日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 526
人間は肉の中に生きるが、それは人間の地獄の中で生きるということであり、神の裁きと刑罰無くして、人間はサタン同様に不浄である。どうして人間が聖いことがあろうか。ペテロは、神の刑罰と裁きは人間の最高の守りであり、最も素晴らしい恵みであると考えていた。人間が目ざめて肉とサタンを憎…
あなたがたの終着点と運命は、あなたがたにとって極めて重要であり、由々しき懸念である。十分注意して行動しなかったならば、それは終着点が無くなり、運命の破滅に等しいとあなたがたは考えている。しかし、努力が自分の終着点のためだけであるならば、それは空しい努力であることにあなたがたはこれまで気が付いたことがあるだろうか。そのような努力は本物ではなく、虚偽である。その場合、自分の終着点のために努力する者は、最終的に失敗するであろう。なぜならば、神への信仰における人々の失敗は偽りに起因するからである。わたしは媚びへつらわれたり、熱狂的に扱われるのを好まないと前に述べた。わたしは、わたしの真理や期待と向き合う正直な者を好む。それ以上に、わたしの心に出来るだけ配慮し、わたしのために全てを捨て去ることの出来る者を好む。わたしの心が慰められるのは、こうした場合のみである。今、あなたがたに関してわたしが嫌う物事はいくつあるであろうか。今、あなたがたに関してわたしが好む物事はいくつあるであろうか。あなたがたが自分の終着点のために示したあらゆる醜悪さに気付いた者は誰も居ないのだろうか。
わたしの心の中では、肯定的かつ意欲的な心に苦痛を与えることを望まず、またとりわけ忠実に自分の本分を尽くしている者の勢力を減衰させることを望まない。それでもなお、あなたがた一人ひとりに対してあなたがたの不足や心の奥にある汚れた魂に注意を喚起しなければならない。その目的は、あなたがたがわたしの言葉に対峙したときに真の心を捧げられるように望むことである。なぜなら、人間のわたしに対する欺きをわたしは最も嫌悪するからである。わたしの働きの最終段階において、あなたがたが見事な成果を披露でき、完全に献身しており、もはや半信半疑ではないことを望むのみである。無論、あなたがた全員が好ましい終着点を得ることもわたしは望んでいる。それでもなお、あなたがたがわたしに対して排他的かつ最終的な信心を捧げる際に最善の決断を下すことというわたし自身の条件がある。ある者に排他的な信心が無い場合、その者は間違い無くサタンに重宝されるようになり、わたしがその者を使い続けることは無い。わたしはその者を家に帰し、その両親に世話をさせるであろう。わたしの働きはあなたがたにとって極めて有益である。わたしがあなたがたから得ることを望むのは、正直で上昇を求める心であるが、現在に至るまでわたしの手には何も無い。考えて欲しいのだが、将来、わたしが依然として言い尽くせない悲痛な思いをしているとしたら、あなたがたに対するわたしの態度はどのようなものとなるであろうか。今と同じくらい愛想よくするであろうか。わたしの心は現在と同様に安らかであろうか。あなたがたは骨折って畑仕事をしたが一粒も収穫を得なかった者の気持ちが分かるだろうか。強く打たれた者の傷がどれほど大きいか分かるだろうか。希望に満ちていたのに誰かと仲たがいして訣別せねばならない者の苦渋を感じることができるだろうか。挑発された者の怒りを目にしたことがあるだろうか。敵意を向けられ欺かれた者の復讐に満ちた衝動を理解することが出来るだろうか。そうした者たちの精神を理解するならば、神の報復の時の態度を想像するのは困難ではないであろう。最後に、あなたがた全員が自分の終着点のため真剣に努力することを望むが、努力には虚偽的な方法は利用しない方が良いだろう。さもなければ、あなたがたにわたしの心は落胆することになるであろう。こうした落胆の結果、どうなるであろうか。あなたがたは自分をごまかしているのではないだろうか。自分の終着点のことを心配しつつそれを破滅させる者は、最も救いがたい人間である。そうした者が憤慨したとしても、誰が同情するであろうか。とにかく、わたしは依然としてあなたがたが適切かつ良好な終着点を得るよう願うつもりである。それにもまして、あなたがたのうちに災いに陥る者が一人もいないことを願っている。
『神の出現と働き』「終着点について」(『言葉』第1巻)より
あなた方は終着点と運命が極めて重要で、注意しないと、どちらもだめになると信じている。終着点のために尽力しても、徒労に終わることに気づいているのか?それは偽りであり、見せかけだ。終着点のために働く者は失敗するだろう。
人々はその偽りのせいで、信仰において失敗するからだ。神はせがまれ、へつらわれ、熱心に扱われることを嫌い、正直な者が真理と向き合い、期待に応えることを好む、そして全てを神に捧げ、神の心への注意と配慮を示すことを好む。ただこれだけが神の心を慰めるだろう。
神は積極的な向上心を傷つけたり、本分を尽くす者のやる気を削ぐことを望まない。それでも神はあなた方の不足と心の奥の汚れた魂のことを思い起こさせなければならない。神の言葉に真心で向き合うよう神は望んでいる。神が忌み嫌い、蔑むのは、神を欺瞞により扱う者だからだ。
最終段階の働きの中で、神はあなた方が中途半端ではなく、献身的な良き行いをすることを望む。神はあなた方の終着点が良いことを望むが、最善の選択をし、神に忠誠を尽くすことを要求する。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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