日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 34
神のアブラハムへの約束 (創世記 22:16-18)「ヤーウェは言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あな…
聖霊が現在発する言葉に従える人はみな祝福されている。そのような人が過去どうであったか、聖霊が人々の中でどのように働いていたかは問題ではない。神の最新の働きを得た人は最も祝福され、今日の最新の働きに従えない人は淘汰される。神は新しい光を受け入れられる人を望んでおり、神の最新の働きを受け入れ、それを知る人を求めている。貞節な乙女でなければならないと言われるのはなぜか。貞節な乙女は聖霊の働きを求め、新たな物事を理解することができ、さらには、古い観念を脇へのけて今日の神の働きに従うことができる。今日の最新の働きを受け入れるこの人々の集団は、神によってはるか昔に予定された人たちであり、人々のなかで最も祝福されている。あなたがたは神の声を直接聞き、神の出現を目の当たりにするので、天地を通じて、時代を通じて、あなたがた、つまりこの集団以上に祝福された人はいない。これはすべて神の働きの故であり、神の予定と選択の故であり、また神の恵みの故である。もしも神が語らず、言葉を発しなかったなら、あなたがたの状況は今日のようであり得ただろうか。それゆえ、神にすべての栄光と賛美あれ。これはひとえに神があなたがたを引き上げるからである。これらのことを念頭に置くなら、依然として消極的でいられるだろうか。力を奮い起こすことがいまだにできないだろうか。
神の言葉の裁き、刑罰、打撃、そして精錬を受け入れることができ、またそれ以上に、神が託す任務を受け入れられることは、はるか昔に神が予め定めたことなので、刑罰を受けるときはあまり悲嘆してはならない。あなたがたの中でなされた働き、あなたがたに授けられた祝福、そしてあなたがたに与えられたすべてのものを取り去ることは誰にもできない。宗教の人々はあなたがたとの比較に耐えられない。あなたがたには聖書に関する偉大な専門知識がなく、宗教理論もないが、神があなたがたの中で働いたので、過去の時代の誰よりも多くのものを得た。つまり、これがあなたがたの最大の祝福である。そのため、あなたがたは神に対してさらに献身的でなければならず、よりいっそう神に忠実でなければならない。神があなたを引き上げるので、あなたはますます努力せねばならず、霊的背丈を整えて神が託す任務を受け入れなければならない。神から与えられた場所にしっかり立ち、神の民の一人になることを追い求め、神の国の訓練を受け入れ、神によって得られ、最終的には神への栄光の証しとならねばならない。あなたにその決意があるのか。このような決意があれば、あなたは最後に間違いなく神によって得られ、神への栄光の証しとなるだろう。託されたおもな任務は神によって得られること、そして神への栄光の証しになることだと、あなたは理解しなければならない。それが神の旨である。
『神の出現と働き』「神の最新の働きを知り、神の歩みに従え」(『言葉』第1巻)より
聖霊の今の言葉に従えば、誰もが祝福される。聖霊がどう働きかけたかや、過去がどうであろうと、この日に御業を受け入れる者は、誰より祝福される。この日に御業を受け入れずいれば、ふるい落とされる。今 新しい光を受け入れよう。今 神の御業を受け入れよう。神は待っておられる御業を受け入れる者を。
純潔な乙女になるべき訳は、御業を求められるから、乙女こそ古い観念を新たに、御業に今日も従う。今 新しい御業に従う者は、今 神の御業に従う者は、神に定められた者、最も祝福を受ける者。今 神の御声をあなたは聞き、今 神の御姿をあなたは見る。全ての時や世代天地で、これ程祝福された者はいないだろう。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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神のアブラハムへの約束 (創世記 22:16-18)「ヤーウェは言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あな…
人間の働きのために神は多くの眠れぬ夜を過ごした。神は、遥かな高みから深淵へ、人間が生活する生き地獄まで降りて、人間と共に過ごし、決して人間の卑しさに不平を漏らしたり、人間の不従順を咎めたりせず、自ら働きを行いながら最大の屈辱に耐えている。どうして神が地獄に居られたのだろうか…
今日の道はたやすく歩めるものではない。通るのが非常に難しい道だと言えるし、時代を通じてきわめて稀なものだった。しかし、人がその肉のみによって十分に滅ぼされうるなどとは誰が考えただろう。今日の働きは確かに、春の雨のごとく尊く、人への神の優しさのごとく価値あるものだ。しかし、人が神の…
地上に来た時、神はこの世のものではなく、この世を楽しむために肉となったのではない。働きが神の性質を明らかにし、最も意義のあるものとなるのは、神が生まれた場所である。それが聖なる地であれ穢れた地であれ、神がどこで働こうと神は聖い。この世界のあらゆるものは神に創られた。ただ全てがサタ…