日々の神の御言葉: 神の出現と働き | 抜粋 61
東から稲妻が走るとき──これはまた、わたしが話し始める、まさにその瞬間である──稲妻が光るその瞬間、天空全体が照らされ、すべての星々が変化し始める。全人類に正しい清めと分類が行われているかのようだ。東からの光芒の下、人間はみな本来の形を現し、目がくらみ、混乱し、動きがとれずにいる…
聖霊は各人において歩むべき道をもち、各人に完全にされる機会を与える。あなたは自らの消極性をとおして自らの堕落を知らしめられ、その後消極性から脱け出すことにより実践の道を見いだす。それはどれもあなたが完全にされる方法である。さらに、あなたの中にある肯定的なものの幾つかに継続的に導き照らされて、あなたは積極的に自らの役割を果たし、識見を増やして識別力を身に付ける。状態が良好な時、あなたは神の言葉を読むことや神に祈ることを殊更に望み、聞く説教を自らの状態と関連づけることができる。このような時、神は内側からあなたを啓き照らし、あなたに肯定的側面の幾つかについて理解させる。あなたはこのように肯定的側面において完全にされる。消極的な状態において、あなたは弱く消極的である。自分の心には神がいないと感じるが、神はあなたを照らし、あなたが実践の道を見いだすのを助ける。ここから出ることが、消極的側面における完全化の達成である。神は肯定的側面と消極的側面の両面で人間を完全にすることができる。それはあなたが経験することができるか、神に完全にされることを追求するか否かにより異なる。神に完全にされることを真に求めるならば、消極的側面は損失ではなく、現実的なものをもたらす。また、自分に欠如しているものを知ること、自分の真の状態をさらに把握すること、人間は何も持っておらず何でもないことを知ることがさらにできるようになる。試練を経験しないならば、知らないままであり、常に自分が他人よりも上で、優れていると感じる。これらすべてをとおして、あなたはこれまで遭遇したことは全て神が行ったことであり、神により保護されていたことを知る。試練に入ることにより、愛も信仰もなく、祈りが欠如し、讃美歌を歌うことができない状態に陥る。そして気付かぬうちに、この真最中に自分自身を知る。神には人間を完全にする手段が多数ある。神はありとあらゆる環境を用いて人間の堕落した性質を取り扱い、様々な物事を用いて人間を暴き出す。神は、ある点に関しては人間を取り扱い、別の点に関しては人間を暴き、また別の点に関しては人間を明らかにし、人間の心の奥にある「奥義」を掘り出して明示し、人間にその数々の状態を明らかにすることにより本性を示す。神が実践的であることを人間が知ることができるように、神は暴露、取り扱い、精錬、刑罰など、様々な手段を通して人間を完全にする。
『神の出現と働き』「実践に集中する者だけが完全にされることができる」(『言葉』第1巻)より
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東から稲妻が走るとき──これはまた、わたしが話し始める、まさにその瞬間である──稲妻が光るその瞬間、天空全体が照らされ、すべての星々が変化し始める。全人類に正しい清めと分類が行われているかのようだ。東からの光芒の下、人間はみな本来の形を現し、目がくらみ、混乱し、動きがとれずにいる…
神が万物を造って以来、万物は整然と、かつ神が定めた法則に基づいて機能し、進化し続けてきました。神による見守りと支配のもと、人は生存し、同時に万物は整然と発展してきました。その法則を変えたり破壊したりすることができるものは何一つありません。あらゆる生き物が増殖できるのは、神による支…
これで裁きとは何か、真理とは何かを理解できたか。もし理解できたなら、あなたが裁きに従うよう熱心に勧める。さもなければ、神に賞賛されることも、神にその国に連れて行ってもらうことも決してないのだ。裁きは受け入れるが清められることのない者、すなわち裁きの働きの最中に逃げ出すような者…
聖霊に用いられる人でさえ、神自身を表わすことはできない。そのような人は神を表わすことができないというだけでなく、その人が行なう働きも直接神を表わせないのである。言い換えると、人の経験が神の経営(救い)の内部に直接置かれることはできないし、神の経営を表わすこともできない。神自身が行…