日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 72
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わたしには多くの望みがある。あなたがたが適切かつ行儀良く振る舞い、忠実に自分の本分を尽くし、真理と人間性を備え、自分がもつすべてのもの、および自分の命さえも神に捧げられる人になることなどを、わたしは望んでいる。これらの望みはどれも、あなたがたに欠けている物事、そしてあなたがたの堕落と反抗から生じたものである。あなたがたとの対話がどれも、あなたがたの注意を引きつけるのに十分でなかったならば、おそらくわたしは話を止めるしかないだろう。しかし、あなたがたはその結果がどうなるかを理解している。わたしは休むことがないので、話をしていなければ、人々が目を向ける何かをするだろう。わたしは誰かの舌を腐らせたり、身体をばらばらにして死なせたり、神経の異常を起こして多くの点で醜悪な姿にさせたりすることもできる。あるいは、それぞれの人のために用意した苦悶を味わわせることもできる。そのようにすれば、わたしは喜び、きわめてうれしく、大いに満足するであろう。これまで常に「善には善、悪には悪をもって報いよ」だったのだから、なぜ今もそうであってはならないのか。あなたがわたしに反対し、何らかの批判をしたいのであれば、わたしはあなたの舌を腐らせるであろうし、それにわたしは限りなく喜ぶ。なぜなら、あなたが行なってきたことは最終的に真理ではなく、ましてやいのちに何の関係もないのに対し、わたしが行なうことはすべて真理であり、わたしの業はどれも、わたしの働きの原則と、わたしが定めた行政命令に関係しているからである。したがって、わたしはあなたがた一人ひとりに対し、善行を積み重ね、かくも多くの悪事を止め、時間がある際にはわたしの要求に注意するよう強く勧める。そうであれば、わたしは喜びを感じるだろう。言っておくが、あなたがたが肉に傾ける努力のうち、そのわずか千分の一でも真理に捧げる(ないしは施す)のであれば、あなたは頻繁に過ちを犯さず、口が腐ることもないだろう。これは明白なことではないか。
あなたが過ちを犯せば犯すほど、あなたが良い終着点を得る機会は少なくなる。それとは逆に、あなたの過ちが少なければ少ないほど、あなたが神に賞讃される確率は高くなる。あなたの過ちが増えすぎて、わたしがあなたを許せないところまで来たら、あなたは自分が赦される機会を完全に台無しにしたことになるだろう。その場合、あなたの終着点は上ではなく下となるだろう。あなたがわたしを信じないのであれば、大胆になって間違ったことを行ない、その結果を知るがよい。あなたが真理を実践する熱意ある者ならば、自らの過ちを赦される機会が確実にあり、反抗する回数もますます減ってゆくだろう。あなたが真理を実践することを望まない者ならば、神の前における過ちは確実に増えてゆき、反抗する回数もさらに増加を続け、最後は限界に達する。その時こそ、あなたが完全に滅ぼされる時である。そしてそれは、祝福を受けるというあなたの美しい夢が無に帰する時である。自分の過ちを、未熟で愚かな者の単なる間違いだと考えてはならない。また真理を実践しなかった言い訳として、自分の素質が劣っているからそうできなかったと言ってはならない。それ以上に、自分が犯した過ちを、しつけがなっていない人間の振る舞いだと考えてはならない。自分を許すことに長けていて、自分に寛大になるのが得意であれば、あなたは決して真理を得ることがない臆病者であり、自分の過ちがいつまでもあなたにつきまとい、あなたはそのせいで真理の要求を永遠に満たせず、いつまでもサタンの忠実な仲間となるだろう、と言っておく。わたしの勧告は依然として同じである。すなわち、自分の隠れた過ちに気づかないまま、自分の終着点だけを気にしてはならない。過ちを真剣に受け止め、自分の終着点に関する懸念のために、その過ちを一切見過ごしてはならない。
『神の出現と働き』「過ちは人間を地獄へ導く」(『言葉』第1巻)より
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