日々の神の御言葉: 終わりの日における裁き | 抜粋 86

 神が裁きと刑罰の働きを行うのは、それによって人が神を知り、神を証すためである。人の堕落した性質を神が裁くことがなければ、人が犯すことのできない神の義なる性質を、人が知ることはできず、神に関する古い認識を捨てて新しい認識を得ることもない。神が証すため、そして自身の経営(救い)のために、神はそのすべてを明らかにし、そうすることで人は、神が公に顕われることにより、神の認識に到達することができ、その性質においても変えられ、人が力強い証し人となれるようにした。神のさまざまな働きを通して、人の性質が変化する。そうした変化なしには、人は神への証人とはなれず、神の心にかなうこともできない。人の性質が変化するということは、人がサタンの束縛から自由になり、闇の影響を脱し、真に神の働きの雛形や見本となることを意味しており、真に神の証人となり、神の心に沿うものとなったことを意味する。今日、肉となった神が地上での働きをするためにやって来た。神は、人が神の認識に到達し、神に従い、神への証しとなることを要求する。神の実際の働きと普通の働きを知り、人の考えには沿わない神の言葉と働きすべてに従い、人を救う神のすべての働きと、人を征服する神のすべての行いに対して証しとなることを要求する。神を証すものは神の認識を持たなければならない。そのような証しだけが正確であり、本物であり、そのような証しだけがサタンを恥じ入りさせることができる。神は、裁きと刑罰を経験し、取り扱われ、刈り込まれることを経験し、それによって神を知ることになる者を、自身の証人として用いる。神はサタンにより堕落させられた者を自身の証人として用い、また、その性質が変わり、それにより神の祝福を得る者を、自身の証人として用いる。神は人の口先だけの賞賛を必要とせず、サタンのやからで救いを得ていない者たちによる賞賛も証しも必要としない。神を知る者だけが、神への証しとなる資格がある。性質を変えられた者だけが、神への証しとなることができる。神は人が意図的に自身の名を辱めることを許すことはない。

『言葉は肉において現れる』より引用

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