日々の神の御言葉: 聖書にまつわる奥義 | 抜粋 269
聖書は歴史的な書物であり、もしも恵みの時代に旧約を飲み食いしていれば、あるいは恵みの時代に旧約の時代の要求を実践していたなら、イエスはあなたを拒み、断罪していただろう。もしも旧約をイエスの働きに適用していたら、あなたはパリサイ人だったはずだ。今日もし、旧約と新約をともに飲み…
わたしは今、わたしを騙そうとするあなたの放縦な肉体を見つめており、刑罰をもってあなたに「奉仕する」ことはないが、小さな警告だけしておく。あなたはわたしの働きにおける自分の役割が何であるかを知るべきである。そうすれば、わたしは満足する。これ以外の事柄に関しては、あなたがわたしに抵抗したり、わたしの金銭を費やしたり、わたしヤーウェへの捧げものを食べたりしても、あるいはあなたがた蛆虫が互いに噛みつき合ったり、犬のような被造物であるあなたがたの間に対立や暴行が起こったりしても、わたしには一切無関係である。あなたがたはただ自分がどのようなものであるかを知ればよく、それでわたしは満足する。こうしたことを除けば、あなたがたが互いに武器を向け合ったり、言葉で争い合ったりしても、それは構わない。わたしはそうしたことに一切干渉したくないし、人間の問題に一切関わらない。あなたがたの間の紛争を気に掛けないわけではないが、わたしはあなたがたのうちの一人ではなく、そのためあなたがたの間の問題には加わらないのである。わたし自身は被造物ではなく、この世に属さない。だからわたしは人の騒々しい生活や、乱雑で不適切な人間関係を心から嫌うのである。わたしは騒々しい群衆を特に忌み嫌う。しかし、わたしはそれぞれの被造物の心にある不純を深く知っており、あなたがたを創造する前から、人間の心の奥深くに存在する不義をすでに知っており、人間の心にある偽りと不正もすべて知っていた。そのため、人が不義を行なう時にその痕跡が一切なくとも、あなたがたの心に潜んでいる不義が、わたしが創造したすべてのものの豊かさを超えることもやはり知っているのである。あなたがた一人ひとりは、群衆の頂点に昇りつめた。あなたがたは昇りつめて群衆の祖先となった。あなたがたは極めて身勝手であり、蛆虫の間で暴れまわりながら、安らぎの場所を求め、自分よりも小さい蛆虫を貪ろうとしている。あなたがたの心は悪意に満ちて邪悪で、それは海底に沈んだ幽霊さえも超えるほどである。あなたがたは糞の底に住み、蛆虫を上から下まで邪魔して落ち着かせておかないほどで、争い合っているかと思えば静かになっている。あなたがたは自分の地位を知らないが、それでも糞の中で争い合う。そのような争いから何が得られるのか。あなたがたにわたしを真に畏敬する心があるならば、わたしの陰でどうして争い合うことができようか。身分がどれほど高くても、あなたはやはり糞の中にいる小さな臭い虫ではないのか。羽を生やして空を翔ける鳩になることができようか。小さな臭い虫であるあなたがたは、わたし、ヤーウェの祭壇から捧げものを盗む。そうすることで、ぼろぼろになって衰えた自分の評判を回復させ、イスラエルの選民になることができるのか。あなたがたは恥知らずの哀れな存在である。祭壇の捧げものは人々がわたしに献上したのであり、わたしを畏敬する人々のやさしい感情を表わしている。それはわたしが支配するため、わたしが用いるためであるのに、人々がわたしに捧げた小さなキジバトをどうしてわたしから奪うことができるのか。あなたはユダになることを恐れないのか。あなたの地が血に染まった荒野となることを恐れないのか。恥知らずな者よ。人々が捧げたキジバトが蛆虫であるあなたの腹を養うためのものだと思っているのか。わたしがあなたに与えたものは、わたしが喜んで、かつ進んで与えたものである。わたしがあなたに与えなかったものは、わたしが好きにできる。あなたはわたしへの捧げものを決して盗んではならない。働く者はわたし、ヤーウェ、すなわち創造主であり、人々が生贄を捧げるのはわたしのためである。それをあなたは、あくせく動き回る自分への報酬だと思っているのか。本当に恥知らずである。あなたが動き回るのは、誰のためなのか。自分のためではないか。なぜわたしへの捧げものを盗むのか。なぜわたしの金袋から金を盗むのか。あなたはイスカリオテのユダの息子ではないのか。わたし、ヤーウェへの捧げものは、祭司が享受するべきものである。あなたは祭司なのか。あなたは厚かましくもわたしへの捧げものを食べ、卓上に並べさえする。あなたには何の価値もない。何の価値もない、哀れな存在である。わたしの火、ヤーウェの火はあなたを燃え尽くして灰にする。
『神の出現と働き』「落ち葉が土に還る時、あなたは自分の行なったあらゆる悪事を後悔する」(『言葉』第1巻)より
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聖書は歴史的な書物であり、もしも恵みの時代に旧約を飲み食いしていれば、あるいは恵みの時代に旧約の時代の要求を実践していたなら、イエスはあなたを拒み、断罪していただろう。もしも旧約をイエスの働きに適用していたら、あなたはパリサイ人だったはずだ。今日もし、旧約と新約をともに飲み…
神の言葉は無数の家に広がり、すべてのものに知られるようになり、このようにしてのみ、神の仕事は全宇宙に広まる。つまり、神の仕事を全宇宙に広げるには、神の言葉が広められなければならない。神の栄光の日に、神の言葉はその力と権威を示すだろう。大昔から今日まで神が語ってきたすべての言葉が成…
正常な人間性にはどのような側面が含まれているのか。識見、理知、良心、品格である。これらの側面それぞれについて正常性を達成できるならば、人間性は基準に達する。あなたは正常な人間の姿を備え、神を信仰する者らしく見えるべきである。過度な達成をしなくてもよく、外交に関わる必要はなく、…
人の堕落した性質が発覚する源はその人の鈍くなった良心、悪意のある本性、不健全な理知でしかない。良心や理知が正常に戻ることができれば、人は神の前で神に用いられるのに相応しい人になるだろう。人がますます神に反抗的になるのは、単に良心がつねに麻痺しており、その理知が決して健全ではなく、…