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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

わたしの家の富は数知れず、計り知れない。しかし、人間は誰も、それを享受しに来たことがない。人間は自分でそれらを楽しむことができないし、また、自分の力で自らを守ることもできない。その代わりに、いつでも他者を頼みとしてきた。わたしの見てきた者たちの中で、自分の意思で直接わたしを求めてきた者は一人もいない。彼らはみな、他人に促され、大多数にしたがってわたしの前に来る。そして、自分の生活を豊かにするために、代価をはらったり、時間をかけたりすることを好まない。それゆえ、人間の中で、これまで誰一人実際の中で生きたものはおらず、みな無意味な人生を生きている。人間の長年の間に培われた習慣のため、すべての人の体は、地の土のにおいに満ちている。その結果、人間は無神経になった。世界の荒廃するのに気付かず、冷たい世の中で自らの楽しみを求めることに忙しい。人間の生活には、少しのぬくもりもなく、人間らしさや光がまったくない──それなのに、人間はそれに慣れていて、価値のない人生を送り、何事も成し遂げず、走り回っている。瞬く間に死が迫り、人間は悲痛な死を迎える。人間はこの世で何事も成し遂げず、何も得ない──ただあわただしくやって来て、大急ぎで去ってゆく。その誰一人、わたしの目には何ももたらさず、何も持ち去らなかった。そこで、人間は、この世が不公平だと感じる。しかし、誰も急いで去ろうとは思っていない。わたしの天からの約束が突然人間の中に実現する日を待っているだけだ。そうなれば、たとえ道を踏み外しても、その時には、もう一度永遠の命への道が開かれるというのだ。そうして、わたしがほんとうに約束を守るかどうか、わたしのすることなすことすべてをじっと見ている。患難の中にいるとき、あるいは、はなはだしい苦痛の中にいるとき、試練にさらされ、倒れそうなとき、人間は生まれた日を呪い、少しでも早く苦境から抜け出し、別の理想的な場所に移りたいと考える。しかし、その試練が過ぎ去ると、人間は喜びに満たされる。地上に生まれた日を祝い、自分の誕生日を祝福するよう、わたしに願う。その時点では、もはや以前の誓いには触れず、再び死が訪れるのではないかと、深く恐れる。わたしの手が世界を引き上げると、人々は喜びに舞い踊る。もはや悲しまず、わたしを頼みとする。わたしが顔を手で覆い、人々を地中に押し込むと、人々はただちに息苦しくなり、かろうじて生きているという状態になる。人々はわたしが彼らを滅ぼすことを恐れ、わたしに向かって声を上げる。人間はわたしが栄光を得る日を目の当たりにしたいと願っているからである。人間はわたしの日を自身の存在の資本だと考え、わたしの栄光が訪れる日の到来を待つために今日まで存続しているのだ。わたしの口から出た祝福は、終わりの日に生まれた者は幸いで、わたしの栄光すべて見ることができると告げている。

長い間に、大勢が失望して、しぶしぶこの世を去った。そして大勢が希望と信じる心を持ってこの世に来た。わたしは大勢が来るようにし、大勢を去らせた。無数の人々がわたしの手を通り過ぎた。多くの霊がよみに投げ込まれ、多くが肉の体で生き、多くが死んでは、この世に生まれ変わった。しかし、けっして誰も今日の神の国の祝福を受ける機会は得なかった。わたしは人間に実に多くを与えた。しかし、人間はほんのわずかしか得ていない。サタンの勢力が襲ってきて、人間がわたしの富を享受できないようにしたためだ。人間は、目にする幸いは得たが、けっして完全に享受することはできなかった。人間は、天からの富を受け入れる宝庫をその体の中に発見することがなかった。そのため、わたしが与えた祝福を失ったのだ。人間の霊こそは、人間をわたしの霊に繋ぐためのものそのものではないか。なぜ人間は、けっしてその霊においてわたしにつながることがないのか。なぜ人間は肉においてわたしに近づきながら、霊においては、そうできないのか。わたしの真の顔は、肉のものなのか。なぜ人間はわたしの本質を知らないのか。人間の霊には、わたしの痕跡がほんとうに存在しないのか。わたしは人間の霊から完全に消え去ったのか。もし人間が霊界に入らないのなら、どうしてわたしの意図が把握できよう。人間の目には、霊界を直接見通すことのできる力があるとでもいうのか。わたしは何度も霊で人間に呼びかけた。しかし、人間は、わたしが突き刺しでもしたかのように振る舞い、わたしが別の世界に連れて行こうとしているのではないかと、ひどく恐れ、離れた所からわたしを見ている。何度も人間の霊に問いかけてみたが、人間はまったく気づかないで、わたしが彼の家に入って、その機会に持ち物をすべて奪うのではないかと、深く恐れている。そこで、わたしを締め出すので、わたしは、冷たい、固く閉ざされた「扉」に向かい合うことになった。人間が倒れ、わたしが助けたことは何度もあるが、人間は気がつくと、すぐさまわたしを去り、わたしの愛に触れず、用心深い目を向ける。人間の心が温かくなることはなかった。人間は感情のない冷血動物だ。わたしの抱擁に温まっても、けっしてそれで深く動かされることがない。人間は山の野蛮人のようなものだ。人間は一度たりとも、わたしの人類に対する思いを大切に思ったことがない。人間はわたしに近づきたがらず、山々の中に住むことを好む。そこでは野獣に脅かされているのだが、それでも、わたしの内に逃げ込もうとはしない。わたしは人間に強制しない。わたしの働きをするだけだ。陸地のすべての富を楽しみ、海に飲み込まれる危険から解放されようと、いつの日か人間は大海原をわたしに向って泳ぐことだろう。

わたしの言葉がすべて終わった後、わたしの国は徐々に地に形を現し、人間は次第に正常に戻り、そうして、地上にわたしの心の国が築かれる。その国では、神の民全員が正常な人間の生活を取り戻す。凍える冬は去り、春の訪れた町々の世界となり、一年中春が続く。もはや人々は暗く惨めな人間世界に臨まない。もはや人間世界の凍える寒さを耐えることがない。人々は互いに戦うことなく、国々は互いに戦争を仕掛けることがない。もはや大虐殺が行われて血が流されることはない。地はすべて幸福に満たされ、どこも人と人とのぬくもりが満ちる。わたしは世界を動き回り、玉座の上から楽しむ。わたしは星々の間で暮らす。そして、天使たちがわたしに新しい歌や踊りをささげる。天使たちは、もはや自身のもろさに涙がほほを伝うことはない。もはや天使がわたしの前ですすり泣くのを聞くことがない。そして、もはや誰も苦難をわたしに訴えることがない。今日、あなたがたはわたしの前で生きている。明日、あなたがたはみな、わたしの国で暮らすようになる。これは、わたしが人間に与える最大の祝福ではないか。あなたがたは、今日支払う代価のために、将来の祝福を相続し、わたしの栄光の中で生きることになる。あなたがたはまだ、わたしの霊の本質と関わりたくないのか。あなたがたは、まだ自分を殺したいのか。人間は、それがはかないものであっても、自分の目に見える約束は追い求めたがる。しかし、それがたとえ永遠のものであっても、明日の約束を受け入れようとする者は誰もいない。人間の目に見えるものを、わたしは根こそぎにする。人間には感知できないことを、わたしは成し遂げる。これが神と人との違いである。

人間はわたしの日を記録する。しかし、誰一人、厳密な日付を知った者はいない。そのように、人間は昏迷した状態で生きる。人間の切望が無限の空に響き渡り、そして消えるので、人間は何度も繰り返し希望を失い、そのために、現在の状況に陥ったのだ。わたしの言葉の目的は、人間に日付を追わせることではなく、また、絶望の結果、自滅に追い込むことでもない。人間がわたしの約束を受け入れることを願う。世界中の人々がわたしの約束に与ることを願う。わたしが求めるのは、生き生きとした生き物である。死に染まった死体ではない。わたしはゆったりと国のテーブルにつき、地のすべての人々に、わたしの審査を受けよと命じる。わたしの前には、清くない者の存在を許さない。人間がわたしの働きの妨げをすることは、誰にも許さない。わたしの働きを妨げる者はみな、地下牢に放り込まれ、釈放された後でも、災いに見舞われる。地上の焼きつけるような炎を浴びるのだ。わたしが受肉しているとき、誰でも肉の体のわたしと、わたしの働きについて議論する者を、わたしは憎む。わたしには地上に身内がないのであり、誰であっても、わたしを同等の存在を見て、わたしを引き寄せて昔のことを語ろうとする者は滅ぼされるのだということを、すべての人間に、わたしは何度も思い起こさせた。これがわたしの権限である。そうしたことについて、わたしは人間に対して、まったく許容しない。わたしの働きを妨げてわたしに意見しようとする者は、刑罰を受ける。けっして赦されることがない。もしわたしが率直に話さなければ、人間はけっして理解するに至らず、気づかないままわたしの刑罰を受けることになる。人間は肉の体のわたしを知らないからである。

1992年3月20日

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神の現れによる新時代の到来 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神の経営の中でだけ人は救われる 七つの雷が轟く -- 神の国の福音が宇宙の隅々まで広まることを預言 救い主はすでに「白い雲」に乗って戻って来た あなたがイエスの霊のからだを見る時は、神が天と地を新しくした時である キリストに味方しない者は確実に神の敵だ 招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない キリストと融和する道を探せ あなたは本当に神を信じているのか キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 神は全人類の運命を支配する 全能者のため息 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 完全にされた人々への約束 悪人は罰せられなければならない 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 千年神の国は訪れた 実践的な神は神自身であることを知るべきである 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) すべてが神の言葉によって達成される(前半) すべてが神の言葉によって達成される(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 神を知る者だけが、神の証人となることができる ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる 三位一体は存在するのか(前半) 三位一体は存在するのか(後半) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 将来の使命にどのように取り組むべきか 神について何を理解しているのか 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 呼び名と身分について(前半) 呼び名と身分について(後半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の働きと人の働き (後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 神と人は共に安息に入る(パート2) 神と人は共に安息に入る(パート3) 祈りの実践について 新時代の戒め 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋( パート1) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋 (パート2) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート3) 「働きと入ること」についての神の言葉十節からの抜粋(パート4) 神の国の時代に神に選ばれし人々が従わなければならない行政命令10項目 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 パート1 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋 (パート2) 「神の働きのビジョン」についての神の言葉三節からの抜粋( パート3) 四番目の言葉 五番目の言葉 六番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十一番目の言葉 十二番目の言葉 十三番目の言葉 十四番目の言葉 十五番目の言葉 十六番目の言葉 十七番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十一番目の言葉 二十二番目の言葉 二十三番目の言葉 二十四番目の言葉 二十五番目の言葉 二十六番目の言葉 二十八番目の言葉 二十九番目の言葉 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている (後半) 成功するかどうかはその人の歩む道にかかっている(前半) 地上の神をどのように知るか 神の働きを経験する者のみが真に神を信じる 完全にされた者だけが意義ある人生を送ることができる 二十七番目の言葉

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