日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 115
神は人に神の肉体を知らしめたり、受肉した神の肉体と人の肉体の違いを区別させたりする目的で受肉するのではない。また、人の識別力を鍛えるために受肉するのでもなければ、ましてや人が受肉した神の肉体を礼拝し、そこから神が偉大な栄光を受けるようにする目的で受肉するのでもない。それらはどれも…
多くの人々が、実践について多少は話すことができるし、個人的な感想を述べることもできるが、その大部分は他人の言葉から得た明察である。そこには自分自身の個人的な実践からもたらされたものも、自分の体験から知ったことも一切含まれていない。わたしはこの問題を詳しく吟味したことがある。わたしが何も知らないなどと思わないことだ。あなたはただの張子の虎に過ぎないのに、サタンに打ち勝つこと、勝利の証しをすること、そして神の似姿を生きることを語るのか。まったく馬鹿げた話だ。今日神が語っている言葉がすべて、ただ聞いて感心するためだけのものだと思っているのか。あなたの口は古い自分を捨て去り真理を実践することを語っているが、あなたの手はそれと違うことをしており、あなたの心は他のことを企んでいる。あなたは一体どういう人間なのか。なぜあなたの心と手は一致していないのか。非常に多くの説教がただの空虚な言葉になってしまっているのは、何と心が痛むことか。あなたが神の言葉を実践に移せないなら、それはあなたがまだ聖霊の働き方に入っておらず、まだあなたの中で聖霊が働いておらず、またあなたが聖霊の導きを得ていない証拠である。神の言葉を理解することはできるが、それを実行に移すことはできないと言うなら、あなたは真理を愛さない人間なのだ。神はそのような人間を救うために来るのではない。イエスは途方もない苦痛を受けて十字架にかけられ、罪人を救い、貧しい者を救い、あらゆる卑しい者を救った。イエスの磔刑は罪のいけにえの役割を果たしたのだ。神の言葉を実践できないのなら、できるだけ早く立ち去りなさい。居候として神の家に長居してはならない。多くの人々は明らかに神に背くことだとわかっていることさえ、やめるのに困難を感じている。彼らは死を招いているのではないだろうか。どうして彼らが神の国に入ることを語れようか。ずうずうしくも神の顔を見る度胸があるのか。神が与えてくれる食物を食べながら神に背く曲がったことを行い、神が授けた祝福を享受させてもらっていながら、悪意を持ち、陰険になり、陰謀を企てている。そうした祝福を受けとるとき、自分の手が焼かれるように感じないのか。顔が赤くなるのを感じないのか。神に反することを行い、「自分勝手に物事を行う」という企みを成し遂げた今、あなたは恐れを感じていないのか。何も感じないのなら、どうして未来など語ることができようか。あなたにはもうずっと前から未来などなかったのに、これ以上どんな大きな期待を抱いていられるのか。恥知らずなことを言っても何の咎めも感じず、心に何の認識もないのなら、それはあなたがすでに神に見捨てられていることを意味するのではないか。気ままに何の自制心もなく話し行動することが本性となっているあなたが、どうして神に完全にされることができようか。あなたは世の中をやすやすと歩いて行けるだろうか。誰があなたに説得されるだろうか。あなたの本性を知る者は、あなたと距離を置くだろう。それは神の罰ではないか。いずれにせよ、話ばかりで行動が伴わないのなら、決して成長はない。あなたが話しているときは聖霊があなたの上に働いているかもしれないが、実践しないなら聖霊はその働きをやめるだろう。あなたがこれからもそのままなら、どうして未来のことや、自分の全存在を神の働きに捧げることなど語れようか。あなたは自分の全存在を捧げることを語れるだけで、神に真の愛を捧げていない。神があなたから受け取るものは言葉の献身だけであり、真理を実践しようという意図ではない。これがあなたの実際の霊的背丈なのだろうか。あなたがこれからもそのままなら、いつ神に完全にされるのか。あなたは自分の暗く陰鬱な未来に不安を感じないのか。神があなたへの望みを捨てたのを感じないのか。神がより多くの新たな人々を完全にしようとしていることを知らないのか。古いものがそのまま持ち堪えられるだろうか。あなたは今日、神の言葉に注意を払っていない。それで明日を待っているのか。
『神の出現と働き』「救いを得る人は真理を進んで実践する人である」(『言葉』第1巻)より
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神はこの世を創造し、神がいのちを授けた生けるものである人を、この世にもたらした。次いで、人は両親や親族を持つようになり、もはやひとりぼっちではなくなった。人が最初にこの物質的な世界を見て以来ずっと、人は神の定めの範囲内で存在するように運命づけられた。生けるものひとりひとりを成人に…
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