日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 549

あなたがたが現在追求しているのは何か。それは神に完全にされること、神を知ること、神を得ることである。あるいは、90年代のペテロの風格を身につけることや、ヨブに勝る信仰を持つことを求めているかもしれない。または、神に義なる者と呼ばれて神の玉座の前に到達することや、神を地上に表して神のために力強く響き渡るような証しをすることを求めているかもしれない。求めるものが何であれ、あなたがたは全体として、神に救われるために求めている。義なる者となることを求めるか、ペテロの風格を求めるか、ヨブの信仰を求めるか、神に完全にされることを求めるかにかかわらず、それはどれも神が人において行う働きである。換言すると、何を求めようと、それは全て神に完全にされるため、神の言葉を経験するため、神の心を満足させるためである。何を求めようと、それは全て神の美しさを見出すためであり、現実の経験において実践する道を求めるためであり、その目的は反抗的性質を払拭し、自身の中で正常な状態を実現し、神の心に完全に一致できるようになることであり、それで正しい人間となり、あらゆる行いにおいて正しい動機をもつようになる。あなたがこうしたことを全て経験する理由は、神を知り、いのちの成長を達成するためである。あなたが経験するのは神の言葉であり、実際の出来事であり、また周囲にある人や物事であるが、最終的にあなたは神を知り、神に完全にされることができる。義なる者の道を歩むことや、神の言葉を実践することを求めるのであれば、それが走路であり、神を知り、神に完全にされることが終着点である。現在、あなたが求めているのが神による完全化であろうと、神のために証しすることであろうと、全体的に見ると、それは全て最終的に神を知るためである。それはあなたの中で神が行う働きが無駄にならないようにするため、あなたが最終的に神の現実性を知り、神の偉大さを知り、そしてさらに、神の謙りと隠秘性を知り、神があなたにおいて行う多くの働きを知るためである。神は、これほどまで自らを低くしたので、汚れて堕落した人において働きを行い、この集団を完全にするのである。神は人間のもとで生活し、食べ、人々を牧し、人々に必要なものを与えるためだけに受肉したのではない。さらに重要なのは、耐えがたいほど堕落した人を救い征服する大規模な働きを行うことである。あらゆる人が変えられ一新されるように、最も堕落した人を救うために赤い大きな竜の核心に神が来たことである。神が耐える大いなる苦難は、受肉した神が受ける苦難だけでなく、それは何よりも神の霊が受ける極度の屈辱である。神は大いに自分を低くし隠れるために凡人となる。神が正常な人間の生活を送り、正常な人間と同じものを必要としていることを人々が理解できるように、神は受肉して肉の姿となった。神がかなりの程度まで自ら謙ったことは、これで十分証明される。神の霊が肉の姿で現れている。神の霊は極めて高貴かつ偉大であるが、霊の働きを行うため、神は取るに足りない凡人の姿となっている。あなたがた各人の素質、識見、理知、人間性、生活は、あなたがたがこのような神の働きを受ける価値が本当にないことを示している。あなたがたのためにこのような苦難を神に受けさせるだけの価値は、あなたがたにはない。神は極めて偉大である。神は至高の存在であり、人は極めて卑しく下等であるが、それでも神は人に働きを行う。神は受肉して人間に必要なものを与え、人間と話すだけでなく、人間と一緒に生活している。神は極めて謙遜で、愛しむべき存在である。神の愛の話になるとすぐに、また神の恵みの話になるとすぐに涙を流しながら大いなる讃美を口にするならば、この状態に達するならば、あなたは神を真に認識している。

『言葉は肉において現れる』より引用

神の謙りはとても素晴らしい

神はへりくだって業を為し、穢れて堕落した人間を完全にする。神は人となり、羊飼いのように人間をいたわる。赤い大きな竜の心臓部に来て、人を新しく造り変えることにより、堕落した人々を救い、そして征服する。神は自らへりくだって人となり、そのために彼にもたらされる苦難を耐えしのぶ。これは至高の霊にとって大変な屈辱だ。神は偉大で崇高だが、人は卑劣で賤しい。それでも神は語り、与え、人と共に暮らす。神はとても謙遜で、愛すべき方だ。

神が肉となり、普通の人間の生活と必要の中で生きることは神が大いに自らを低くした証しである。崇高で偉大な神の霊が平凡な人として来て神の霊の業を為す。あなたがたは神の業やその苦悩に値しない。それはあなたがたの品性と見識と感性から分かる。あなたがたは神の業やその苦悩に値しない。それはあなたがたの人間性と生き方に表れている。神は偉大で崇高だが、人は卑劣で賤しい。それでも神は語り、与え、人と共に暮らす。神はとても謙遜で、愛すべき方だ。

『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

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