彼ら自身が真の悪魔サタンである。彼らのふるまいは神の働きを妨害し、混乱させ、兄弟姉妹のいのちへの入りを阻害し、正常な教会生活を破壊する。彼らのような羊の皮を被った狼は、遅かれ早かれ一掃されなければならない。こうしたサタンの僕に対しては、手厳しい態度、拒絶の態度で臨む必要がある。そのようにすることだけが神に味方することであり、そのようにできない人は、サタンとともに泥の中で転げ回っているのである。神を真に信じる人の心には常に神がいて、内には神を敬い畏れる心、神を愛する心が常にある。神を信じる人は注意深く慎重に物事を行い、すべての行動が神の要求に従い、神の心を満たせるものでなくてはならない。強情であってはならず、自分が望むままに行動してはならない。そのようなことは聖徒としての作法に不適である。人間は神の旗印を誇示してあちらこちらを暴れ回ったり、いたるところで虚勢を張ったり、詐欺を働いたりしてはならない。これは最も反逆的な行為である。家族には決まりがあり、国家には法律があるのだから、神の家ではなおさらのことではないか。その基準はさらに厳格ではないのか。さらなる行政命令があるのではないか。人間には好きなことを行う自由があるものの、神の行政命令を思いのままに変えることはできない。神は人間による背きを許さず、人間を死に至らしめる神である。人はこのことをまだ知らないのか。
『神の出現と働き』「真理を実践しない人への警告」(『言葉』第1巻)より
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わたしの憐れみは、わたしを愛し、自分たちを否定する者たちに現わされている。そして、悪い者たちにもたらされる懲罰はわたしの義なる性質の証明そのものであり、それ以上にわたしの怒りの証である。災いがやって来ると、わたしに反抗する者たちすべてに飢饉や疫病が降りかかり、彼らは涙を流す。あら…
あなたがたは日常生活において祈りに心を留めることが全くない。人々はいつも祈りを見過ごしてきた。従来彼らが祈る時は、いい加減にひととおりの身振りをするだけで、誰ひとり自分の心を完全に神の前に捧げて真の祈りをする者はなかった。人々が神に祈るのは、自分に何かあった時だけである。あなたは…
なぜこのように連続して三つの段階の働きに言及するのか。時代の移り変わり、社会の発展、自然の変貌はみなこの三段階の働きが変化するにつれて変わるのである。人類は神の働きに合わせて変化するのであって、人類が単独で発展しているのではない。神の三つの段階の働きに触れるのは、全ての被造物と、…