日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 442

神の証しをするということは、おもに神の働きについて自分が認識していること、神がどのように人を征服するか、どのように人を救うか、どのように人を変えるかを語ることである。それは神がどのように人を導いて真理の現実に入らせ、どのように人を神に征服され、完全にされ、救われるようにするのかを語ることである。証しをするということは、神の働きと自分が経験したすべてについて語るということである。神の働きのみが神を表現することができ、神の働きのみが神を公けに、その全体において明らかにすることができる。神の働きは神への証しを立てる。神の働きと発言は霊を直接表現する。神の働きは霊に行われ、神の言葉は霊に語られる。こうしたことはただ受肉した神の肉を通して表されるが、実際にはそれは霊の表現である。神が行うすべての働きと神が語るすべての言葉は、神の本質を表している。もしも神が肉をまとって人のもとに来た後、語りも働きもせず、ただあなたがたに神の現実性、正常性、全能性を知るよう求めたなら、そんなことができるだろうか。それで霊の実質とは何かを知ることができるだろうか。神の肉の属性とは何かを知ることができるだろうか。神があなたがたに神への証しをするように求めるのは、ただあなたがたが神の働きの各段階を経験しているからである。そのような経験がなかったなら、神はあなたがたに証しをするよう要求はしないであろう。そのため神の証しをするときは、神の普通の人間性の外見について証しするだけでなく、神が行う働きと神が導く道についても証しをすることになる。そして自分がどのように神に征服され、どのような側面で完全にされたかを証しする。このような証しを行うべきである。もしあなたが行く先々で、「わたしたちの神が働きにやって来た。神の働きは本当に実践的だ。神は超自然的な行いなしに、何の奇跡も不思議もなしに、わたしたちを得た」と叫んだなら、人々は、「神が奇跡も不思議も行わないとはどういう意味なのか。奇跡も不思議も見せずに、どうしてあなたを征服できたのか」と尋ねるであろう。そこであなたは、「神は語り、そして何の不思議も奇跡も見せることなく、わたしたちを征服した。神の働きがわたしたちを征服した」と答える。最終的には、何も実質的なことを言えず、何も具体的なことを語れないなら、それが真の証しなのか。受肉した神が人を征服するとき、それを行うのは神の神性の言葉である。それは人間性には成し遂げられない。死すべき人間には達成できないことであり、普通の人の中の最高の素質を備えた人にさえ不可能である。神の神性はあらゆる被造物を超えるからである。これは人にとっては並外れたことであり、創造主は結局のところ、あらゆる被造物を超える。被造物が創造主を超えることはできない。あなたが神を超えているなら、神はあなたを征服できない。神があなたを征服できるのは、ただ神があなたを超えているからである。全人類を征服できるのが創造主であり、この働きを行えるものは神をおいて他にない。こうした言葉が「証し」であり、このような証しを行うべきである。あなたは刑罰、裁き、精錬、試練、逆境、苦難を一つずつ経験し、征服された。あなたは肉の将来の展望や個人的な動機、肉の個人的な利益を捨て去った。言い換えれば、神の言葉はあなたの心を完全に征服した。あなたはいのちにおいて神が要求するほどには成長してはいないが、こうしたことをすべて知り、神の行いによって完全な確信を得ている。そのためこれを証し、実際的かつ真の証しと呼ぶことができる。神が行うために来た働き、すなわち裁きと刑罰の働きは、人を征服するためのものだが、同時に神は働きを完結させ、時代を終わらせ、完結の働きを行なっている。神は時代全体を終わらせて、全人類を救い、人類を罪から永遠に解放しようとしている。そして自らが創造した人類を完全に得ようとしている。あなたはこのすべてを証ししなければならない。あなたはこれほど多くの神の働きを経験し、それを自分の目で見て、直接体験した。最後の最後に到達したとき、自らに課せられた役割を果たせないようであってはいけない。そうであればなんと残念なことか。将来福音が広められるとき、あなたは自分の認識を語り、心の中で得たことすべてを証しできなければならず、努力を惜しんではならない。これは被造物として成し遂げなければならないことである。神の働きのこの段階の実際の意義は何か。その成果は何か。そしてそのうちのどれだけが人において行われるのか。人は何をするべきか。受肉した神が地上にやって来てから行なったすべての働きについてはっきりと語れるなら、証しは完全である。神の働きの意義、その内容、その実質、それが表す性質、その原理という五項目について明確に語れるなら、それは神を証しできることと、真に認識を得ていることの証明である。あなたがたへのわたしの要求はさほど大きいものではなく、真の探求を行なっている者なら誰でも達成できる。神の証人となることを決意しているなら、神が何を嫌悪し、何を愛しているかを理解していなければならない。あなたは神の働きを多く経験してきた。その働きを通して、神の性質を知り、神の旨と人類への神の要求を理解し、その知識をもって神を証しし、自分の本分を尽くさねばならない。あなたはただこのように言うかもしれない。「わたしたちは神を知っている。神の裁きと刑罰はとても厳しい。その言葉は非常に厳格で、正しく威厳があり、人には犯すことができない」。しかしこうした言葉は、究極的に人を養うのか。それは人に対してどのような効果を持つのか。あなたはこの裁きと刑罰の働きが、自分にとってもっとも有益であることを本当に知っているのか。神の裁きと刑罰は、あなたの反逆性と堕落を明らかにしているのではないのか。そしてあなたの中にある汚らわしく堕落したものを清め駆逐してくれるのではないのか。裁きと刑罰がなかったなら、あなたは一体どうなるだろうか。あなたは実際にサタンが自分を奥深くまで完全に堕落させたという事実を認識しているのか。今日、あなたがたはこうしたことを身につけ、よく知っておかなければならないのである。

『神の出現と働き』「実践(7)」(『言葉』第1巻)より

人が立てるべき証し

神の証しをするということは、おもに神の働きについて自分が認識していること、神がどのように人を征服するか、どのように人を救うか、どのように人を変えるかを語ることである。それは神がどのように人を導いて真理の現実に入らせ、どのように人を神に征服され、完全にされ、救われるようにするのかを語ることである。

証しをするということは、神の働きと自分が経験したすべてについて語るということである。神の働きのみが神を表現することができ、神の働きのみが神を公けに、その全体において明らかにすることができる。神の働きは神への証しを立てる。神の働きと発言は霊を直接表現する。こうしたことはただ受肉した神の肉を通して表されるが、実際にはそれは霊の表現である。神が行うすべての働きと神が語るすべての言葉は、神の本質を表している。そのため神の証しをするときは、神の普通の人間性の外見について証しするだけでなく、神が行う働きと神が導く道についても証しをすることになる。そして自分がどのように神に征服され、どのような側面で完全にされたかを証しする。このような証しを行うべきである。

あなたは刑罰、裁き、精錬、試練、逆境、苦難を一つずつ経験し、征服された。あなたは肉の将来の展望や個人的な動機、肉の個人的な利益を捨て去った。言い換えれば、神の言葉はあなたの心を完全に征服した。あなたはいのちにおいて神が要求するほどには成長してはいないが、こうしたことをすべて知り、神の行いによって完全な確信を得ている。そのためこれを証し、実際的かつ真の証しと呼ぶことができる。

そのため神の証しをするときは、神の普通の人間性の外見について証しするだけでなく、神が行う働きと神が導く道についても証しをすることになる。そして自分がどのように神に征服され、どのような側面で完全にされたかを証しする。このような証しを行うべきである。神が行うために来た働き、すなわち裁きと刑罰の働きは、人を征服するためのものだが、同時に神は完結の働きを行なっている。神は時代全体を終わらせて、全人類を救い、人類を罪から永遠に解放しようとしている。そして自らが創造した人類を完全に得ようとしている。あなたはこのすべてを証ししなければならない。

そのため神の証しをするときは、神の普通の人間性の外見について証しするだけでなく、神が行う働きと神が導く道についても証しをすることになる。そして自分がどのように神に征服され、どのような側面で完全にされたかを証しする。このような証しを行うべきである。将来福音が広められるとき、あなたは自分の認識を語り、心の中で得たことすべてを証しできなければならず、努力を惜しんではならない。これは被造物として成し遂げなければならないことである。

『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

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