日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 217
全ての人は、地上でのわたしの働きの目的、すなわち、わたしの働きの最終的な目的、この働きが完了する前にわたしが達成しなければならないレベルを理解する必要がある。もしわたしと未来の日に向かって歩いている人々が、わたしの働きとは一体何であるかを理解していないなら、彼らは意味もなく私と歩…
初めて神を信じたあと、人が得てきたものは何か。あなたは神について何を知るようになったのか。神への信仰により、あなたはどれほど変わったのか。今日、あなたがたはみな、人による神への信仰は単に魂の救いと肉の幸福のためではなく、神の愛を通して自分の人生を豊かにさせるためなどでもないことを知っている。そのように、もしあなたが肉の幸福や一時的な快楽のために神を愛するなら、たとえ最後に神に対するあなたの愛が頂点に達し、あなたがそれ以上何も求めないとしても、あなたが求めるこの愛は依然として不純な愛であり、神には喜ばれない。自分のつまらない存在を豊かにし、心の空虚さを埋めるために神を愛する人は、楽な生き方に貪欲な人であって、神を真に愛することを求める人ではない。このような愛は強いられたものであり、精神的満足を追求するものであって、神はそれを必要としない。では、あなたの愛はどのようなものか。あなたは何のために神を愛するのか。まさにいま、あなたの中には神に対する真の愛がどれほどあるのか。あなたがたの圧倒的多数が抱いている愛は先に述べた通りのものである。このような愛は現状を維持することしかできず、不変性を得ることも、人に根づくこともできない。この種の愛は、花が咲いても実をつけず、そのまましおれてしまう花のようでしかない。言い換えると、そのような形で神を愛しても、誰かがその道を導いてくれなければ、あなたは崩れ落ちてしまう。神を愛する時代に神を愛せるだけで、その後もいのちの性質が変わらないままなら、あなたは引き続き暗闇の力に覆われ、そこから逃れることができず、サタンの束縛とたくらみから自由になることもできないままである。そのような人が完全に神のものとなることはできない。最終的に、その人の霊、魂、体は依然としてサタンに属している。このことに疑いの余地はない。完全に神のものとされることができない人は、残らず自分の本来の場所に戻る。つまり、サタンの所に戻り、神による次の段階の懲罰を受けるため、火と硫黄の池に落ちるのである。神のものとされる人は、サタンを捨て去ってその支配下から逃れる人のことである。そのような人は正式に神の国の民として数えられる。神の国の民はこのようになるのである。あなたはこの種の人になりたいのか。進んで神のものになりたいのか。進んでサタンの支配下から逃れ、神の元に戻りたいのか。あなたはいまサタンに属しているのか、それとも神の国の民として数えられているのか。これらのことはすでに明白であるべきで、これ以上説明する必要はない。
『神の出現と働き』「信者はどのような観点をもつべきか」(『言葉』第1巻)より
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全ての人は、地上でのわたしの働きの目的、すなわち、わたしの働きの最終的な目的、この働きが完了する前にわたしが達成しなければならないレベルを理解する必要がある。もしわたしと未来の日に向かって歩いている人々が、わたしの働きとは一体何であるかを理解していないなら、彼らは意味もなく私と歩…
あなたたちの信仰はとても誠実だが、あなたたちの中のだれもわたしを完全に説明することはできないし、あなたたちの中のだれもあなたたちが見る現実のすべてを十分に立証することはできない。考えてもみなさい。現時点ではあなたたちのほとんどは自分の義務を怠っており、その代わりに肉のことを追…
神は、人間が愚かであるのは構わない――ただ誠実でありさえすれば 創世記 22:2で、神は次のような命令をアブラハムに与えた。「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。神の言ったことは明確だ。愛するひとり息子…
あなたがたはまだ神の信者としての道のりのごくわずかしか歩んでおらず、未だに正しい道のりに入っていない。そのため、まだ神の基準を満たすにはほど遠い。現在のあなたがたの霊的背丈は神の要求を満たすには不十分である。あなたがたの素質と堕落した本性のせいで、あなたがたは常に神の働きを不…