日々の神の御言葉: 終着点と結末 | 抜粋 583
わたしの光の中に、人々は再び光を見る。わたしの言葉の中に、人々は自分が享受するものを見つける。わたしは東方から来た。わたしは東方より出ず。わたしの栄光が輝く時、あらゆる国が光で照らされ、すべてに光がもたらされ、何ひとつ暗闇に留まることはない。神の国では、神とともに生きる神の民の生…
ペテロがイエスに従っている間に、彼はイエスについて多くの意見を持ち、常に自からの見知からイエスを裁いた。ペテロはある程度は霊について理解していたけれども、あまり啓発されることもなかったので、彼は「天の父によって遣わされたお方に従わなければならない。聖霊によって選ばれたお方を認めなければならない」という言葉を発したのである。ペテロはイエスが行ったことを理解していなかったし、啓発も受けていたわけではなかった。しばらくイエスについて行って、ペテロはイエスが行うことや言うこと、またイエス自身に次第に興味を持った。ペテロはイエスが愛と尊敬を鼓舞していることを感じるようになり、イエスと係わりイエスのそばにいたいと思うようになった。イエスの言葉はペテロに与え、助けた。ペテロが長年イエスに従って、彼はイエスの生活について全て、つまりイエスの行動、言葉、動作、表情などを観察し、心に留めた。ペテロはイエスが尋常の人のようではないことを深く理解した。イエスの人間としての外観は極めて普通であったけれど、イエスは人間に対する愛、哀れみ、寛容で満ちていた。イエスが行ったこと、言ったことの全てが人々の大きな助けとなり、ペテロはイエスのそばにいて今まで見たことも持ったこともないことを見たり学んだりした。イエスは外見が決して華やかでも、変わった人間性を持っていたわけでもないけれど、イエスにはまことに並はずれて普通にはない雰囲気があった。ペテロはそれを完全には説明できなかったけれども、イエスが他の誰とも違って行動していることは見ることができた。というのは、イエスは普通の人とははるかに違った行動をしたからである。ペテロはイエスと接するようになってから、イエスの性格は普通の人とは違うことも認識した。イエスは常に落ち着いて行動し、決して焦ることも、誇張することもなく、物事を控えめに表現することもなく、淡々と且つ称賛に値するような方法で生活を送った。イエスは会話においても、上品で、優雅で、率直で、朗らかでありながらも、穏やかで、働きを実行するときも決して威厳を失うことはなかった。ペテロはイエスがあるときは無口になったり、またあるときは話し続けたりするのを見た。イエスは時々鳩のように、いきいきと陽気になるほど幸福で、時々まるで風雨にさらされた母親のように、まったく口をきかないほど悲しい時もあった。時としてイエスは勇敢な兵士が敵を殺す任務に出て行くように、また時には吠え猛るライオンのように怒りで一杯になることもあった。イエスは時には笑い、時には祈り泣くこともあった。イエスがどのように行動したとしても、ペテロは限りのない愛と尊敬をイエスに持つようになった。イエスの笑い声はペテロを幸せで満たし、イエスの悲しみはペテロを嘆きに落とし入れ、イエスの怒りはペテロを脅かした。その一方で、イエスの憐れみ、赦し、厳しさで、ペテロはイエスに対して真の畏敬と憧れを持つようになり、心底からイエスを愛するようになった。もちろん、これらの事全ては、ペテロが数年イエスのもとで生活して、次第に分かってきたことである。
『神の出現と働き』「ペテロはいかにしてイエスを知るに至ったか」(『言葉』第1巻)より
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わたしの光の中に、人々は再び光を見る。わたしの言葉の中に、人々は自分が享受するものを見つける。わたしは東方から来た。わたしは東方より出ず。わたしの栄光が輝く時、あらゆる国が光で照らされ、すべてに光がもたらされ、何ひとつ暗闇に留まることはない。神の国では、神とともに生きる神の民の生…
受肉した神の働きは二つの部分から成る。最初に神が肉となった時、人々はそのこと知りも信じもせず、イエスを十字架につけた。二度目も、人々は神を信じないで、まして、知りもせず、またしてもキリストを十字架につけた。人間は神の敵ではないだろうか。もし人間が神を知らないのなら、どうして神の親…
人間が本分を尽くすということは、実際のところ、人間に本来備わっているもの、即ち、人間に可能なことをすべて成し遂げることである。すると、人間は自分の本分を尽くしたことになる。奉仕する最中の人間の欠点は、徐々に経験を積むことと裁きを体験する過程を通して少しずつ減少する。それらは人…
あなたがたの忠誠心は言葉の中のみにあり、あなたがたの認識は知性と観念のみであり、あなたがたの労働は天国の祝福を受けるためのものであるが、それではあなたがたの信仰はどのようなものでなければならないか。今日なお、あなたがたはありとあらゆる真理の言葉に対し、耳を貸そうとしない。あな…